第172話 近接修行と足りない要素
「なるほどね……まあ、ユリアなら仕方ないよ、ミオ姉にべったりだったし。一年だけって言っても、寂しいものは寂しいから」
「うーん、やっぱりそっかぁ」
ユリアちゃんと別れた後、コスタリカ村にあるホームへとやって来た私は、そこでリッジ君とさっきの一件について話していた。
私としても、せっかく仲良くなったユリアちゃんと会う頻度が下がるとなると寂しいし、家から出て誰かと遊ぶことが少ないユリアちゃんにとってはそれ以上なんだろう。
「うーん、とりあえず、電話でもしてみようかな。文化祭の時に交換したけど、MWOで会えるからってあんまり連絡取ってなかったし」
「うん、それがいいよ。……ところでミオ姉」
「うん? 何?」
「これ、どういう状況?」
いつも通り、ホームの庭でお喋りに興じていた私達だったけど、いつもと違ってテーブルと椅子を並べたお茶会スタイルじゃなくて、お互いに自分の武器――リッジ君は刀、私は解体包丁を構えて対峙してる。
どういう状況かと聞かれれば、その答えはもちろん一つだ。
「次のイベントに向けて、特訓したいなって。剣を使うような接近戦となると、やっぱり私の知る限りリッジ君が最強だし。……ダメかな?」
「いや、僕で良ければ全然大丈夫だよ! 任せて!」
誉められて嬉しかったのか、少し照れたように顔を赤くしやがら快諾してくれるリッジ君。
実際、私と似た軽装で接近戦をしてる強いプレイヤーなんてリッジ君くらいだ。
ユリアちゃんも強いけど、挙動が特殊過ぎてそれ専用のスキルがないと再現不能なんだよね。
今更新しいスキルなんて習得してもレベル上げが間に合わないし、ここは既存のスキルで接近戦をマスターしなきゃ。
「ありがとう! それじゃあよろしくね、リッジ君!」
「うん、いつでもいいよ」
ぽよん、とライムが肩の上に乗ったところで、いざ実戦。
久しぶりの決闘システムを呼び出して、リッジ君に申請。受理されたのを確認すると、カウントダウン終了と同時に踏み込んだ。
「やぁ!」
全体的にステータスが控えめな《魔物使い》だけど、AGIはそこそこあるし、私の場合はそれに《敏捷強化》と《俊足》のスキルまで重ね掛けされてるから、速度だけなら十分に人外の粋。
まるで景色が勝手に後ろへ流れていくような感覚と共に、一瞬で目の前までやって来たリッジ君の体。そこへ、思い切り解体包丁を振り抜いた。
「ほっ」
プレイヤーにとって弱点となる、首筋に向けて放った一撃は、下から跳ね上がってきた刃に弾かれ、明後日の方向に流れていく。
私はそのままたたらを踏んじゃうけど、当然リッジ君はそこで終わらない。振り上げた勢いを殺さないまま切っ先がぐるりと反転し、袈裟掛けの斬撃となって襲い来る。
普通なら、防御のために解体包丁を引き寄せるべき場面。でも、私はそれくらいは何のそのと、後出しのアーツで対抗する。
「《三枚卸し》!!」
《料理人》スキルの攻撃用アーツ、《三枚卸し》。
エフェクトとしてはユリアちゃんの《ダークネスクロウ》と似ていて、一振りで三本の斬撃が同時に相手へ襲いかかるアーツだ。
《鎌》スキルのそれとの違いを挙げると、まず単純な威力で大きく劣り、その割に消費MPやCTに差はほとんどない。
変わりに、水棲モンスター相手に使うとダメージが倍加する効果があるんだけど……対人戦闘じゃあまり関係ないかな。
後出しだったこともあり、私のアーツが届くよりもリッジ君の斬撃が私に当たる方が早い。でも、私にはライムがいる。
ライムの体から伸びた触手が、《硬化》《鉄壁》の二重スキルによって強靭な盾に早変わりし、私への攻撃を防ぐ。
ガキン! と鈍い音を立てて刀が弾かれた直後、私の放ったアーツがようやくリッジ君へと到達した。
「《加速》!」
