第15話 パーティ結成と懐事情
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「よーっす、ミオ」
「遅いよお兄」
「悪い悪い」
リッジ君の決闘騒ぎから少し経って、お兄がようやく集合場所にやって来た。
遅れたと言っても10分程度だけど、一応軽口程度の文句は言っておく。
「ごめんねミオちゃん、私のお昼が遅れたせいだから、あまり怒らないであげて?」
そんなお兄の隣に立っていたのが、家のお隣に住む金沢 美鈴。もとい、β時代にお兄とずっとパーティを組んでたリン姉だ。
リアルでは頭脳明晰で家事もこなし、容姿もこれまた誰もが目を引く天使のような美貌に、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ女性らしい滑らかな体と、もう弱点を探すほうが難しいほど万能な人だけど、それはゲームのアバターになっても変わらなかった。
輝く金色の髪を腰のあたりまで伸ばし、ゆったりとしたローブに身を包んだその姿は、まさしく絵本の国から現れたお姫様みたいに綺麗だった。
昨日、私もアバターを作った時に、お姫様みたいだなーとか一瞬思ったりもしたけど、うん、ただの幻想だったね。リンさんを見た後で自分がお姫様とかとても言えないよ。
「これくらいいつものことだから大丈夫。それより、ゲームの中でまで、いつもうちのバカお兄が迷惑かけてすみません」
「おぉい!? なんで迷惑かけてる前提なんだよ! そこはせめて『お世話になってます』とかじゃないのか!?」
何やらお兄が騒いでるのはスルーして、リン姉に軽くぺこりと頭を下げる。
なんでってそりゃあ、お兄が迷惑かけないわけないからじゃん。
「いえいえ、毎日一緒に楽しませてもらってるわよ」
うふふと微笑みながら、リン姉も軽く会釈を返してくれた。
そして、そのまま私の隣にいたリッジ君のほうにも目を向ける。
「リッジ君、よね? 久しぶり。半年ぶりかな? 元気そうで良かったわ」
「はい、リンさんも、変わりないですか?」
「ええ」
ちなみに、お昼の時に確認したら、お兄もリッジ君もお互いにキャラネームは教え合ってたみたいで、私だけ聞いてない状態だったみたい。
当然、お兄にはそれについて軽くお灸は据えておいたけど。
「キラ兄も……なんというか、相変わらずみたいだね……」
「おう、全くだよ!」
そんなお兄を見て何事か察したらしいリッジ君は、その肩にポンと手を置いて慰め、お兄もヤケクソ気味に叫んでいた。
そういえば、半年前に「次会う時は彼女作って紹介してやるぜ!」みたいなこと2人で言ってた気がするし、その話かな? ……ふむ。
「リッジ君、そういえば彼女出来たの?」
「はい!? な、なんでいきなりそんな話を!?」
「いや、そういえば、前に帰る時、お兄とそんなような話をしてたなーって」
リッジ君は小柄ではあったけど、正義感が強くて優しい性格で、普段の大人しそうな見た目と剣道の試合中での勇ましさとのギャップからファンが多い。
だから、お兄と違ってその気になれば彼女の1人2人はすぐに作れそうなものだけど、まだいないみたい。
かと言って女の子に興味がないかというと、この手の話をする時ちらっと誰か好きな人がいる風な発言をすることもあるし、そんなことないはずなんだけど。
「もし出来たら紹介してね。リッジ君の彼女なら、私にとっても妹みたいなもんだし!」
「いや、うん……分かったよ、ミオ姉……」
そう言って笑うと、なぜかリッジ君はどよーんとした空気を纏って落ち込み始めた。
あれ? 今のどこに落ち込む要素があったんだろ。あ、もしかして、紹介しにくいタイプの彼女がもういるのかな? リッジ君、実は尻に敷かれるタイプだったりして? 「なんで私がそんな遠くまで出かけなきゃならないんじゃコラァ!」みたいなイケイケの彼女さんとか。……うん、これはないね。
「リッジ、お前も苦労するな」
「……うん」
今度は立場が逆転して、お兄のほうからリッジ君の肩にポンっと手を置いて慰め始めた。
