第182話 森の乱戦と不意打ち
「すてんばーい、すてんばーい」
「ミオ、なんやそれ?」
「いや、お兄が時々呟いてるから。こういう時に使うのかなって」
二人仲良く茂みに隠れながら、そんな雑談を交わし合う。
予選バトルロイヤルの最中にばったりと出くわした私達は、しばらく一緒に行動することにした。
パーティを組んだりとかは出来ないんだけど、一人より二人の方が生き残りやすいのは確かだし、ひとまず試合前半は協力してポイントを稼いでいくことに。
本戦に進めるのは一人だけだから、最後の最後まで協力して、とは中々いかないだろうけどね。
「まあそんなことはいいから。ナナちゃんのアーツ、CT終わった?」
「まだまだや、あれ、威力すっごい高いけど、CT180秒もあるねん。連発効かんで」
「うっへー」
なんて長いCT。私の《チェインバインド》より上かぁ。
まあ、あの超絶威力を思えば妥当だよね。
「そもそも、インベントリの枠の関係で“弾数”自体少ないからなぁ、撃てるのはあと九回や」
「少なっ! まあ、それじゃあ本当にやばそうなプレイヤーとか、後は複数人纏めて吹っ飛ばせそうな状況以外は、私がメインで立ち回ろっか」
「それでええで~、ウチとしても、このビルドの試し打ちが出来れば十分やからな」
話が纏まったところで、私達は動き始める。
私の《隠蔽》スキルで先行して様子を探り、安全を確認したら息を潜めていたナナちゃんも動く。
そんなやり方で移動していると、割とすぐにプレイヤーを発見した。
大きな大剣を背負い、ちょっとやそっとじゃびくともしなそうな全身金属鎧に身を包んだ、ゴツイ男の人だ。
「よし、行くよ」
インスタントメッセージで合図を飛ばし、まずはナナちゃんが茂みから飛び出す。
ちゃんと警戒していたようで、すぐさま反応し武器を構える男の人に対して、ナナちゃんは距離を取ったまま思い切り腕を振り被る。
「行くで、《投擲》ぃ!!」
《投槍》の下位スキル、《投擲》。アーツはないけど、その代わりATKが足りていればどんなものでも武器として投げつけられる効果がある。
それを利用してナナちゃんが投げつけた“何か”に、男の人は素早く反応し、大剣の腹で弾く。
距離があるからこその、慎重な対応。でも、投げつけられた物の正体を見て、男の人は目を見開く。
「なっ、ただの《石ころ》だと!?」
そう、イベント用に用意された専用エリアだろうと関係なく落ちてる、ただの石ころ。
そんな物でも、《投擲》スキルにかかればちゃんと武器として使えないこともないとはいえ、その威力はお察し。たぶん、防がなくても鎧で十分弾けたんじゃないかな?
だからこそ、そんなしょぼい攻撃の目的が囮だと気付いたんだろう。ナナちゃんから一旦距離を取ろうと後ろに跳ぶ――けど、そこは私の射程内!
「《カースドバインド》!!」
「うぐっ!? もう一人いやがったのか!!」
茂みから転がり出ながら、アーツを発動。ずっと愛用してきた《ブルーテンタクルス》の先端が男の人の体を縛り上げ、呪いの力が継続ダメージを与えていく。
「続けて、新たな秘儀! というか対プレイヤー奥義! いっけーライム!」
「――!!」
続けて、動けなくなった男の人に対し、ライムを投擲。
ナナちゃんと同じく、スキルの補助を受けて正確無比に飛んで行ったライムは、狙い違わず男の人の顔面に命中。
べちゃっ、とぶつかった衝撃でライムが変形し――そのまま、《触手》スキルでガッチリと纏わりついた。そこへ更に、《強酸》スキルによる追撃も入る。
「むごごご!?」
視界を塞がれ、身動きが取れないまま鼻も口も塞がれて、そこに流し込まれる強酸性の液体。
リアルだったらちょっと目を覆いたくなる惨状だけど、ゲームではそんなにひどい絵面にはならない。代わりに、別の効果となって表れる。
そう……“液体”の中に“溺れた”ことによる、窒息ダメージだ。
「~~~~~っ!?」
苦しくはないけど、形容しがたい強酸の味が口いっぱいに広がるわ、鼻に水を注ぎ込まれる違和感に襲われるわ、上手く身動きも取れないわと、一瞬で散々な目に遭って、男の人は完全にパニックに陥ってる。
こうなれば、本人の強さなんてほぼ発揮出来ない。三重に発生した継続ダメージで、みるみるうちにHPを失っていく。
「でも、流石にこの状態のまま死に戻るまで放置は可哀そうだから……すぐに終わらせてあげるね!」
そんな男の人目掛け、私は解体包丁を取り出して吶喊。思いっきり振りかぶる。
「《三枚卸し》!!」
全力のアーツが、無防備な首筋……クリティカルが確定で発生する弱点へと狙い違わず直撃。急速に減り続けたHPバーがあっという間に砕け散り、男の人はポリゴン片となって霧散した。