貰った! と思った瞬間、リッジ君の体がブレて私の視界から消え失せる。
何事!? と目を剥いている間に、気付けば私の首元に刃が添えられていた。
「僕の勝ち、でいいよね?」
「くぅ~、上手く行ったと思ったのになぁ」
降参、と告げると、決闘が終了してお互いの頭上に浮かんでいたHP表示が消失。武器を仕舞って肩を落とす。
うーん、手も足も出なかったなぁ。
「リッジ君、最後のアーツは?」
「あれは、《俊足》スキルレベル30で覚えるアーツだよ。一定時間、AGIを倍にする効果があるんだ。持続時間は一瞬だし、CTも長いから乱用は出来ないけどね」
「へ~、そんなのがあったんだ」
《俊足》スキルは、AGIを大幅に引き上げる変わりにMINDが大幅に下がり、魔法攻撃に弱くなる欠点がある。
魔法は範囲攻撃が多くて、いくら《俊足》スキルがあっても避けきるのは至難の技なんだけど、今の速度ならそれを振り切って《魔術師》を攻撃することも出来そうだ。何とも便利。
「私も《加速》が覚えられるようにレベリングしようかなぁ」
「でも、ミオ姉は《敏捷強化》に《強足の丸薬》もあるんだよね? あまり一気に速くなりすぎると、自分の感覚がついていけずに自爆することもあるから、《加速》に頼るのも考えものだよ? まあ、緊急回避には使えるかもしれないけど」
「うーん、なるほど」
AGIが上がると、プレイヤーの反応速度も引き上げられる感覚があるけど、それにしても限度がある。
私の反応速度がリッジ君より劣ってるのは間違いないし、確かに同じ速度を求めるのは危険かもしれない。現状、《魔術師》対策がそれくらいしかないから、取得はしておいた方がいいと思うけど。
「ああでも、ミオ姉の場合はDEXが高いし、アーツを使えば当たるかも? 命中率に補正が入るから」
「なるほど。《魔物使い》の数少ない取り柄だからね、DEX」
DEXのステータスが高いと、アーツなどシステムアシストに頼った攻撃が狙ったところに向かいやすくなり、結果として急所へのヒットによってクリティカルダメージを発生させやすくなる。
となると、やっぱり速度は大事だよね。ライムの盾も合わせて、持久力が私達の強みだし。
「ありがとうリッジ君、参考になった!」
「どういたしまして。次のイベントは僕も出るつもりではあるけど……ミオ姉のことも応援してるから、最後まで悔いの残らないようにね」
「うん、もちろん!」
ぐっと親指を立てて応えると、リッジ君は少しだけ表情を曇らせる。
さっき、ユリアちゃんなら寂しがってもおかしくないって言ってたけど、よく考えたらリッジ君とも普段はあまり会えないわけだし、同じ気持ちなのかな。
うーん……あ、そうだ。
「リッジ君、せっかくだから今晩から、リッジ君にも電話かけていい? ほら、私もリッジ君の声が聞けなくなるのは寂しいからさ!」
「えっ、ぼ、僕も?」
「うん。ほら、何かイベント事があっても、私の知らない間にお兄と話つけちゃってること多いし! 男同士の方が話が弾むのかもしれないけど、せっかくだから私ともお喋りしよ!」
「いや、その……男同士がいいというか、ミオ姉相手だと緊張して話せる気がしなかったというか……」
私がそう言って笑い掛けると、リッジ君は顔を俯かせてなにやらボソボソと呟き始めた。
よく聞こえないけど、どうしたんだろ?
「ダメかな?」
「全然! ダメじゃないです! 是非に!」
「本当? 良かった! それじゃあ、私も今日は落ちるけど、明日からも時間がある時は一緒にPvPの練習しよーね!」
「う、うん」
ぶんぶんと手を振ると、私はそのままライムともお別れの挨拶をして、MWOからログアウトした。
だから、その後に続けられたリッジ君の呟きは、私の耳まで届かない。
「今晩から……何、話そう」




