第185話 クリスマス前の姉弟デート
「うーん、まさかリアルで待ち合わせとは思わなかったなぁ」
予選の打ち上げが終わった後、私は約束通りリッジ君……もとい、竜君と待ち合わせし、やって来たのは近くの駅前。
もう後何時間もしない内に日が沈むのに、結構距離があるこんなところまで来て、帰りは大丈夫なのかなぁ。
「まあ、もう冬休みだし、このままうちに泊めてもいいか」
というかむしろそうするべき。うんそうしよう。
そんなことを考えながら歩いていくと、そこには既に竜君が待っていた。
「おーい、竜君ー!」
「澪姉!」
手を上げて呼び掛けると、嬉しそうに顔を上げた竜君が駆け寄って来る。
冬の時期ということもあって、厚手のコートに身を包んだ姿は記憶にあるものより一回り大きく見え、なんだか大人っぽい。
いや、この年代の男の子なんだから、二ヶ月も会わなければ成長するってことかな。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、今来たところ。それより澪姉、そのマフラー可愛いね」
「ふふん、でしょー?」
竜君に褒められて、私は首に巻いたそれをこれ見よがしに見せ付ける。
可愛い動物達があれこれとたくさん編み込まれたこのマフラーは、前に使ったナマケモノリュックと同じく、一目見て気に入ったからネットで買った代物だけど、こっちはれっきとした人気商品、中々のレア物だ。
いやー、買うまでの紆余曲折は、我ながら大変だった……お兄には、子供っぽいって笑われたけど。
「似合ってるよ、澪姉らしくて良いと思う」
でも、竜君はにこやかにそう言ってくれた。
うぅ、こういうところがお兄とは大違いだよ。
「ありがとう竜君」
少しばかり感動しながらそう言ってお礼をすると、竜君は照れた臭そうにそっぽを向いた。
「ええと……その、今日は澪姉と行ってみたいお店があるんだ。いいかな」
「もちろん、そのつもりで来たし。というか、どんなお店?」
「それはまぁ、色々と……と、とにかく、あまり時間もないし、行こう」
「あ、うん」
いそいそと手を繋がれ、そのまま引っ張られる。
小さい頃とは逆の立場だなと、なんとなく可笑しくなった私は、竜君に導かれるままに歩いていく。
「それにしても、人多いねー」
辺りを見渡しながら、私はふとそう呟く。
今日は、12月23日。クリスマスイブ前日だ。
クリスマス本番は明日明後日だけど、微妙に休日とズレていたのもあってか、今日こそが本番だと言わんばかりの人で溢れ、仲睦まじく歩く男女の姿もちょくちょく見かける。
「私達も、端から見るとカップルに見えたりするのかな?」
「っ~~~!?」
そんな雑踏の中にあって、実の姉弟でもない以上それほど似ていない私達が手を繋いでいたら、周りからどう見えるか。
なんとなく想像がついて思わず口に出すと、途端に竜君が耳まで一気に赤くなった。
「竜君、大丈夫? ええと、迷惑だったら手は離した方が……」
「全然、迷惑じゃない! 人ごみに紛れてはぐれたらまずいから、手は離さないでね!」
「う、うん」
いつになく強い口調でそう言って、むしろより強く手を握りしめながら、ぴたりと隣に寄り添って来る。
益々カップルみたいな距離感だけど、そんな状態が恥ずかしいのか、竜君は今にも湯気を噴き出しそうなくらい顔赤くしている。
そんなに無理しなくていいのに。でもまぁ、本人も言ってた通り、竜君だって男の子だもんね。将来、本当に彼女を作って街中を歩くことだってあるだろうし、今のうちに慣れさせてあげなきゃ。そう考えると、最初は私くらいがちょうどいい相手なのかも。
そんなことを考えて、竜君の拙いリードを温かく見守ることにした私は、そのまま到着した場所に少し驚いた。
「……アクセサリーショップ?」
きらびやかなイルミネーションを煌々と照らし、夜の闇の中で他店に負けまいと全力で自己主張するそのお店は、なんとアクセサリー専門店。しかも結構小洒落たお店。
普段、あまりジャラジャラと着飾るのは好まない竜君が選ぶ場所としてはかなり意外なチョイスに、私は目を丸くした。
「いや、ほら。澪姉、僕のこといつも可愛い可愛いって言うし、女装までさせられたし、僕も少しは男っぽいファッションも覚えるべきかと……思って」
若干しどろもどろになりながら、竜君はそう口にする。
ファッションなら、まずは服屋に行った方がいいんじゃ? とは思うけど、そもそもの原因が私にあるようなので、あまり強くは言えない。
この間の女装、やっぱり気にしてたんだ……反省。
でも、そういうことか。お姉ちゃん、全てを理解したよ!
