第16話 ライムの披露と投擲スキル
《東の平原》は、奥へ進んで行っても、景色はあまり変わらない。どこまでも広がる草原は、視界を遮る物も、動きを阻害する物もなく、モンスターが居たらよっぽどぼけーっとしてない限り、まず間違いなく先んじて発見できる。
「おっ、ゴブリンだな。ミオ、とりあえずあれと戦ってみてくれよ」
その例に漏れず、辺りを警戒してるように見えて全くしてないのが丸分かりな、ボーっとしたゴブリンを見つけたお兄は、早速とばかりにそんなことを言い出した。
「えっ、1人で? なんで?」
お兄は基本的にバカだけど、ゲームに関してだけは頭が回るのは私が一番良く知ってるから、無意味に言ってるんじゃないのは分かる。けど、だからってその意図まで察せるかというと、さすがにそこまでは分からない。
「リッジは見れば大体分かるけどさ、お前はどういう戦い方するのか全く分からん。だから実際見せて貰おうかと」
「あー……」
言われてみんなの装備に目を向けてみれば、まずお兄は大きな盾と片手持ちの槍を背中に背負い、金属鎧に身を包んだ、どこからどう見ても前衛の重戦士って言った感じ。これで魔法使いで後衛ですとか言われたら詐欺だね、うん。
リッジ君は、腰に両刃の剣を差してるけど、着ているのは鎧じゃなくて動きやすさを重視した和服みたいな装備。今は剣だから微妙に違和感があるけど、刀を差してたら侍っぽくなると思う。
そして最後にリン姉は、短めのワンドを手にローブを羽織り、見るからに魔法使いっぽい。ただ、このゲームだと長杖を持ってる人が純粋な魔法使いで、短杖を持ってる人はサモナーらしいから、リン姉はばっちりサモナーらしい装備って言える。
じゃあ私はと言えば、いかにも田舎から出てきたばかりですと言った貧相な革の防具に身を包んで、もはや武器とすら呼べない蔓を腰に取りつけた貧乏装備。
まあ、これは初期装備だから誰でも一度は装備するんだけど、買い替えずにここまで使ってるのは珍しいんだとか。何せこの防具、DEF補正が部位ごとに+1しかなくて、文字通りの紙装甲。ないも同然。
武器のほうも、初心者用装備は軒並みATK補正+1で、アーツが使えるようになる以外はあってもなくても変わらない上、見た目も最悪な残念装備しかないんだって。
初心者用装備の良いところと言えば、精々が耐久値が設定されてない=いくら使っても壊れないってことのみなんだとか。
防具はまだ、後衛職や生産職なら替えてなくてもそう不自然じゃないらしいんだけど、武器のほうに関しては、NPCショップに最初から500Gで売ってるやつがあって、どれもATK補正+10以上、つまり初期装備の10倍強い。
しかも見た目も初期装備と違ってまともな武器だから、よっぽどの物好きでもなければ買い替えるのが当たり前なんだとか。まあ、私の場合はお金が無くて今更買い替えられないんだけど。
更に更に、鞭を使うのは基本的にテイマーなんだけど、他の職業でペット欲しさに《調教》スキルを取って育てるだけならまだしも、育てたテイムモンスターで戦わなきゃいけない職業でミニスライムを最初にテイムするのは、もはや戦闘するつもりのない生産職でもなきゃあり得ないそうな。
そういうわけで、今の私はどこからどうみても、縛りプレイが好きな変人生産職にしか見えないんだって。
うん、私別にドMじゃないから、縛りプレイとか好きじゃないです。ついでに私、別に生産職とか目指してないし。確かに、スキル構成も生産職にしか見えないし、実際昨日今日と調合と採取ばっかりしてる気はするけど、それでも私はちゃんとテイマーだから!! ライムを育てて強くするのが目的だから!!
