第144話 巨大カエルと浮遊スキル
これまでのボスとはまた一味違う、ゆっくりとした動作。
いつもなら警戒心をかき立てられるところだけど、リン姉から事前に気を付けるべき動作は教えられてるから、みんな臆することなく動き始める。
リン姉はその場で短杖を構え、フウちゃんはナナちゃんと一緒にグーたんに乗り込んで空へ。そして、ユリアちゃんと私は、ぐるっと回り込むように駆け出していく。
「《召喚》、クレイゴーレム! 《ガードフォーメーション》!」
まず最初に動いたのは、リン姉だった。
巨大な盾を持ったクレイゴーレムが2体同時に呼び出され、ジャイアントシザーフロッグへと向かっていく。
今回の作戦では、まずはリン姉の呼び出したモンスターが盾役を務めることになってるから、まずはここが肝心だ。クレイゴーレム達が仕掛けるまで、うっかり近づいて狙われたら元も子もない。
ゆっくりと大地を踏みしめ、近づいていくクレイゴーレム達。
見た目は《北の山脈》で最初の方に出るそれとあまり変わらないし、いくらDEFが高いとは言ってもボス相手には本来壁役は厳しいんだけど、リン姉のモンスターが野生そのままの強さなわけがない。
「ゲコゲコッ」
小さく鳴き声を上げたジャイアントシザーフロッグが、クレイゴーレム達目掛け飛び掛かる。
巨大な蟹の鋏となった片腕を振るい、より近い方のクレイゴーレムへと叩きつけた。
ズガァン!! と、重量物同士がぶつかり合う激しい音を響かせて、クレイゴーレムのHPが大きく削られる。
盾で防いでるのに思った以上にダメージを受けていて、大丈夫かと少し不安になるけど、よく見れば、ダメージを受けているのはクレイゴーレムだけじゃなかった。
「ボスの方もちゃんと一緒にダメージを受けてる……クロルみたいにあからさまな針とかなくても、ちゃんと効果あるんだね、《反撃》スキル」
クロルの持っているのと同じ《反撃》スキルは、物理属性の攻撃を受ければ、その一部を相手に反射することが出来る効果がある。
クレイゴーレムはどうしても挙動が遅いから、いくら頑丈でもボスを相手に気を引き続けるのは本来難しいんだけど、《反撃》スキルがあるなら話は変わってくる。
攻撃されればされるだけ相手にダメージを与えるあのスキルは、盾役としては理想に近い。あとは、クレイゴーレムが倒されるか、魔法攻撃を受け続けるようなことがなければ、ずっと気を引いてくれるはずだ。
問題は、召喚モンスターが倒されたり、《送還》で戻した時に溜め込んでいたヘイトは、召喚術師当人が全部引き受けることになるから、リン姉のリスクがかなり高いってことだけど……まあ、その辺りは、リン姉なら心配しなくても大丈夫だろう。「ダメそうだったらその時に言うから」とも言われてるし。
「とりあえず、攻撃チャンスってことだよね、行くよ、ユリアちゃん、フウちゃん、ナナちゃん!」
「ん」
「あいあいさ~」
「任せとき!」
クレイゴーレムがジャイアントシザーフロッグにタコ殴りにされ、その端からリン姉の《サモンヒール》でHPを回復させている間、他のみんなは遊撃役だ。
凄まじくざっくりした役割分担に、お兄辺りが聞いたら苦笑しそうだけど、今回は私もライムがいなくてサポート役にはなれないから、盾役をリン姉が請け負った以上、あとはみんな攻撃役だ。
それぞれの得物も全く違うし、本来後衛なはずのフウちゃんでさえ、今回はグーたんの力で比較的安全なところから攻撃できるから、大雑把な方針さえ定めた後は、基本的には自由攻撃ということになったんだよね。
「それじゃあ行きますよ~、《弓技・遠縫い》」
