第167話 パンプキングと後退戦
パンプキングとの戦闘開始から、凡そ二十分が経過。
私達プレイヤーは、ムーちゃんことグランドマンムーを中心に陣形を組み、襲い来る蔓の群れを迎撃しながら応戦していた。
もちろん、ライムやフララ、それにミニスライム隊によるフォローが利く範囲にも限度はあるけど、そこは他の盾職の人達がカバーしたり、あるいは似たようなモンスターをテイムしている人達がまた別のところで抵抗陣地を構築することで、どうにか対抗出来ている。
ボスの繰り出す強力な攻撃を防ぎ、その攻撃の要になっている蔓に反撃を繰り出し、即死攻撃を躱しながら、ちょっとずつダメージを蓄積させる。
カバーが間に合わなくて死に戻りするプレイヤーもいたけれど、そういう人達はコンテスト会場にあるカボチャ料理でデスペナルティを解除して、改めて戦列に戻っていく。
そうして、気の遠くなるような戦闘を続け……ついに、パンプキング持つ蔓のうちいくつかがHPゲージを失い、ポリゴン片となって霧散し始めた。
「うおぉぉぉぉ!! よっしゃいけるぞおおお!!」
「この調子だ! お前ら気張れぇ!!」
自分達の攻撃が成果を上げ始めたことに、プレイヤー達は勢い付く。
ただ、それでむざむざとやられるほど生易しいボスでもなかった。
「グワーッ!!」
「くっ、盾職がやられた!」
「こいつ、蔓が減るごとに残った蔓の動きが速くなってるぞ!」
「頼む、こっちにポーションをくれ!」
「こっちはバフだ! バフがないと追いつけない!!」
「はーい!」
苛烈さを増す攻撃を前に、プレイヤー達の方も死に戻るプレイヤーがどんどん増えていく。
傷ついては支援を求める声が増え、救援要請はひっきりなし。
こうなって来ると、私のインベントリの在庫がすぐになくなって来る。
「うー、どうしよう、アイテムの補充に一度戻りたいけど、私抜けたらやばいよねこれ!?」
「先輩はどうでもいいですけど、使役モンスターはテイマーから一定距離以上離れられないですからね~、ライムちゃんやプルルちゃんがいなくなったら、この戦線は一度崩壊すると思います~」
「私、ライムのオマケ扱い!?」
しれっと酷い事を言って来るフウちゃんに抗議の声を上げるけど、まあそれくらいライムとプルルの活躍が大きいから仕方ない。
とはいえ、私が仮に戻るのを渋ったとしても、いずれはアイテムが尽きる。その前にどうにかしないと。
「それなら、ウチが取りに行こうか? アイテムボックスのアクセス許可があれば持って来れるやろ。現状、ウチはあんま役に立っとらんし、荷物運びくらいやるでー」
「ほんと? ありがとうナナちゃん!」
そうして悩んでると、ナナちゃんがそう言って請け負ってくれた。
良かった、これでアイテムの残量問題が解決する。
「何、これくらい任せとき! とう!」
「えっ、ナナちゃん!?」
と、思ったら、なぜかムーちゃんから飛び降りたナナちゃんは、ボスの方に突っ走っていく。
驚く私に対し、ナナちゃんはぐっと親指を立てて笑みを零す。
「死に戻った方が速いんや。じゃあなミオ、アイルビーバック!」
「な、ナナちゃーん!」
槍を構え、アーツを発動しながら一直線にボスへ向かって突き進んだナナちゃんは、その途中で蔓に絡め取られ、ボスに美味しく頂かれてしまった。
さようならナナちゃん、君の犠牲は忘れないよ……!
「ミオ、ちょっとやられた。支援欲しい」
「ミオ姉、僕もお願い!」
「うん、分かった! ライム、フララ、お願い!」
どこぞのロボットみたいな……それでいて、あまりカッコよくはない最期を迎えたナナちゃんのことはさっさと忘れ、戻ってきたユリアちゃんとリッジ君のサポートを行う。
どこからか、ナナちゃんの「酷ないか!?」という声が聞こえたような気がしないでもないけど、きっと気のせいだろう。
それよりも、いつもはその卓越した回避力で敵の攻撃を受け付けないこの二人ですら被弾してるっていう事実が、このボス戦の凄まじさをよく物語ってる。
それに、私達の補給拠点、もといムーちゃんの方も、それほど余裕があるわけじゃない。
「飛んだぞ! 落下地点から離れろぉ!!」
パンプキングが前進のために身を屈め、宙に跳び上がる。
一定時間ごとに必ず行う動作で、これに巻き込まれると即死ではないにしろ、ほとんどのプレイヤーが耐えきれないダメージを負ってしまう。
何より、これで一気に距離を詰められる都合上、どうしてもこの瞬間はムーちゃんを守るのが厳しくなっちゃう。
最初はそれでもどうにかなったけど……蔓の数が減り、それを補うように苛烈さを増した攻撃を前にすると、どうしても防ぎきれなかった。
「来るぞぉ!!」
遥か上空から迫る無数の蔓による、絶え間ない連続攻撃。
フォローに来てくれた盾職の人、ムーちゃんの耐久力、更にライムの触手ガードまで駆使して守り、プルルがそんな彼らにポーションを配って耐えるんだけど、どうしても穴を掻い潜って攻撃が喉元まで迫って来る。
防ぎきれないものは回避して、アイテムやバフによる物量戦で無理矢理対抗するものの、やっぱりそれだけじゃどうしても限界があった。
「――!?」
「プルル!?」
そうした攻撃の一つに、サポート中だったプルルの体がヒットして、あっさりとHPゲージが吹き飛ばされた。
ヤバイ、これはヤバイ、ライムはまだいるとはいえ、今は撤退行動中で回復支援に手は回せないし、何よりプルルに預けていたアイテムが一気にロストしたせいで、残り少なかったポーションが底を突きかけてる。
このままじゃ、距離を取るまでもたない!