「そこまで言うなら、見ててよ! ゴブリンくらいサクっと倒してくるから!」
「ミオ姉、大丈夫なの?」
「大丈夫だって、リッジ君も見てて!」
心配そうなリッジ君に自信満々にそう言いつつ、私はゴブリンに向かって歩いていく。
正面から行くと、流石に攻撃範囲に入る前に気付かれるから、少しだけ迂回しつつ視界から外れるように動けば相当近くまで行ってもバレない。これはお兄から聞いた情報じゃなくて、この2日間、《西の森》で散々コソコソとアイテム集めに奔走して身に付けた、正真正銘私のプレイヤースキルだ。
まあ、これがどの程度のレベルなのかは分からないけど。
「ミオちゃん流石ね、まだ2日目なのに、もうモンスターの索敵範囲を把握してるみたい」
「あれ、完全に斥候役の動きだよなぁ……あいつ、一体何を目指してるんだ?」
後ろのほうから、リン姉とお兄の声が聞こえてくる。
いや、うん、多少自覚はあるけど、私斥候じゃないから! テイマーだから!
「《バインドウィップ》!」
「ギッ!?」
真後ろ、絶対に回避不可能な位置からアーツを使って拘束し、そこへすぐにライムが飛び掛かる。
貧弱なはずのスライムすら振りほどけない状況に苛立っているのか、ギィギィと叫びながらもがくゴブリン。そこへ、ライムは《麻痺ポーション》と《毒ポーション》の2つの瓶を体から吐き出して叩きつけた。
パリンパリンと、音を立てて割れた瓶から2つの液体がゴブリンの体に降りかかり、更にはライムの《酸液》も追加されて、積み重なった状態異常にゴブリンは苦しげに呻く。
「さて、追撃だー!」
《麻痺ポーション》で麻痺にさえなっちゃえば、もう拘束しておく必要もない。さっさとアーツを解いて、鞭でぺちぺちと転がってるゴブリンを叩いていく。
いくら《鞭》スキルの補正があるとはいえ、所詮は《蔓の鞭》。倒しきるまでに何度も何度も叩く必要があって、なんだかライムと2人で虐めてるような微妙な気分にさせられるけど、これもまたライムの地位向上のために必要なことなの。成仏してねゴブリン君。
「ふい~、終わり!」
麻痺が解けるまでになんとかHPを削り切った私は、その場で一息つく。
いやー、やっぱりアイテムがあると違うね! 殴り殴られギリギリで倒してたのが嘘みたいにあっさり倒せたよ。
「おいミオー」
「お兄! どう? 私だってちゃんと戦えるでしょ!」
倒したのを確認してやってきたお兄に、どやっ! と胸を張って報告すると、「おーすごいすごい」と全く気のないお返事を頂戴した。むぅ。
「それより今の、何したんだ? ゴブリンが急に状態異常にかかってたけど」
どうやらお兄としては、私が戦えるかどうかより、ライムがどうやってゴブリンを攻撃したのかっていうほうが重要らしい。
って言っても、あんまり大したことじゃないんだけど。
「麻痺したのはライムが《麻痺ポーション》使ったから、ダメージが多かったのは《毒ポーション》使ったからだよ。《収納》スキルで持たせてたの。ほら」
そう言って、実際に2つのポーションを目の前で出して貰う。
それを見て、お兄やリン姉は「お~」と感心したように声を上げた。
「装備を持たせてステータスを底上げするのはよくあるけど、こんな風に消耗品を持たせるのは初めて見たわね」
「普通は、人型のモンスターが片手に1つポーション持つくらいが限度だからな。インベントリもないし。でもそうか、スライムの《収納》スキルって、プレイヤーのインベントリを増設するスキルって聞いてたけど、モンスターにインベントリを持たせるスキルなんだな。共有化させてるだけで」
「ええ、ミオちゃんは攻撃に使わせてるみたいだけど、回復系のアイテムを持たせてHPMP管理を代行して貰うのもいいかもしれないわね。離れていても、自分のインベントリから移せるなら、ポーションの使い勝手が良くなりそう」
「なるほど、それなら――」
ライムの戦い方を伝えた途端、お兄とリンさんの2人は早速、より有効な使い方について議論し始めた。