うーん、本当になんだろう。なぜかリン姉まで全部分かってるみたいにくすくす笑ってるし……むむむ、分からない。
「さて、それじゃあそろそろ、パーティを組んで今日の方針を決めましょうか」
そんなことをしていると、リン姉が軽く手を叩いてみんなの意識を集めつつ、率先してリーダー役を買って出てくれた。
リアルでもリン姉は生徒会に入ってるし、そういう立場に慣れてるのは私達みんな知ってるから、特に反対意見もなくリン姉のパーティに加入し、ついでにフレンド登録も交わしておく。
「……わお」
そしてパーティを組めば、メンバー全員のHP、MPと、現在のレベルも表示されるんだけど、そのレベルが凄かった。
お兄が17レベル、リン姉が16レベル、そしてリッジ君も12レベル。一桁なのは私と、ついでにライムだけだ。
ちなみに、今の私のステータスはこんな感じ。
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv6
HP:90/90
MP:75/75
ATK:47
DEF:66
AGI:68
INT:44
MIND:65
DEX:90
SP:2
スキル:《調教Lv5》《使役Lv4》《調合Lv8》《鞭Lv5》《採取Lv8》
控えスキル:《隠蔽Lv7》《感知Lv4》《敏捷強化Lv5》
名前:ライム
種族:ミニスライム Lv7
HP:48/48
MP:50/50
ATK:26
DEF:43
AGI:15
INT:27
MIND:18
DEX:25
スキル:《酸液Lv10》《収納Lv4》《悪食Lv6》
うん。
私のスキル、《調教》と《使役》は全然上がってないのに、《調合》と《採取》は随分上がったなぁ。これじゃあテイマーというより生産職だよね……あはは……
それに、少し前からライムにレベルが抜かされてたのは知ってるけど、《酸液》のレベル上昇が凄い。
まあ、私が調合してる間、ずっと使ってるから分からなくもないんだけど、これだけレベル2桁だよ。お陰で、《酸性ポーション》の生産スピードが上がってるんだからいいことなんだけどね。
「おお、ミオお前、思ったよりレベル上がってるな」
「お兄、どんだけ私とライムのこと低く見てるの?」
そんな風に、自分のステータスと周りとの差に軽く落胆してる時に、割と本気の口調でそんなことを言われて、軽くカチンと来た私はジトーっとお兄を睨みつける。
それに気づいて、お兄もまた慌てて釈明し始めた。
「いやいや、だってミニスライムだぞミニスライム。プレイヤー本人の強さで言うなら、まだMPとINTの値からして魔法使いビルドの薬剤師のほうが強いくらいなのに、唯一の長所であるはずの《使役》スキルを実質投げ捨ててこれなんだから、十分凄いって」
「ライムだってちゃんと戦えるんだから、バカにしないでよね! 全く」
腹いせにガンッ! とお兄の脛を蹴っ飛ばしたら、金属鎧だったせいで私の足のほうが痛くなった。
うぐぐ……
「だ、大丈夫? ミオ姉」
「だ、大丈夫……」
リッジ君が心配そうに声をかけてくれたのに加えて、肩に乗ったライムもまた心配そうに私の頬にすりすりして慰めてくれた。
うん、ありがとうライム、そうしてくれるだけで私は癒されるよ。
「と、ともかく、見てなよお兄、今回のボス戦で、ライムだって凄いんだってこと教えてあげるんだから!」
「ははは、期待してるよ」
全く期待してなさそうな声で言うお兄の態度に再びむっとしていると、またもそのやり取りを可笑しそうに笑っているリン姉にまぁまぁと宥められた。
「それじゃあ、特に何かしたいことがないなら、早速向かいましょうか。このメンバーでやるのは初めてだから、途中もなるべく戦闘して慣れていきましょ」
「それなら、クエストもついでに受けといたほうがいいだろ、小銭とちょっとした経験値稼ぎにもなるし」
「クエスト?」
このゲームで初めて聞く単語に首を傾げると、お兄はもちろんリッジ君にまで目を真ん丸にして驚かれた。
あれ、知らないの私だけ?