「よしっ、完璧! ライム、お疲れ様」
張り付いていた相手がいなくなって、重力に引かれるように落下するライムをぎゅっと抱き締める。
えへへ、さっきのもそうだけど、アイテムも使わずに中々スムーズに倒せたんじゃないかな? ナナちゃんの力を借りたとはいえ、こうして実際にプレイヤーを倒せると、私達でもちゃんと戦えるんだって、改めて実感出来て凄く嬉しい。
そんな気持ちを行動で表すように、ウリウリとライムを撫で回してると、ナナちゃんが呆れ顔で近付いて来た。
「ウチ、ほとんどいらへんかったな。というか、隙を作ってくれれば後は自分でやる言うからどんな攻撃をするかと思えば……ミオ、お前さんいつの間にあんなえげつない戦法考えたねん」
「えへへー、最近海エリアで行動することが多かったから、もしかしたらやれるかなって、ずっと考えてたの」
海エリアではままあることだけど、海に落ちて一定時間過ぎると、窒息によるかなり強烈な継続ダメージが入る。
で、その窒息ダメージって、海でしか発生しないの? と疑問に思った私が、コスタリカ村の近くで水を使って試してみて……見事に継続ダメージが入ることを確認した。
そこから更に発展して、もしやライムのスキルでも同じことが出来るんじゃないかと、この一週間くらい練習した果てに習得したのがこの攻撃だ。
《強酸》自体の継続ダメージも合わせて、大抵の敵はすぐに倒せる。私とライムの新必殺技の一つ。いやー、上手くいってよかったー。
「ウチ、ミオとは戦いたくないわ……流石にこんな死に方は嫌や」
「くっふっふ~、そんなに褒めなくてもいいんだよ?」
私が上機嫌にそう返せば、「いや、褒めてはないわ」と益々呆れの色を濃くした表情で返される。
まあ、えぐい攻撃なのは確かだし、その割に絵面は地味だからね。こういうところが私達らしいと言えばらしいんだけど。
「ほら、それより早く隠れよう! 私達、正面から戦ったら多分参加者の中でも最弱クラスなんだから!」
「お、おう……ハッキリ言うやつやなぁミオは」
喜びもそこそこに脱兎のごとく逃げ出す私を見て、ナナちゃんはやれやれと嘆息しながら後に続く。
隠密行動、索敵、不意打ち、拘束、ハメ殺し。
ナナちゃんに言われるまでもなく、我ながら酷いと自覚してる手段でもってプレイヤーを一人一人倒しつつ、コソコソと逃げ回る。
合間合間にナナちゃんの必殺アーツを挟んだりしながら順調にポイントを重ねていき、これは思ったよりも楽に予選突破できるんじゃ? なんて考えが頭を過り始めたんだけど……流石に、PvPイベントはそこまで甘くなかった。
「よし、次はあの人狙うよ!」
「おっけー、そろそろウチも次弾いけるから、いざって時は下がるんやで」
草むらの影から黒い外套を身に纏ったプレイヤーを見つけ、私は意気揚々と行動を開始する。
ナナちゃんの投げる石ころに合わせ、隙を見て私が飛び出す。後は、アーツで拘束するだけ――
「……ハッ、甘ェ!!」
そんな私を嘲笑うように、男は石ころを無造作に振るった腕で弾くと同時に外套を投げ捨て、私の視界を一瞬だけ奪う。
驚いた私の前で、きらり、と何かが瞬いて――
外套諸共、私の体を切り裂いた。
「ミオ!?」
驚くナナちゃんの声を聞きながら、それでも私はまだ生きていた。
ライムがギリギリのところで間に入り、守ってくれたおかげだ。それでも、繰り出された攻撃のあまりの威力を前に、私は半分以上HPを持っていかれたし、ライムでさえ少なくないダメージを受けた。
「不意打ちたぁ悪くねえが、そんなんじゃオレは倒せねえぞ? ……って、お前は……」
追撃が来るかと思って急いで飛び起きた私だけど、男は驚きの声と共に、一旦動きを止めていた。
これ幸いと体勢を立て直した私の視界に飛び込んできたのは、思わぬ人物の姿。
「いたた……って、あなたは……ラルバさん!?」
背の丈ほどの大剣と、切れ長の瞳。ユリアちゃんのお兄さんにして、最凶のPKと恐れられるトッププレイヤー。
こういうバトルが好きだっていうのは知ってたけど、それにしてもイベントに参加してくるだなんて思ってなくて、私は目を見開いた。
「ハハッ、まさか予選からお前に当たるなんてなァ……ちょうどいいや、一度お前とは、本気で殺り合ってみたかったんだ」
知り合いだから、なんて理由で、一時休戦出来る相手じゃない。
目の前の戦闘狂は、むしろ知ってる相手が現れたことを喜ぶように笑いながら、私に向かって大剣を突きつける。
「さあ、かかって来い、《鉱石姫》。久しぶりに滾って来たぜェ!!」
《狂獣》。
お兄の喧嘩友達であり、時にはお兄に勝つことだってあるプレイヤーが、私の前に立ち塞がった。