「……仕方ない、ユリア、行くよ!」
「ん。ファメル、付き合って」
「ブル!!」
すると何を思ったか、それを見て取ったリッジ君とユリアちゃんが、ファメルと共にボスに向けて突撃を始めた。
いくら二人でも、援護もなしにあんなに一気に接近したら!
「二人とも、何してるの!?」
「こいつは、自分に近いプレイヤーと、空を飛んでるプレイヤーを優先して狙うからね。僕らが粘ってるうちに、ミオ姉は距離を取って!!」
「私達はまた復活して戻って来ればいい……でも、ミオ達の援護が途切れると、みんな困る、から。ただ、ミオのファメルまで巻き込んだのは、ごめん」
接近する二人に向けて、無数の蔓が襲い掛かる。
それを紙一重で避けながら突き進むファメルだけど、いくらなんでもボスの猛攻を躱し続けるにはまだまだレベルが足りなかった。ついに途中で力尽き、ポリゴン片となって霧散する。
その直前、ファメルの背から飛び出した二人は更に接近し、襲い来る蔓を迎撃しつつ粘り続ける。
そんな二人の決死の援護のお陰で、もどかしいほどゆっくりと危険域から脱した私達は、散発的な攻撃を凌ぎつつようやく一息吐く。
ただ、二人はまだ、ボスの目の前だ。
「リッジ君、ユリアちゃん! こっちはもう大丈夫だよ!」
「良かった、またすぐ戻るから、それまで待っててね、ミオ姉!!」
「ん、私も、すぐ戻る」
その言葉を最後に、二人は横薙ぎに振るわれた蔓に弾き飛ばされ、そのHPが底を突いた。
霧散して消えていく二人の残滓を見やり、私はぐっと胸を抑える。
「リッジ君……ユリアちゃん……ありがとう……!」
「なあミオ、ウチの時と反応が違いすぎひんか?」
「あ、ナナちゃん戻って来たんだ、おかえり!」
撤退戦の間に思った以上に時間が経っていたのか、ムーちゃんの足元から微妙な表情で声をかけてきたナナちゃんに、私は輝くような笑顔を向ける。
まあうん、そこはほら、気分ってことで。
「まあええわ、それよりほれ、ミオのボックスからアイテムぎょーさん回収してきたで。うちのなけなしの蓄えも持ってきたから、思う存分使ってや!」
「ありがと、助かる!」
トレードで送られてきたアイテムを受け取り、私は一つ頷く。
よし、これでまだしばらくは戦える。
「ミオー! ちょっとこっちも合流させて貰うぜ!」
「ごめんね、よろしく」
「あ、お兄! リン姉も!」
すると、今の猛攻で私達と同じように周囲を固めるプレイヤーが減ったのか、お兄とリン姉が中心となって構築されていた、別の集団が合流してきた。
こっちもリッジ君やユリアちゃんが減って手数不足だったから、ちょうどいい。
「リン姉、私達が言った以外に、何か作戦はある?」
「流石に、こんな手探り状態だと特にないわね。あの蔓を全て失った時、ボスがどういう挙動をするか。それ次第よ」
「分かった、それじゃあみんな、あと一息、頑張ろう!」
「「「うおぉぉぉぉ!!」」」
撤退戦の最中にもその数を減らし、既に最初の1/3程になった蔓の群れ。
それを前に私が声を張り上げると、周りに集まっていたプレイヤー達もそれに答え、雄叫びを上げる。
よーし、それじゃあ私も、頑張るよ!
「ミオの奴、みないうちにこんな大規模な戦闘でリーダーを務めるようになっちまって……成長したなぁ」
「ふふ、ミオちゃんは人たらし……いえ、動物たらしだものね。みんな自然と集まっちゃうのよ」
そんな私の姿を見て、お兄とリン姉が呟いた言葉は、他のプレイヤー達の声にかき消されて、私まで届くことはなかった。




