第149話 海上戦闘とマリンホース
アクアブリーゼに戻った私は、早速イカダに乗り込み、フウちゃんから教わったポイントに向かった。
海に限らず、エリアマップは緯度と経度で座標を表示するから、数字だけ聞いてもよく分からないのが難点だ。
「えーっと、海エリアの南東、S125、E30の辺りだから……もうすぐかな?」
マップから座標検索をかけ、その上にマーカーを打ち込むと、その方向までイカダが勝手に自動操縦で向かってくれる。
イカダの動力は小さな帆、の筈なんだけど……多少速度に違いが出るとはいえ、向かい風だろうとお構いなしに突き進んでいく様は違和感しかない。
いやまあ、一応帆船も、風向きに逆らって進む方法があるとは聞いたことがあるけど、それにしたって真っ向から逆らって進むような技術じゃないはずだよね? 詳しくは知らないんだけどさ。
ゲームの中で、そんな疑問は野暮ってものなんだろうけど。
「って、うわわ!?」
どんぶらこっこと波に揺られ……ることもないけど、海を進んでいる最中。
不意に海面が揺らいだかと思えば、カジキマグロのような鋭い角を持つモンスター、スラストフィッシュが飛び出してきた。
それはなんとか躱したものの、《感知》スキルが次々と増えるモンスターの姿を捉える。
うーん、これはちょっと辛い。
「ライム、フララ、フローラ、行くよ! 《召喚》、ビート!」
集まってきたモンスターが、水面に暗い影を浮かび上がらせる。
それに備えて使役モンスター達を並べ、更にはビートも召喚した。
鞭を抜いて準備を整え、さあいつでも来い! と気合を入れたところで、ついに海面を突き破り、後続のスラストフィッシュが飛び出してきた!
「ライム、ガード! フローラ、《アースロック》!」
私に向け、その鋭い角を向けて飛んでくるスラストフィッシュの体当たりを、ライムの触手が防ぐ。
空中で突進の勢いを受け止められ、そのまま落下するスラストフィッシュが、イカダから飛び出した土の魔法に絡め取られ、完全に動きを封じられる。
……どうでもいいけど、フローラの魔法、イカダから飛び出してるけど、それって土を生成してから生やしてるの? 地面を操ってるんじゃなく?
そんなどうでもいい疑問が湧き上がるけど、飛び出してきたスラストフィッシュは一体じゃないから、思考とは別に体はちゃんと動かす。
「《バインドウィップ》! フララ、《サンダーストーム》!」
フローラが捕らえた個体の奥から迫るもう一体を、鞭で縛り上げて攻撃を封じ込める。
奥から更に1体、続けて飛び出してきたけれど、先に拘束していた2体諸共フララの魔法で吹き飛ばされ、仕留められる。
フララの魔法が海上を薙ぎ払ったものの、敵はまだ3体ほどいる。
「ビート、《激突》!」
飛び出してきた1体を、ビートの体当たりが迎え撃つ。
ツノとツノがぶつかり合い、火花を散らしながら、やがて押し勝ったビートがスラストフィッシュの体を貫き、ポリゴン片へと変え爆散させる。
更に残り2体、突っ込んで来た攻撃を、片方はなんとか自力で回避し、もう片方はライムに防いで貰う。
「ライム、そのまま取り付いて《麻痺ポーション》! フララは次の攻撃に備えて!」
攻撃を防がれ、失速した個体にライムが纏わりつき、特製の《麻痺ポーション》で動きを封じる。
最後の1体は何にも阻まれることなく再び海中に潜ったけど、このモンスターの攻撃手段は突撃一つしかないから、数の減った今、対処は容易だ。
「フララ、《ライトニングレイ》! ビートは麻痺してる個体にトドメお願い!」
海中で勢いをつけ、再度突撃してきたスラストフィッシュの体を、フララの魔法が焼き貫く。
そして、麻痺状態でイカダの上に転がっていた1体も、ビートがその鋭い尾で一突きし、キッチリとトドメを刺した。
「……うん、これで終わりだね。みんな、お疲れ様」
「――!」
「ピィ!」
「だー!」
「ビビビ」
《感知》スキルで残敵がいないことを確認すると、頑張ってくれたみんなをそれぞれ労う。
さっき航行していた海域と違って、普通にモンスターに襲われる海域なのは知ってたけど、それにしても遭遇率がかなり高い。
その分お化けカボチャの出現率も高いからか、さっきからちょくちょく他のプレイヤーとも遭遇するし、この中で落ち着いて釣りをするのは相当に難しそうだ。
ライム、フララ、フローラに加えて、ビートの力も借りれば戦闘自体には問題はないし、フウちゃんの言う通り、もう1体仲間になるモンスターがいれば、何とかなりそうな気はするけど。