う、うん、なるほど、これがガチ勢か……ライムの活用法について話してるのは分かるけど、段々話が高度になっていってついていけないや。
けど、今さらっと重要なこと話してたよね。《収納》スキルのアイテムって、インベントリから直接操作して移し替えれるの? ちょっとやってみよう……あっ、出来た。うん、これは新たな発見。
「なんていうか、2人ともすごいね。これぞゲーマーって感じで」
そんな風に思ってたら、私と同じく会話に混ざれない様子のリッジ君が声をかけてきた。
その言葉に、私もうんうんと頷き返す。
「リン姉がすごいのはいつものことだけど、お兄がこんな風に活き活きとしてるのは普段あまり見ないからねー」
「ははは、そうだね」
勉強は出来ないし、スポーツもやってないし、機械音痴で家事もロクに出来ないし、典型的なダメ兄貴だけど、こうしてみるとやっぱりゲームやってる時は楽しそうで、見てるとなんだか微笑ましくなってくる。
まあ、だからって普段ダメでいいわけじゃないけど。
「ところでミオ姉、確か《麻痺ポーション》とか《毒ポーション》って、街でプレイヤーが1つ300Gくらいで売ってたはずなんだけど、ゴブリン倒すのになんて使って元取れてるの?」
「えっ、これってそんなにするの!?」
《ハニーポーション》もそうだけど、いくらNPCショップで売ってないからって値段インフレし過ぎじゃない? 《初心者用HPポーション》なんてたった30Gだよ? 《薬草》だけで作るか《ドクの実》も入るかの違いくらいしかないのに、10倍も違うなんて……えぇー……
「ま、まあ、ミオ姉が《調合》スキル取ってるのは知ってるし、大丈夫ならいいんじゃないかな? うん」
リッジ君の言った通り、これ自体は自力で採取した素材を使って作ってるから元はタダだし問題はないんだけど、なんだか釈然としない。
例えるならこう、自分では大して価値のないものだと思って適当に譲ってたら、実はそこそこ高価な物だと分かった時みたいな? 別に返して欲しいわけじゃないけど、なんだかちょっと損した気分になる。
「あ、ああ、そういえば、そういう状態異常ポーションは投げナイフとか弓矢に《合成》して使うのが一番良いって聞いたんだけど、ミオ姉はやってないの?」
「やってないよ。そもそも素材になるナイフとか矢とか、買うお金ないし」
さすがに、弓使いになるわけでも、鍛冶師になるわけでもないのにその辺りを自分で作るスキルを習得する気はないし、やっぱり使うならポーションだ。
その方が、ライムのご飯にもなるしね。
「それなら、《投擲》スキルとかは? 投げて使うアイテムの命中率と飛距離に補正が入るって聞いたんだけど」
「へ~、そんなスキルもあるんだ」
試しに、メニューのスキル一覧から《投擲》スキルを探してみる。
あまり人気のないスキルなのか、単純に順番が悪いのか、結構下にスクロールして行ったところでようやく目当てのそれを見つけた私は、早速習得しようと手を伸ばし……ふと気になって、リッジ君のほうを見た。
「そういえばリッジ君、随分詳しいね。βテスターってわけでもないんでしょ?」
「え? あ、ああ、いや、今日みんなと狩りに行くのは分かってたから、少しは勉強しておこうと思って攻略サイトを覗いたりしてたんだよ。うん」
「へ~、相変わらず真面目だね、リッジ君は」
私なんて、今朝偶々ネスちゃんと会えなかったら、ボスのことでさえ完全にお兄とリン姉に教えて貰う気満々だったのに。
まあ、リッジ君はこんな性格だからこそ、βテスターでもないのに私とこんなにもレベルに差がついてるんだろうけどね。
ともあれそういうわけで、《投擲》スキルをぽちっと習得。早速、スキルを入れ替えてっと……
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv6
HP:90/90
MP:75/75
ATK:45
DEF:66
AGI:67
INT:44
MIND:66
DEX:89
SP:1
