第146話 港町と金遣い
頬を撫でる潮風。鼻腔をくすぐる磯の香り。青を基調とした綺麗な街並みの中には筋骨隆々の海の男が多く見られ、時折、ツバの広い羽付き帽子を被り、片手にはフック、腰にはカットラスを差した、見るからに海賊といった風情の人達もいる。
そんなガラの悪い男達に合わせてか、客引きをする魚屋の女将さんの声も凄く大きくて、グライセとはまた違う意味で賑やかな印象を受けた。
港町、《アクアブリーゼ》。ジャイアントシザーフロッグを倒した私達は、MWO内で唯一海に面したこの街へとやって来た。
「ここがアクアブリーゼかぁ。なんていうか、グライセよりプレイヤーが多い?」
そんな街を見渡して、私は開口一番そう感想を漏らす。
ガラの悪い男達……もといNPCに混じって、完全武装の冒険者ことプレイヤーが歩いている光景は、他の町に比べても違和感がないから見落としそうになるけれど、よくよく見ればちゃんと頭上のアイコンで見分けが付く。
イベント中で普段より人が多くなってるのもあるんだろうけど、それにしたってコスタリカ村を見慣れてる私にとしては、うっかり人酔いしちゃうんじゃないかってくらいの光景だ。
まあ、リアルじゃそこそこの都会暮らしだし、本当に酔ったりすることはないんだけども。
「ここはまだ、船に乗ると出られる海エリアが攻略されきっていないから、普段からプレイヤーはよく来るわね。イベント中の今は、お化けカボチャを乱獲するのに他のプレイヤーとブッキングしないように、広いエリアを求めて来る人が多いんでしょうね」
「へ~」
確かに、前回のイベントでも最初のうちは、プレイヤーがたくさん詰めかけて飽和状態だった。
それを回避するために、元々広くて気ままにフィールドワークが出来るこの場所に集まってるのか。
リン姉の説明に納得しつつ、まずは転移ポータルの下へと向かい、登録を行う。
まだしていなかったのは私とナナちゃん、それにフウちゃんの3人だったらしい。ナナちゃんは当たり前だけど、フウちゃんもまだだったんだ。
その辺り聞いてみると、「特に用事もなかったですから~」とのこと。夏イベントで散々言ってた、海でのんびりするのはいいのかと思ったら、船を自力で作るのが面倒だったんだって。私が行くつもりになったら、自分でも行くつもりだったと。えー……。
「まあまあ、そんなことはいいじゃないですか~、それより、ナナリーさんは初めてのフィールドボスだったんですよね~? どうでしたか~?」
あからさまに話題を逸らされたけど、言われてみれば確かに、ナナちゃんはMWOに来てからこの方、レベリングこそしてたものの、フィールドボスとは戦ったことはなかった。
まあ、私1人でサポートするには限界もあるし、ボスって基本的に強くて倒すのに時間がかかる割に、経験値がそこまで多くないから、レベリングのために戦う相手じゃないんだけどね。
その分、ドロップするアイテムとかゴールドとか、行けるようになる新しい街とか、何かと実入りも多いけど。
「うーん、今回は《投擲》スキルを使った援護ばっかやったし、それにしたってミオから貰った《麻痺投げナイフ》投げとっただけやからなぁ、スキルのレベルもめっちゃ上がったしええんやけど、やっぱり次こそはちゃんと活躍したいで!」
ぐっ、と握りこぶしを作って気合を入れるナナちゃんを見てると、前にみんなでヒュージスライムを倒した時のこと思い出すなぁ。
あの時の私も、基本的にサポートに終始してあんまり活躍出来なかったから、今度こそは! って気合入れたんだよね。懐かしい。
「……なんやろう、ミオからそないな温かい目で見られるとむず痒いな」
「それどういう意味?」
「いつもは大体ミオがなんかやらかして、それをウチらが温かい目で見とるからやで」
「ひどっ!? 人をそんなダメ人間みたいに言わないでくれる!?」
そりゃあ、私だって失敗することは多いけどさ、でもそんなにいつもやらかしてるわけじゃ……。
「確かに、先輩は変なところで変な行動に出ますからね~」
「見てて心配」
「ちょっ、ユリアちゃんまで!?」
まさかの裏切りに、開いた口が塞がらない。
うぅ、ユリアちゃんがやたらと私に付いて来てたのって、もしかしてそれが理由? 私、どんだけ危なっかしい子に見えてたの……。
「大丈夫よ、ミオちゃんもちゃんと成長してるから、これから気を付ければいいのよ。ね?」
「ありがとうリン姉。でもそれってさりげなく、私が残念なのはその通りだって言ってない?」
「…………」
「なんで目を逸らすのリン姉ー!」
確かに私、ライム達に際限なくご飯あげたり、本当ならあげなくても問題ない召喚モンスターにまでご飯あげたり、クエストは儲けとかあまり気にせずコスタリカ村で受けられる物しかやってなかったり、その癖最近はモンスター用の装備にまで凝り出したから万年金欠だけど、別に私に浪費癖があるわけじゃないから! ちゃんとリアルじゃ財布の紐もキツイよ!