「さて、それはそれとして、目的の子はどこかなー?」
釣りもいいけれど、今回この海域にやって来たのは、海の上を移動できる、新しいモンスターをテイムするためだ。
目標の海域に辿り着き、辺りをウロウロと航行しながらその姿を探してみるんだけど……。
「うーん、いないなぁ……」
関係ないモンスターはいても、中々目的のモンスターは見当たらない。
私が今回狙っているモンスターの名前は、マリンホース。
馬の体に、ところどころ魚の特徴を持つモンスターで、シーホースを馬寄りにしたような見た目なんだけど、陸はもちろん海の上さえも自由に走り回ることが出来るらしい。
当然、ベースが馬なだけに騎乗可能。調べたところイカダの牽引も出来るようで、今回の目的を考えれば、一番適したモンスターだと思う。あと、スクリーンショットを見るに、愛嬌も十分。
そんなモンスターではあるんだけど、一つだけ問題があるとすれば、それはこのモンスターの出現率が恐ろしく低く、かなりのレアモンスターだということだ。
騎乗モンスターとしても優秀な上、マリンホースを倒すとプレイヤーでも水上を走ることが可能になる装備が作れる素材が取れるとかで、数少ない出没個体も瞬く間に仕留められ、その希少さに拍車をかける始末。
私みたいな木っ端プレイヤーがそれをテイムしたいと思うのなら、イベントで多くのプレイヤーの興味がお化けカボチャに向いている今を措いて他にはない。
そういう意味でも、今回は非常にタイミングがいいんだけど、だからってそう都合良く見つかるわけでもない。
時々《感知》スキルに反応があっても、それは海中から飛び出してくる魚系モンスターだったり、あるいは空から奇襲してくるお化けカボチャだったり。
《霊魂カボチャ》は溜まるし、魚系のモンスターは倒すと魚介類の食材アイテムが手に入るから、ある意味最初の目的は達成してるんだけど、一度新しいモンスターのテイムを夢見てここまで来た以上、ちゃんと出会うまでは諦めきれない。
「う~、本当にいない」
しばらく海域を回り続けたものの、どうしても見つからない。
いい加減、インベントリもいっぱいになってきたし……うーん。
「――――」
「うん? どうしたのライム、お腹空いた?」
ぽよぽよと、何事かをアピールし始めたライムにそう尋ねるも、どうやら違ったらしい。ぷるぷると、否定の返事が返ってくる。
じゃあ一体何かと思えば、触手を使って私の後ろを指差してる。
それに釣られて振り向けば……。
「ブルルルル」
「…………」
海のように青い馬の体。
ところどころに魚のような鱗があり、足首にはヒレのような物が付いてる。
ただ、馬の足首ってかなり高い位置にあるから、ぶっちゃけ海面には全く着いてないし、意味のある部位なのかさっぱり分からない。
マリンホース。さっきから探し続けて全く見つからなかったのが、まさか《感知》スキルにも反応しないまま、こんな間近にいるとは全く思わず、見つめ合ったまま硬直してしまう。
「ブルルッ」
そうしているうちに、マリンホースは私達に興味を失ったかのように踵を返し、水平線の彼方へと駆けだしていく。
「あっ、逃げた!!」
慌てて立ち上がった私は、イカダの前に設置された舵代わりの棒を掴む。
これを前に倒すと加速、後ろに倒せば減速、左右に倒せばそれに合わせて曲がるっていう単純明快な操船だけど、その分操りやすい。
限界まで前に倒して加速させ、マリンホースを追いかける。
ただ、それでも全く追いつけない。
「いくらなんでも速すぎない!?」
みるみるうちに引き離され、既にマリンホースは遥か彼方。
元々、イカダを牽引して船足が上がるって言ってたんだから、イカダより速いのも当たり前ではあるんだけど、それにしたって速すぎる。
滅多に見つからない上に、こうも速くて仕留めにくいともなれば、マリンホースがレアモンスターとして色んなプレイヤーから狙われるっていうのも分かる。
「うーん、これはちゃんと作戦立てないとダメかも」
ただ倒すだけなら、流石にビートほど速いわけじゃないから何とかなると思うけど、テイムするなら逃げ回られちゃどうしようもない。
ここは一度戻って、マリンホースについて調べ直す必要がありそうだ。
「仕方ない、みんな、一旦帰ろうか」
今日のところは、マリンホースの姿を一目見れただけでよしとしよう。
そう考えることにした私は、ライム達にそう告げると、速度を落として港へと舵を切った。