「クエストはクエストだよ、ハウンドウルフを5体討伐しろとか、なんかのアイテムを納品しろとか、そんなの」
「それは分かるけど、このゲームにもあったんだ?」
「ミオ姉、知らなかったの?」
「う、うん」
確かにこのゲーム、モンスター倒してもお金がちょびっとしかドロップしないし、素材売っても端金にしかならないし、どうやって稼いだらいいか疑問だったんだよね。
そっかぁ、クエストかぁ……そうだよね、RPGならあるよね、クエスト。うん、なんで気づかなかったんだろう私。
「それなら、ミオちゃんに説明がてら、簡単なのから受けてみましょうか? 《東の平原》のクエストなら、そう難しいものじゃないしね」
そう言って、リン姉は私を伴い、中央広場から《東の平原》へ向かう出入り口に通じる道の横にある、掲示板みたいなところに向かった。
そこを覗いてみれば、確かに『グリーンスライム10体の討伐』だとか、『薬草10個の納品』とか、そう言ったことが書かれた紙が所狭しと貼ってあった。
「これがクエストボードよ。こうやって、貼ってある紙をタップすればクエスト受注の確認ダイアログが出るから、Yesを押せば受けられるわ。一度に受注できるのは5つまでね」
そう言って、リン姉が実際に『ゴブリン10匹の討伐』というクエストを受注して見せてくれる。
パーティリーダーが受けたクエストはメンバー全員に共有されるのか、私にもクエスト内容を記したメッセージが届いた。
「こんな感じ。分かった?」
「う、うん」
小学校の時以来久しく聞いてなかった、優しく諭すような声を聞いて、なんとなく恥ずかしさから目を逸らすと、ふふふっとまたリン姉は小さく微笑んだ。
ぐ、ぐぬぬ……これが大人の女性の余裕ってやつか!
「それじゃあ、行きましょうか」
そんな私の悔しさを気付いてか気付かないでか、リン姉に連れられて2人のところに戻り、ひとまず何をツボったのか笑い転げているお兄に得意のグーパンを叩き込む。
「ぐほぉ!? お、お前、昨日と言い今日と言い、そんなこと街中で他人にして、通報でもされたら一発BANだからな!?」
「大丈夫だよ、お兄にしかしないから」
「お、おう……」
そんなバカなやり取りを交わしつつ、私達は一路《東の平原》に向かう。
相変わらず、マンムーがのそのそと歩いてる長閑なそこは、今回ボスとの戦いのためにやってきた私達は元より、ほとんどのプレイヤーにとって大して意味のない場所だ。
けど、私個人としてなら、何気にこのゲームやってて一番長く居た場所だし、ちょっとした用事だってある。
「ん? どうしたミオ?」
「ちょっと待っててー」
みんなから離れた私は、お兄に一言断りを入れながら1体のマンムーのところへ向かう。
フィールドに出てくるモンスターは、見た目こそゲームなだけあってほとんど一緒なんだけど、よくよく見ればなんとなくみんな違うのが分かる。
そんなわけで、私が近づいたこの子は、昨日、この平原に来て最初に抱き着いたマンムーだ。多分、間違いないと思う。
「昨日はごめんねー、はい、これお詫びにあげる!」
そう言って、《ハニーポーション》を一つ差し出すと、マンムーは少しだけじーっと私の方を見た後、長い鼻で器用にそれを持ち上げ、口の中に入れた。
……ライムと言い、もしかしてモンスターってみんな瓶ごと食べるのが好きなのかな?
そんな風に考えてたら、マンムーはそのままふいっとそっぽを向いて、のっしのっしと歩き去って行った。
うん、取り敢えず、受け取って貰えたってことは手打ちくらいにはして貰えたかな? このまま仲良くなれるかは分からないけど。
「ミオちゃん、行っちゃったけど、いいの?」
「へ? ああ」
なんてことを色々考えつつマンムーを見送っていたら、様子を見ていたリン姉が話しかけてきた。
どうも、今の私の行動を見て、マンムーをテイムしたがってると思ったみたい。
「いいの、あれは昨日ご飯食べてるところ邪魔しちゃったお詫びだから。それに、まだ《調教》スキルのレベルが低くて、2体目のモンスターはテイム出来ないし」
そう言って笑うと、リン姉は目をぱちくりとさせて静かに驚きを露わにした。
こんな風に驚いてる顔見るの、久しぶりだなー。
「昨日って、もしかしてミオちゃん、同じモンスター同士の違いが分かるの?」
「うん、よく見れば分かるよ? ほら、リアルで同じ動物を見分けるようなものだよ」
具体的にどこが違うかって聞かれると中々困るんだけどね。なんていうかこう、雰囲気? 見た目とか仕草とか、そういうの見てるとなんとなく分かってくるんだけど、それを私以外の誰かに言って分かってくれたことは一度もないんだよね。
「いや、お前がリアルでそういうの見分けられるのは知ってるけどさ、ゲームでもそんな微妙な違いがちゃんとあるもんか? ていうか、AIって個別に入ってんの?」
「さあ? そういうのはお兄の専門でしょ」
でも、よく考えたら、あのマンムーだって今の状態だとただノンアクティブモンスターっていうだけで、プレイヤーに襲われると狩られちゃうんだよね。
……うーん、とはいえ、ライムを手放すわけにも行かないし、ここ一応不人気フィールドだし、運良く襲われずに生き残ってくれることを祈っておくしかないかなぁ。もし、《調教》スキルが10レベル超えて、まだテイムされてないようだったら、私が飼おうかな?
