第158話 昔の思い出とハイエース
「じゃあ、一人で出歩くのって今日が初めてなんだ?」
「うん……いつも兄貴かお母さんと一緒」
お兄の学校へ向かう道すがら、私達はお互いのことを語り合っていた。
どうやら、友里ちゃんは小さい時から体が弱かったようで、家でゲームしながら過ごすことが多かったらしい。
兄の雷斗さんはそんな友里ちゃんの一番のゲーム相手で、あの戦闘テクニックも雷斗さんから仕込まれたんだとか。
うちのお兄とタメ張るくらい強い人から鍛えられてきたなら、あれだけ強いのも納得かも。
「希星ちゃんは? いつもその恰好で出歩いてるの?」
「当たり前であろう? 何を言っている」
「な、なるほど」
何を当たり前のことをとばかりに、ペタンコな胸を逸らして笑う希星ちゃんに、私と竜君は乾いた笑みを浮かべる。
まさか今日だけじゃなくて、いつもこの調子だとは……。
「でもまあ、可愛いからいっか」
「ぬおっ、だから撫でるな! ええい、澪は本当にリアルでも変わらぬな!?」
希星ちゃんの頭を撫で回してあげると、いつもみたいに抗議の声を上げて振り払われちゃった。
いやー、やっぱりネスちゃんはこうじゃないとね。
「…………」
「うん? どうかした?」
なんて言ってたら、隣を歩いていた友里ちゃんに袖を引かれた。
顔を向けてみると、友里ちゃんは少し迷うように視線を彷徨わせながら、意を決したように口を開く。
「澪は……いつも誰と出かけてるの? 竜也と?」
「あはは、竜君が引っ越してからは、あんまりそういうことも無くなったけど、小さい頃はよく一緒に出かけてたかな。ね、竜君」
「そうだね。懐かしいな……」
私が話題を振ると、竜君はふっと遠くを見つめるように目を細めて……。
「澪姉が、『わんちゃんを飼う時のための練習だ』って言って、僕を散歩に連れ出してたんだよね……
毎日道順を変えながら、町中をぐるぐる回って、公園でフリスビー使って遊んで、帰ったらご飯の時間だっておやつ食べさせられて、それが終われば汗を流そうねってお風呂に押し込まれて……あの頃は完全に犬扱いだったなぁ」
「い、犬扱いはして……ない、よ?」
竜君の昔話を聞いて、私は冷や汗を流す。
確かに以前……それこそ、小学校低学年とかその程度の頃、確かにそんなことをしてた覚えはある。
あの頃って、うちのマンションはペット禁止っていうのがいまいち理解出来なくて、いつかは犬を飼えるようになるはずだから、そのための練習をーって、竜君を巻き込んで色々してたんだよね……りゅ、竜君、実は結構根に持ってる……?
「一から十まで全部澪姉がお世話しようとするから、結構恥ずかしかった」
やっぱり根に持ってる!? 今からでも謝った方がいいのかな? いやでも、今思い返してみても、竜君は竜君で結構喜んでたような……いやいや、そもそもそれが私の思い違いかもしれないし……!
