第179話 新スキル発現と極寒の町
友里ちゃんの家で掃除やら片付けやらを行い、それを終えたら当初の予定通り、友里ちゃんの持ってたゲームで一緒に遊んだりして。ちょっとだけ仲直りを済ませた私は、自分の家に戻って来るなりMWOにログインした。
目的は、ただ一つ。明日に迫ったイベント本番に向け、最後の難敵を倒すためだ。
「キュオォォォ!!」
氷窟の中に響き渡る、甲高い鳴き声。
白氷鳥アイスベルが持つ鮮やかな蒼い翼がはためき、氷嵐の風が雨のように降り注ぐ。
「《加速》!!」
ぐん、と体が引っ張られるような感覚と共に、私の体が加速し、氷嵐の攻撃範囲から緊急離脱する。
この一週間のレベリングでどうにか習得したアーツだけど、AGIがあまりにも引き上げられ過ぎて、私自身まだ上手く使いこなせている自信はない。実際、ここ数日ほどは《加速》の誤爆のせいで負けたことが何回もある。
でも、今回ばかりはそうは行かない。ちゃんと対策も考えて来た。
「ライム!」
「――!!」
私の短い指示に答え、ライムが触手を真上に伸ばす。
肩にしっかりと掴まった状態で伸ばされたそれは、《加速》の勢いそのままにアイスベルの体に張り付き、がっちりと固定。
その結果、何が起きるかと言えば。
「うひゃああああ!!」
とんでもないスピードを保持したまま、アイスベルを中心に私の体がぐるんぐるん振り回される。
正直目が回りそうだけど、これぞまさに望んだ展開なんだから、こんなところでダウンなんてしてられない。
「行くよ、《解体》ーー!!」
遠心力で吹き飛ばされそうになりながら、解体包丁をアイスベルの体に突き立て、アーツを発動する。
高速で周囲を動き回る勢いを利用し、ガリガリとアイスベルの翼を削るように攻撃し続け、私自身はその速度のお陰でほぼ反撃を受けない。
《加速》のあまり長くない持続時間を目一杯利用し、事前に飲んでおいた《煉獄薬》の効果も合わせて一方的にダメージを与え続けると、やがて羽の一部が吹き飛んで、アイスベルが地面へと墜落していく。
「よし! 狙い通りふぎゃ!?」
当然、アイスベルの周囲をぐるぐると遊弋していた私もまた、それに合わせて地面に叩き付けられたけど。
あいたたた……ライムが守ってくれなかったら、また死に戻るところだったよ。ありがとうライム。
「さあ、ここまで行けば後一息! 一気に行くよ!」
部位破壊によって、アイスベルはしばらくの間空を飛べない。
こうなると、お得意の速度も出せないし、全てを薙ぎ払うような氷嵐の範囲攻撃魔法も使えないから、まさに袋の鼠。
「早速、試してみよう」
今こそ、私達の新技を試す時。
そう思い、私はライムに《氷獄薬》……MINDを大幅に引き上げる薬を飲ませると、腰から《ブルーテンタクルス》とは別に、もう一つの鞭を取り出す。
「これで決めるよ、ライム!」
「――――!!」
ぷるん、と肩の上でライムが体を震わせたのを感じながら、私はアイスベルに向かって駆け出していく。
イベントに向けて考え出した、新しい戦法。
その実験台としてアイスベルを選んだ私は、その力を遺憾なく発揮し――
「キュオオオ……」
――見事、その巨鳥を打ち倒すことに成功した。
「よしっ、上出来! お疲れ様、ライム」
「――!!」
ぷるんぷるんと跳ねまわるライムを抱き上げ、その体を優しく撫でる。
ふう、流石に倒すまでに時間はかかったけど、中々上手く嵌ってくれた。
これなら、お兄達が相手でも役に立つんじゃないかな?
「お……?」
確かな手応えを覚え、ぐっと拳を握り締めていると、そこでふと、私は新しい上位スキルが解放されていることに気が付いた。
「どれどれ……? わっ、《調教》と《使役》、二つ合わせて発生する上位スキル? どんな効果なんだろ」
《魔物使い》ご用達の二つのスキルが、共に50レベルに達することで初めて解放されるという、ちょっと面倒な条件を持つ新しいスキル、《盟約》。
条件が条件だけに、その効果のほども期待できそうだと、私は意気揚々とそのスキルを習得するのだった。
「ふわー、ここがクリスタルローズかぁ……綺麗な町~!」
冬イベントの会場となる、MWO最北端の町、《クリスタルローズ》。
アイスベルを倒したことで辿り着いたその場所は、雪と氷に覆われた幻想的な町だった。
空は常に分厚い雲が覆い隠し、純白の雪がしんしんと降り注ぐ。
けれど、雪と山脈によって人の来訪を拒んできたこの町は、外界の過酷さを吹き飛ばすくらいの活気に満ちていた。
氷のような水晶の壁で作られた建物が立ち並び、薄暗い景色を塗り潰すように照らされるイルミネーションの明かりを四方八方へと乱反射させる様は、まるでどこかのライブ会場みたいだ。
光の差さない極夜の町でありながら、暗闇を知らない光の町でもある。そんな綺麗で不可思議な場所こそ、《深淵の氷窟》を乗り越えたプレイヤーだけが足を踏み入れることを許される幻想郷、クリスタルローズだった。
「――!」
「えっ、お腹空いた? もー、ライムはどこに行っても花より団子だね。しょうがないなぁ」
私の肩でぷるぷると震えるライムを見て、私はやれやれとインベントリからお弁当を取り出す。
フローラ達が丹精込めて作ってくれた野菜をふんだんに使ったサンドイッチに、フララが集めてくれた花の密を使ったジュースだ。せっかくだから、今はお留守番してるみんなも呼んで食べたいところだけど、ライムはお弁当一つじゃどうせ足りないだろうし、まずはここらで少し休憩だ。
「ほらライム、あーん」
近くにあったベンチに座り、ライムにサンドイッチを食べさせる。
ぷるんぷるんと嬉しそうに跳ねるその姿を見ていると、つい今しがたまでフィールドボスと激闘を繰り広げていたことを忘れそうなくらい楽しい。
あ~、ライムはやっぱり可愛いなぁ。受験勉強のためにこうして触れ合える時間が減ると思うと、ユリアちゃんじゃなくても寂しくて死にそう。
うぅ、やっぱりここは浪人してでも毎日お世話に……!
