第151話 捜索活動とマリンホース捕獲作戦
海エリアに到着した私は、再びイカダに乗り込んで海域の探索に励み始めた。
モンスター達に襲われながら、マリンホースを探して回るけど、やっぱりなかなか見つからない。
「怖くないよー、出ておいで~」
試しに、イカダの上で魚を焼いて、その匂いで誘き寄せられないかとやってみたりもしたものの、他のモンスターの登場頻度が増しただけだった。
ていうかどうでもいいけど、なんで魚型モンスターの匂いで同じ魚型モンスターばっかり釣られて来るの? いや、海の生き物が他の海の生き物を食べるのはそうおかしなことでもないんだけど、さっきから、焼いてるのと同じモンスターが結構寄って来るんだよね。普段から共食いでもしてるの?
……いや、よく考えれば魚で共食いってそう珍しいことでもないか。うん、そう考えれば普通?
「まあどっちにしても、マリンホースが出てきてくれないと意味ないんだけど」
空から降ってきたお化けカボチャを、フララが魔法で吹き飛ばす。
本当、ここに来た当初の目的はともかく、イベントの進みはすごく順調なんだよね。このペースなら、予定してたアイテムを一通り入手しても余裕が出来そうだよ。
「そういえば、《霊魂カボチャ》って食べ物なんだよね? 食材アイテムとして使えたりするのかな?」
イベントのことを考えていたら、ふとそんな考えが頭を過ぎる。
元々、カボチャの収穫時期に合わせて現れるお化けカボチャが食材としてすごく美味しいから、レストランの店長さんが欲しがってるっていうのがイベントの趣旨だった気がするし、コスタリカ村のおじさんも、お化けカボチャを効率よく収穫するため、わざとカボチャ畑を明け渡して繁殖させたりするっって言ってたし。もしプレイヤーも同じように食材アイテムとして使えるなら、かなり美味しいカボチャ料理ができるんじゃ?
「どうせ余りそうなんだし、明日あたり試してみようかな?」
今日はこのままマリンホースの捜索だしね、と今後の予定について考えながら、モンスター達を蹴散らしつつ海域を進む。
インベントリがいっぱいになり、ホームに戻り、アイテムを整理してからまたやって来る。そんなことを繰り返していると、未だかつてないほどにホームのアイテムボックスの中が埋まっていき、なんとも複雑な気分になる。
「地味に、これまでの私がどれだけモンスターを乱獲してのレベリングを忌避していたかがよくわかるなぁ……」
いやまあ、私の普段のプレイ時間、大半が自分のモンスター達とまったり過ごすことに費やされて、残りも最初の頃からお世話になってるNPCのクエストを受けたり、採取や採掘をすることに終始してるから、効率とか全力で投げ捨ててるんだよね。
たまにユリアちゃんやリッジ君、ネスちゃんと難易度高いクエストに挑んだりすることもあるけど、そういうのってモンスターとの戦闘は最小限にしてボスと対峙するから、アイテムなんてろくに集まらないし。
……うん、なんだか本当に、そう遠くないうちにナナちゃんに抜かれそうな気がしてきた。これからはもうちょっと気合いを入れてレベリングとかに励んだ方がいいかも。
そんなことを考えている間にも時間は過ぎ、気づけば、そろそろログアウトしなきゃいけない時間が近づいてきた。
「うーん、今日はここまでかなぁ」
マリンホースはレアモンスターだし、あまり根を詰めて探しても仕方ない。
そう結論付けて、がっくりと肩を落とすと、ライム、フララ、フローラの三体が私にすり寄り慰めてくれた。
うぅ、ありがとうねえみんな……。
「って、あれ?」
そんな感じに、渋々ながらもホームに戻ろうとした矢先、視界の端に動くものが見えた。
日が沈みかけ、茜色に輝く海面の上に、泰然と佇む一体のモンスター。
蒼の体を朱に染め、実に堂々たる態度で海水を飲み始めるその仕草は、我こそは海上の支配者と言わんばかり。
紛れもなく、今日一日求め続けたマリンホースだ。
「いた!! みんな、作戦通り行くよ! 《召喚》、ビート!!」
「――!」
「ピィ!」
「だっ!」
「ビビ!」
召喚石を砕いてビートが現れ、私の肩にライムとフララが留まり、フローラが背中に張り付く。
イカダはその場に放置したまま、ビートの足に掴まって、空へと飛び立った。
「ブルル!」
私たちに気がついたマリンホースが、一目散に逃げ始める。
けど、そうはいかない。
「ライム、麻痺投げナイフ!」
「――!」
ビートの速度で急接近しながら、ライムに吐き出して貰った麻痺投げナイフを投げつける。
《投剣》スキルの効果もあって、狙い違わずマリンホースの背中に向かって飛んでいったナイフは、しかしすんでのところで回避される。
「嘘!? 今の躱すの!?」
まるで背中に目がついているかのような挙動に、思わず声を上げる。
しかし、今の攻撃で逃げることは諦めてくれたのか、その場でぐるりと私達の方に頭を向けると、額に浮かぶ青い水晶のような器官を中心に魔法陣が浮かぶ。
「わわっ、ビート、回避!」
指示を聞いて、ビートが勢いよく向きを変えれば、私達のすぐ傍を、水の塊が通り抜けていく。
マリンホース、これだけ速く動けて水属性魔法まで使えるのか。うーん、厄介な。
「距離を取ると不利だね、ビート、一気に接近するよ!」
高速で動き回りながら、時折水の弾丸を飛ばして攻撃してくるマリンホースに対し、ビートの速度で一気に迫る。
けれど、そんな私達を見るなり、マリンホースは小刻みにステップを踏んで翻弄し、ビートの正面から外れることで一定の距離を保つように動き始めた。
直線速度では、間違いなくビートの方が速いんだけど……どうやら、マリンホースの方が小回りが利くみたい。こっちは水の魔法を回避しないといけないのもあって、上手く接近出来ない。
「それなら、こっちも魔法で応戦だよ! フララ、《ライトニングレイ》! フローラ、《ニードルショット》!」
「ピィ!」
「だー!」
飛んでくる水の弾丸を、フララの雷が次々と撃ち落とす。
そうして開いた空間に、フローラの繰り出す石の礫が飛来し、マリンホースに襲い掛かる。
「ブルル!」
左右にステップを刻み、石の礫を躱していくマリンホース。
その回避は見事だけど、余計な動きのせいで速度が鈍る。
「チャンス!」
マリンホースの隙を突き、再びビートで接近を試みる。
いくら小回りが利いても、速度が出てない状態じゃ然う然う回避は出来ないはず……!