なんて、私が一人頭の中で葛藤していると、友里ちゃんが愕然とした表情でワナワナと震えだす。
「い、一から十まで……澪と一緒に……?」
「う、うん。あの頃は竜君しかお世話する相手もいなかったし……」
とはいえ、あの頃町中歩き回ったお陰で、この町の道案内に関しては完璧になった自信がある。
実際、今こうして私の家に向かって歩いてる道も、そうした地道な脳内マッピングから導きだされた、一番日陰の多い道だ。わざわざ口に出して言うことはないけど、いつも使ってる道より遠回りだって気付いてるはずの竜君も何も言わないでついてきてくれているから、私の考えはお見通しなんだろう。
気遣い上手な従兄弟が可愛くて、ちょっと頭を撫でてあげると、話の流れからまた私が犬扱いしたがってるとでも思ったのか、恥ずかしそうにちょっと距離を置かれた。ガーン。
「じゃあ……」
手持無沙汰になって宙を泳いだのとは逆の腕に、友里ちゃんがぎゅっと抱き着いてくる。
零れ落ちそうになった日傘を代わりに持ちあげ、日の光を遮ってあげていると、友里ちゃんはその淡紅色の瞳でじっと私のことを見上げながら、
「私のこと……代わりに、澪のペットにしても……いいよ?」
そんなことを言い出した。
……可愛すぎて鼻血出そう。
「友里ちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ?」
「……うん、そうだよね、私なんか……」
「友里ちゃんはただでさえ可愛いんだから、そんな可愛い目で可愛いこと言ったら、悪い人にハイエースされちゃうよ!?」
「は、はいえーす?」
戸惑う友里ちゃんと視線を合わせ、その肩に手を置きながら、私は必死に訴えかける。
必死過ぎて本当に鼻血が垂れて来たけど、そんなことはどうでもいい。
「だからそうならないためにも、やっぱりここは私が友里ちゃんをお持ち帰りするべきだよね、うん、変質者に見つかる前にそうするべき」
「やめんか! お主が変質者になっておるぞ澪!!」
リアルなナマケモノのリュックを背負い、鼻血を垂らしながら息を荒げて友里ちゃんに詰め寄る私を、希星ちゃんが全力で引き剥がしにかかってきた。しかも、竜君までしれっと友里ちゃんの傍に移動して、私から離すように間に立っちゃってるし。
のおおおお!! 友里ちゃあああん!!
「澪姉はこうなったら止まらないから、あんまり刺激しないようにね。本当に襲われるよ」
「……私はそれでもいいのに」
竜君に言い聞かれて、友里ちゃんが何やら呟いた。
よく聞こえなかったけど、何だか顔が赤いし、少し脅かし過ぎたかな?
いや、半分くらい本気だったけど。
「仕方ない、予定通り、普通にうちに寄っておめかししよっか」
「いや待って、そんな予定聞いてないんだけど」
「あ、まだ言ってなかったね。これから一度うちに行って、友里ちゃんのお着換えタイムするんだよ、さっき決めた!」
「聞いてないぞ! それよりも、早く学園祭に向かった方がいいのではないか? フウの奴も来るのだろう?」
「集合時間を早めにしたからまだ開いてないだろうし、風子ちゃんはギリギリまで寝てるだろうから、ちょっとくらい平気だよ。それに希星ちゃん、実はお兄が前に使ってたマントがあるんだけど、見てかない? 希星ちゃんなら似合うと思うなー」
「ほほう、マント……ふふ、我に似合うというのがいかほどの物か、見てみるのもやぶさかではないな」
「あっさり釣られてるし」
私の提案にあっさりとなびく希星ちゃんを見て、竜君は呆れ顔だ。
けど、そう言ってる竜君も少しソワソワしてるし、久しぶりにうちに来れるのを楽しみにしてくれてるのかな? だったら嬉しいな。
「あ、せっかくだから、竜君も着替える? 私のお古」
「ぶっ!? いや、だから、僕はもう女装なんてしないってば!」
「まあまあ、ゲームでする予行練習だと思って」
「ゲームでもしないから!?」
「まあまあ、そんなこと言わないで。代わりになんでも一つお願い聞いてあげるから」
渋る竜君にそう言って手を合わせると、顔を赤くしながらそっぽを向き、小さく口を開く。
「……じゃあ、今度の休みに、一緒に映画でも見に行こうよ」
「あ、うん、いいよ! 映画の一本や二本、いくらでも奢ってあげるよ!」
「…………」
そうじゃないんだよなぁ……なんて呟きながら、竜君ががっくりと肩を落とす。
そんな竜君の両肩に、友里ちゃんと希星ちゃんがそれぞれぽんっと手を置いてるけど、どうしたんだろう?
「えっと……とりあえず着いたから、入ろうか?」
よく分からないまま、到着したマンションの中へと三人を招き入れる。
ちなみに、実は見たい映画が三本あるのかと思って聞いてみたら、そうじゃないとなぜか全員から否定された。
うーん、解せぬ。