「あら? ミオちゃんじゃない、こんなところで偶然ね」
「うん? あ、リン姉!」
私がちょっとアレな方向へ思考を傾けていると、そこへやってきたのは私やお兄の幼馴染であるリン姉だった。
ゲームでもリアルでも変わらないその美貌は、この幻想的な町と本当にマッチしていて、女の私でもうっかり見惚れちゃいそう。
あと、胸が大きい。前より大きくなってない? ぐぬぬ。
「リン姉こそどうしたの? あ、明日のイベントの参加申請?」
「ううん、私は明日、みんなの応援に回ることにするわ。私の戦闘スタイルだと、流石に今回のイベントは厳しいし」
「あー、なるほど」
リン姉の言葉に、私は深い納得と共に大きく頷く。
リン姉の戦闘スタイルは、MP特化型の《召喚術師》。一人でたくさんのモンスターを同時に使役して、その数でもって相手を押し潰す感じだ。
でも、今回のイベントでは一度に呼べるモンスターの数は一体だけと決められてしまったし、更に言えばモンスターの召喚石はそれぞれ個別にインベントリの枠を一つずつ消費する都合上、あまりたくさん持ち込もうとすればあっという間に所持数上限に引っ掛かってしまう。私も大概だけど、リン姉はそれ以上に今回のイベントと相性が悪い。
「でも、リン姉も来年は受験でしょ? いいの?」
最後のイベント、参加しなくて。
そんな私の問い掛けに、リン姉は「いいの」と特に気負った様子もなく答えた。
「キラやミオちゃんと違って、普段からちゃんと勉強してるから。受験の年だからって急に止めるつもりはないのよ、実は」
「……そ、そうなんだ」
くっ、これが優等生の余裕! 確かに、私やお兄に比べると、リン姉は普段からログイン時間がそれほど多いわけじゃないし、毎日しっかり勉強してるの知ってるけど! でも、いくら自業自得だったとしても、成績ヤバめの今の私からすると心底羨ましい!
「それに、ほら。来年、無事に受験が終わったら、キラがまたやりたいって言い出すかもしれないでしょう? その時、せっかく作ったギルドがどうにかなってたら寂しいから、サブマスターとして私が管理しておこうかなって」
「そうなんだ」
穏やかに微笑むリン姉を見て、私も思わず頬が緩む。というか、ニヤニヤが止まらない。
いやー、愛されてるねえお兄は。
全く、本当になんでこんな完璧美少女のリン姉がお兄なんかに惚れてるんだか。もし泣かせるようなことがあったら、私が妹としてお兄の尻を蹴っ飛ばしてやらないと!
というか、今すぐにでも蹴っ飛ばすべき? いい加減告白しろー、って。
そんなことを考えてると、リン姉はくすくすと笑い始めた。
「ミオちゃん、キラのこと本当に好きねえ」
「へ? どうしてそういう話に?」
「お兄ちゃんの将来が心配だって、顔に書いてあるわよ?」
思わず顔を抑えた私に、リン姉はにこにこと優しげな笑みを浮かべる。
「大丈夫よ、なんだかんだ言って、キラは結構しっかりしてるから」
「そうかなぁ」
いつも夜遅くまでゲームして、休みの日は予定がなければダラダラ昼まで寝て、起きてもゲーム三昧。
……うーん、ダメ人間にしか思えない。誰かにお世話して貰わないと、そのうちニート化しそう。
「ふふふ、素直じゃないんだから」
私がそんなことを考えてると、リン姉に微笑ましそうにそう言われた。
むう、なんか納得いかない。
「それより、ミオちゃんこそイベントの参加申請しに来たんじゃないの?」
「あっ、そうだった! ポータルの登録も終わってない!」
リン姉に言われて、ようやく私が何をしにここに来たのか思い出した。
そうそう、せっかくボスを倒してまで来たのに、ここで参加申請とかポータルの登録を忘れてログアウトなんてしたら、苦労が全部水の泡になるところだよ。
「明日は勝ち上がって、キラに挑戦するんでしょう? 彼も楽しみにしてたから、頑張ってね」
「お兄が?」
「ええ。『澪と本気で戦り合うのは初めてだ』って、嬉しそうに話してたわよ」
お兄のことだから、ラルバさんとかリン姉とか、よしんばリッジ君とか。そういう強い人と戦うのを楽しみにしてるものだと思ってたけど……そっか、私と戦うのも楽しみにしてくれてるんだ。
そう思うと、益々負けてられないね!
「ありがとうリン姉、私、頑張るから! それじゃあね!」
「ええ、また明日」
大きく手を振り、ポータルに向かって駆けていく。
そんな私の後ろで、リン姉はぽつりと呟いた。
「ミオちゃんも、キラも、頑張ってね。悔いの残らないように」