「う~、分かった、こうなったら私、イベント中に絶対お金持ちになってみせるから! ライム達のご飯代なんて端金だって言えるくらいに!」
《霊魂カボチャ》で交換できるアイテムは、《スキルポイントの書》や各種衣装の他にも、単なるゴールドだってある。
変換レートは《霊魂カボチャ》1つにつき1000Gだったはずだし、上手くすればガッポリ儲けられるはず!
「ないですね~」
「ないなぁ」
「ないと思う……」
「ごめんね、私もそれはないと思うわ」
「みんなしてひどい!」
新たな決意を即行で切り捨てられて、がっくりと膝を突く。
私がお金稼ぐのってそんなにあり得ないことだと思われてるの!? と思ったら、どうやらみんなの意見はそれとは違うらしい。
「先輩の場合、稼いだら稼いだだけモンスター達に貢いで、最終的に何も残らないと思うので~」
「ウチらに『こんだけ稼いだのすごいでしょ! どやぁ!』なんてやったかと思ったら、一週間後には無一文になってたりとかなー」
「凄くありそう」
「うぅぅ! そ、そんなことないし!!」
まだ会ってそんなに経ってないはずのナナちゃんが違和感なく会話に溶け込み、ユリアちゃんやフウちゃんと一緒にあり得そうな未来を語り出す。
これまでも似たようなことやってるから、私自身同じ結末が想像できるのが悲しい。
「と、とにかく! そろそろお兄達も戻って来るだろうし、早くギルドに戻って、手に入った食材アイテムで新作料理を考えようよ!」
私達がこうしてアクアブリーゼに来る間に、お兄達も各地のミニゲームを回って、《霊魂カボチャ》を集めているはず。
元々、料理コンテストに向けてリン姉と料理するために別行動を取ってたわけだし、何よりお兄達と、戻ったら食べさせてくれって約束した。
この街のミニゲームも気になるところではあるけど、それこそ実際に回ってきたお兄達に聞いてみればいい。
「それもそうね。ただ……せっかく来たんだから、ちょっと寄り道して、魚系の食材アイテムでも買っていかない? 野菜なんかもそうだけど、あの辺りも実際に釣りをするか、この街で買わないと手に入らないから、流石にギルドでも在庫が少なくて」
「あ、それはいいかも」
言われてみれば確かに、これまで海鮮料理を作ったのは、夏イベントの時だけで、最近はほぼ畑で採れる野菜や果物、それにモンスターの肉がメイン食材だ。
レパートリーを増やして、ライム達の新たな好物を発掘する意味でも、魚料理に手を出すのはいいかもしれない。
何より、今の今まで存在自体忘れかけてた《釣り》スキルがようやく活かせるし。
「それじゃあ決まりね。みんなはどんな魚が好き?」
私が頷いたことで方針が決まり、アクアブリーゼの街中に歩を進めながら、リン姉がみんなに問いかける。
明らかに、何を作るかの参考にしたいのであろうその問いかけに、みんなは少しだけ考える様子を見せると……。
「……脂身の少ないやつで」
「骨を取ったり、殻を剥いたりする手間のかからないやつでお願いします~」
「ウチはー、ウチはー、んー……なんか高そうなヤツがいいと思うで!」
「みんな、希望内容がざっくりし過ぎじゃない!?」
ユリアちゃん、フウちゃん、ナナちゃんの順で語られた希望内容に、思わずツッコミを入れる。
誰一人として魚の名称を言わないのはどうなの?
「それじゃあミオは何がええんや?」
「えっ、私? 私はうーん……お、お腹いっぱい食べれそうな……」
「先輩も似たようなものじゃないですか~、しかもそれ、自分じゃなくてモンスター達の好みですよね~?」
「うぐっ」
鋭い指摘に、思わず呻く。
いやだって、正直好き嫌いとかないし、ライム達が喜んでくれる料理をって考えてたから、どうしても思考がそっちに流れちゃうんだもん!
そんな私の内心を察したのかどうか、リン姉はくすくすと、微笑ましそうに笑みを零す。
「じゃあ、まずはお刺身にでもしましょうか。トロみたいなのじゃない限り脂身は少ないし、高級感もあって、骨も殻もないわよ」
お腹に溜まるかどうかは、量と相談ね。などと、見事に私達の要望を取り入れてメニューを決めたリン姉は、改めて市場でNPCショップを回り、値段を確認していく。
なんでもこの街の魚系の食材アイテムは、時間帯や日によって値段や品質に変動があるらしく、美味しい物を作りたいなら一通り見て回る必要があるらしい。
その辺り、コスタリカ村で売ってる野菜も同じだったりするけど、逆にグライセのNPCショップは特に相場の変動みたいなのはなかったりする。
これが田舎と都会の差か。悲しいような、楽しいような。
そんなとりとめのないことを考えながらも、一通りお店を回り、愛想よくNPCの店員さんと会話を交わしながら食材アイテムを買い揃えた私達は、再び料理に励むため、転移ポータルからギルドのあるグライセへと戻るのだった。