スキル:《調教Lv5》《使役Lv4》《鞭Lv5》《敏捷強化Lv5》《投擲Lv1》
控えスキル:《隠蔽Lv7》《感知Lv4》《調合Lv8》《採取Lv8》
スキル構成を戦闘用にした上で《投擲》スキルを入れてみると、もうすっかりスキルスロットが戦闘用で埋まったなぁとちょっとだけ感慨深くなる。
ともあれ、せっかく習得したんだから、まずはこのスキルの性能実験といこうかな。
というわけでインベントリから取り出したのは、ただの《石ころ》! ハウンドウルフとの初戦闘の時も地味に活躍したこれだけど、こんなのでも投げて当たればちゃんとダメージ判定があるから、一応攻撃手段の1つとして、見つけたらなるべく拾い集めるようにしてる。
まさか、実験でそこそこ作るのが面倒なポーションを使うわけにはいかないし、お手軽に集まるこれでまずは試してみよう、まさか、《投擲》スキルの補正がポーション瓶にはかかって《石ころ》にかからないってわけでもないだろうし。
そう考え、私は手頃な位置……と言ってもまだまだ遠く索敵範囲外のゴブリンに狙いを定め、大きく振りかぶる。
「えいやーーー!!」
声を上げつつ全力投球した石ころは、空中で弧を描きながらゴブリン目掛けて飛んでいき――思いっきり頭に直撃した。
「おおっ、当たった!」
ぶっちゃけるとダメージは大したことないけど、ばっちりHPを削られたゴブリンは、憎き敵を探すように数度きょろきょろと辺りを見渡したものの、少し離れた位置にいる私達は見つけられなかったのか、軽く首を傾げてすぐに辺りの警戒(という名のサボリ?)に戻った。
ゴブリンって、実は目が悪いのかなぁ……でも、今の動きちょっと可愛かったかも。
「流石テイマー、命中力高いね。この距離だと軽戦士はあまり当てられないんだけど」
「そうなの? へ~」
そういえば、今の私のステータス、一番高いのはDEXだったなぁ。
他の職業の詳しいステータスは知らないからなんとも言えないけど、思った以上に今の私の戦い方とはマッチしてるみたい。
「それなら、このまま石ころ投げてればゴブリンを安全確実に仕留められるってことよね」
「えっ」
「それ!」
2つ目の石ころを投げれば、これまた綺麗にゴブリンの頭にクリーンヒット。HPが更に削れ、ゴブリンは怒りを露わに不埒者(私)の姿を探してるけど、《隠蔽》スキルを使ってるでもないのにやっぱり見つからない。
更に3つ目、4つ目と積み重なると、石ころの飛んできた方……つまり私のほうに向かってきて、やがて索敵範囲に私が入ったことで一直線に向かってくるようになったけど、それでもやっぱり距離はある。
というわけで、ゴブリンが手にした剣の間合いに入ってくるまでに、私は石ころを7つ投げつけ、HPを残り2割ちょっとにまで削ってやった。そして、
「《ストライクウィップ》!!」
何気に初使用となる攻撃用の《鞭》アーツを使い、ゴブリンの鼻っ柱を打ち据える。
《蔓の鞭》の攻撃力じゃちょっと不安だったけど、さすがにアーツによるダメージは一味違った。
普段ぺちぺちしてる時の倍以上のダメージを一発で与えて、そのままゴブリンのHPを全て削り取った。
「よし、初めて調合アイテムもなしにゴブリンを無傷で倒せた!」
「えっ」
いくらなんでも、そこら辺に普通に落ちてる石ころが高価ってわけじゃないだろうし、モンスターを無傷で、しかもちゃんと黒字討伐したのはたぶんこれが初めてだ。
ライムが戦闘に参加出来てないのがイマイチだけど、ひとまずは十分な結果だったと満足しつつ、振り返ってみると、
「ミオ姉、武器買い替えよう。そうすればもっと楽に倒せるはずだから、うん」
なぜか真剣な表情で詰め寄ってくる、リッジ君の姿があった。
いや、うん。それは分かってるよ? でもほら、私お金ないんだってば!
ちなみに威力的には、リッジ君の通常攻撃>>>>>>>>蔓の鞭のアーツ>石ころの投擲>蔓の鞭の通常攻撃くらい差があるので、本人が思ってるほど石ころは使えません。ミオの攻撃が弱いだけです。