「モンスターの違いは私にも分からないけど、さっきミオちゃんが上げてたのって《ハニーポーション》でしょう? 今はまだ手に入らない《HPポーション》に次ぐ回復量な上に、モンスターの多くが好物だからテイムに便利ってことで、かなり高く売られてるはずよ? そんなにあっさり上げちゃってよかったの?」
「そうなの? でもあれ、普通に《調合》スキルで作れたよ?」
ただの《薬草》と《ハチミツ》だし、《西の森》に行けばすぐ集まるから、それこそ誰でも作れそうなのに。
「そういえばお前、そのスキル取ったんだったな……しかし、昨日の今日でよくそのレシピ見つけたなぁ」
「偶々ね。でも高いって、これそんなに珍しいの?」
「珍しいっていうか、プレイヤーが調合しないと手に入らないアイテムだからな。βテストではそれなりに出回ってたけど、今はその頃のプレイヤー達も自分のレベル上げに手一杯な奴が多くて、需要に供給が追い付いてないって感じか? まあ、もう2、3日すれば収まると思うけど」
「へ~」
「だから、売るなら今のうちだぞ。ああ、NPCショップには売っても大した額にはならないから、やるなら露店でも開いてプレイヤーに売ることになるだろうけど」
リン姉の言葉を引き継ぐような形で、お兄が色々教えてくれた。
うーん、売るって言ってもなぁ……
「別にいいよ、これ今のところライムの一番の好物だもん、それに、別に生産職になりたいわけじゃないしね」
アイテムトレードだと、呼び込みみたいにプレイヤーに逐一声かけて欲しい人を探さなきゃならないし、お店開くなら開店資金がいるしで、とてもじゃないけど手が出せない。
私はあくまで、ライムやまだ見ぬモンスター達と、この世界をのんびりその日暮らし出来ればそれでいいし、あまりそっちに興味はないなぁ。
「そっかぁ、まあ、高いって言っても1個1000G程度だしな、人によっては討伐クエストこなしたほうが儲かるだろ」
「せ、1000G!?」
高っ!! 初心者用HPポーションの33倍ちょっと!? 嘘、そんなにするの!?
「ミオお前、1000Gでその反応って……今いくら持ってるんだ?」
「さ、300Gちょっとだけど……」
私がそう言った瞬間、奇妙な沈黙が流れた。
そして、お兄はおもむろにぽんぽんっと私の肩を叩き、とても温かい目を向けてきた。
「頑張れミオ……そのうちきっといいことあるさ……」
「なんで私そんなに憐れまれてるの!?」
「ミオちゃん、ボス倒したら、コスタリカ村でご飯にしましょうか。あそこの宿屋で食べられる料理はリアルのレストランに負けないくらい美味しいわよ。お代なら私が出すから」
「えっ、リン姉まで!?」
「ミオ姉、僕、5000Gくらい貸してあげようか……?」
「リッジ君も!? ていうかちょっと待って、5000Gってそんなにポンっと出せる額なの!?」
お兄だけかと思いきや、味方だと思ってた2人にまで温かい目を向けられて、さっきレベルの差を見せつけられた時以上に落ち込んだ。
そんな私を、ライムだけはそのぷるぷるボディですりすりして慰めてくれた。
「うぅ、私の味方はライムだけだよ。ぐすんぐすん」
「わざとらしい泣き真似してないで、さっさと行くぞ。今日はゴブリンとか色々狩らないとならないんだからな」
「はいはい、分かってるって」
泣き真似をやめて、ライムを抱き直しつつ歩き出す。
ぶっちゃけ、この経済格差は悲しいと言えば悲しいけど、遊ぶのに苦労が無ければなんでもいい。別に、今はお金が無くてそんなに困ってるわけじゃないし。
うん、だからライム、売ったりなんてしないから、そんな縋るような目で見ないで。ほら、ちゃんと《ハニーポーション》あげるから!