「分かった! 竜君が本命の女の子の前でびしっと決められるように、今日は私が責任をもって、竜君をカッコ良くコーディネートしてあげる!」
竜君を可愛いって言う筆頭が私だし、そんな私が前言を覆すような装いが出来れば、竜君の顔なら相当モテモテになるはず。
クリスマス前に私を頼って来たのも、全ては本命の子を落とすための策略なんだね!
相手は誰かなぁ、ネスちゃんかユリアちゃんか、はたまた私の知らない竜君のクラスメイトか。わぁー、気になるなぁ!
「……うん、まあ、そんなところ」
そんな私を見て、竜君は実に複雑そうな表情で頷く。
んん? 何か間違ったかな?
「取り敢えず、行こう」
竜君に手を引かれ、お店の中に入ってみると、これまた中々に大きなところだった。
いかにも高そうな高級品から、安価で可愛い小物まで色々揃っていて、我知らず目を奪われる。
いやうん、実のところ、私もこういうところほとんど来ないんだよね。自分を着飾る暇があったら、ペットショップにでもいって動物達を眺めていたいし。最近はもっぱらMWOだったけど。
「澪姉、何か気になるのある?」
竜君の問い掛けに、私はうっと言葉を詰まらせる。
せっかくクリスマスも近いんだし、竜君に何か買ってあげたいところだけど……流石にお高いのは無理だし、それとなく安い方へ誘導しよう。うん。
そんな庶民的感覚から、ふらふらーっと一個数百円から数千円程度のコーナーに行ってみると、安物なりに中々可愛らしいデザインの物が多い。
わあ、この勾玉、なんかライムみたいで可愛い。うへへ。
「…………」
「あ、竜君ごめん! 男の子っぽいアクセサリーだったよね!」
つい夢中になっちゃったけど、今は竜君に似合うのを考えないと。
とはいえ、男物なんてまるっきり門外漢だし……うーん。
「あ、これなんてどう?」
「どれど……れ……」
目に付いたそれを持ち上げると、心なしか竜君の表情が引き攣った。
ありゃ、お気に召さなかったかな?
「……澪姉、何それ」
「え、眼帯?」
「なんで!?」
「お兄が竜君くらいの時、こういうの好きだったから?」
「それダメな奴だよね!?」
竜君、さりげなくお兄の過去をダメな子って言ってるけど、無意識なんだろうなぁ。
いや、私も分かってて言ったけどさ。
「それじゃあ、これは?」
冗談もほどほどに、私はもう一つ、別のアクセサリーを手に取った。
銀色の鎖が柄から延びる、刀のアクセサリー。
竜君の趣味には適ってるし、それほど華美すぎることもない。渋くていい感じかなぁと思うんだけど。
「うん、これくらいなら僕でも付けれるかも。ありがとう澪姉」
「ふっふーん。それじゃあ早速買って来るよ」
「ああ、いや、それくらい自分で買うから」
「いいのいいの! せっかくクリスマスなんだから、プレゼントさせて?」
私がそう言うと、竜君はやや照れながらも了承してくれた。
ふふふ、こういう時のために、多少はお小遣い貯めてるからね。使わなきゃ損だよ。
というわけで、お一つアクセサリーを購入した私は、早速竜君にかけてあげようかと思ったんだけど……。
「えーと、ごめん澪姉、ちょっとトイレ行って来るから、先に店の外に行って待ってて!」
「え? あ、うん、分かった」
背中を押され、私一人だけ店の外に追いやられる。
一体どうしたのかと首を傾げながらも、ひとまず言われるがままに外で待つこと少々。五分もしないうちに、竜君もまた外へやって来た。
「お待たせ、澪姉」
「おかえり。そんなに慌てなくても良かったのに」
息せき切って走って来た竜君に苦笑交じりにそう言うも、「いや、待たせたら悪いから」とそっぽを向かれる。
真面目だなぁ、と溢しつつ、私は早速、買ったばかりのアクセサリーを竜君の首にかけてあげた。
「あ……」
「ふふ、これでまたちょっとカッコよくなったかな?」
そう言って笑うと、竜君は首にかかったアクセサリーを握って弄びながら、何やらぶつぶつと呟く。
「もう、僕がやろうとしてたのに……予定狂っちゃったなぁ……」
「うん? 何か言った?」
「何でもない」
ふるふると首を横に振った竜君は、気を取り直したように「よし」と呟くと、また私の手を取って歩き出した。
「わわ、と、竜君、次はどこ行くの?」
「ご飯食べに行こうよ、今度こそ僕が奢るからさ」
「そう? なら、ごちそうになろうかな?」
積極的に前を歩く竜君に連れられ、私は足を踏み出す。
寒空の下、二人で繋いだ掌越しに伝わって来る熱だけが、やけにぽかぽかと温かかった。