「《リロード》! いっけー!」
麻痺投げナイフを手に持ち、ギリギリまで近づいたところでマリンホースへ投げつける。
貰った! と思ったその瞬間……マリンホースの姿が私の視界から掻き消えた。
「えぇ!?」
一体どういうこと!? と混乱している間にも景色は流れ、視界が開ける。
すると、私達が飛びぬけたその場所に、空から落ちて来たマリンホースが静かに着水する光景が目に映った。
「ま、まさか、あの一瞬でジャンプして躱したの……?」
速度も大して出ていなかったのに、ただの高跳びで消えたと錯覚するほどに素早く跳び上がれるなんて、益々厄介な。
うーん、そろそろビートの《飛翔》スキルの限界時間も近いし……仕方ない。
「みんな、次がラストチャンス、決めるよ!」
みんなの元気な返事を聞きながら、私は更なる召喚石を取り出す。
残り時間からして、次が最後のチャンスだ。ここで捕まえられなかったら、今回は諦めるしかない。
「フララ、フローラ、もう一度魔法で牽制! ビートはそのまま真っ直ぐ突き進んで! ライムは投げるから、その準備!」
ビートが加速するのに合わせ、フララとフローラの魔法が再びマリンホースへと迫る。
それを回避するために、動きの鈍ったマリンホース目掛け、ビートが再度突っ込んでいく。
「《リロード》! てや!!」
ギリギリまで近づいて、麻痺投げナイフを投げつける。先ほどと全く同じ展開に、こちらを小ばかにしたようにマリンホースが嘶くと、その場で大きく上空へと跳び上がった。
馬ってなんだっけ? と尋ねたくなるその跳躍力に呆れるやら感心するやら、微妙な心境になりながらも、私もまさか、全く同じ手段で上手く行くだなんて思っていない。
麻痺投げナイフに紛れて投げつけた召喚石に向け、私はすぐさま短杖を抜き、突きつけた。
「《召喚》! 来て、モチ! 《浮遊》!!」
召喚石が砕け、緑色のスライムが海上に姿を現すと、その場でふわりと浮き上がる。
ビートがモチの横を駆け抜けるのに合わせ、私は素早く短杖を鞭に持ち変えると、すぐさまアーツを繰り出した。
「《アンカーズバインド》!!」
《浮遊》スキルの効果で空中に縫い留められたモチに鞭が巻き付いて、高速で空を飛ぶビートに対し、強引な急制動をかける。
前へ進もうとするビートの力と、その場に留まろうとするモチの体とがせめぎ合い、行き場を無くした力は横向きに逸れていく。
「いっけーー!!」
結果、あり得ない急旋回を果たしたビートの体が、螺旋を描くように空中にいるマリンホースへとみるみる迫っていく。
流石にこれには驚いたのか、心なしかぎょっと目を見開いてこちらを見ているマリンホースに、私はニヤリと笑みを浮かべた。
「追いかけっこはおしまいだよ。さあ、大人しくうちの子になりなさい! ライム、お願い!」
《投擲》スキルを活用して、高速で動き回る空中にあっても正確に、ライムの体をマリンホースに叩きつける。
べちゃりと張り付いたライムが、《触手》スキルでその体を拘束していくのと同時に、《麻痺ポーション》《毒ポーション》《睡眠ポーション》を次々と叩きつけ、何重にも状態異常を重ね掛けていく。
「《バインドウィップ》! からの~……」
モチを縛っていたアーツを解除すると共に、すぐさまマリンホースに縛り付け直す。
ビートの足から手を離すと、空中で意識を失い、バランスを崩したその体へと、鞭を引っ張り強引に接近する。
「《テイム》!!」
マリンホースに手を付くと同時、久しぶりに使用した《調教》スキルのアーツの光が夕暮れ時の空に輝き。
『マリンホースをテイムしました』というメッセージと共に、空を飛べるフララとビート、それにモチ以外の全員で、仲良く海の中へと没するのだった。