《弓》スキルにある、矢の射程を伸ばす単発アーツ。
それが、グーたんに乗ったまま空へと飛んだフウちゃんより放たれ、ジャイアントシザーフロッグへ向かって真っ直ぐに飛んでいくんだけど……残念ながら、それは強固な甲殻に阻まれ、大したダメージにはなってなかった。
「おお~、硬いですね~、ナナリーさん、やっぱり狙う時は甲殻に覆われていない、頭か前足を狙うといいですよ~。動きが激しいですからよく狙ってくださいね~」
「了解やでー」
フウちゃんのアドバイスを受けて、ナナちゃんが手にしたナイフ……私がこのボス戦を念頭に置いて渡しておいた、《麻痺投げナイフ》を投げつける。
そこらへんの雑魚モンスターならともかく、ボス相手にただの投げナイフじゃほとんどダメージは通らないから、こういったアイテムでサポートして貰うのが一番だ。
そうして飛んでいったナイフは、前足の付け根に見事命中し、僅かではあるけど、ちゃんとダメージを通していた。
あとは、これを繰り返せば、そう遠くないうちに麻痺状態に出来るはずだ。
「《ダークネスクロウ》」
続けて、ジャイアントシザーフロッグの懐に飛び込んだユリアちゃんが鎌を一閃。それに付随して現れた三条の黒い爪痕が、柔らかそうなカエルに似た前足を切り裂いていく。
その前足だけでも凄く大きいし、今その瞬間もリン姉のクレイゴーレム達と殴り合っている最中だ。フウちゃん達は遠距離攻撃だからともかく、近接攻撃しかないユリアちゃんが仕掛けるのは、サイズ差もあって凄く危なそうに見えるんだけど……そんな私の心配を笑い飛ばすかのように、ユリアちゃんは軽やかにステップを踏みながら、ボスの攻撃範囲から上手く離脱してる。
いくら直接狙われていないとはいえ、やっぱり流石の反射神経だ。AGIに三重バフをかけてもなお、オークナイトの攻撃を見切れなかった自分を顧みると、少しばかり悲しくなってくる。
まあ、ジャイアントシザーフロッグよりも、オークナイトの方が攻撃範囲も速度も上だったから、その差もあると思うけどね!
そんな負け惜しみを心の中で呟きながら、私はユリアちゃん以上に大回りをして、ようやくジャイアントシザーフロッグの背後に辿り着いた。
このボスの背中は、全面が蟹の甲殻で覆われていて、ほとんどの攻撃は防がれる。
でも、その分無防備だから楽に攻撃できるし、甲殻さえ破壊できれば、その先にあるカエルの柔らかな背中は全面が弱点部位で、一気に勝負を付けられるらしい。
だから、今回の私の役目は、この邪魔な甲殻の部位破壊だ。
「《召喚》! バク、モチ!」
呼び出すのは、フレアスライムのバクと、ウィンドスライムのモチ。
バクを肩の上に、そしてモチは腕に抱えながら、私は鞭を構え、ボスの背に向けて走り出す。
「よし、行くよモチ! 私達の新技! とりゃ!!」
その背中よりも少し上に向けて、私はモチの体をぶん投げる。
《投擲》スキルの恩恵もあって、思った通りの高さまで飛んで行ったモチに向け、私は鞭を構えながら指示を飛ばす。
「モチ、《浮遊》!」
私がそう言った瞬間、モチの体が空中で不自然に停止し、ふわふわと浮かんだ。
モチがウィンドスライムになって新しく習得した《浮遊》スキルは、特に何の捻りもなく、MPを消費しながらその場で宙に浮かび続けることが出来る、ただそれだけのスキルだ。
宙に浮かぶことは出来るけど、それ以上高度を上げること下げることも出来ず、自力で移動することすら出来ない、《飛翔》の下位互換みたいな効果しかない。
けれど、消耗は《飛翔》よりも少ないし、何より私が上に乗っても高度を保ち続けられるくらいには、スキルの効果も強い。
「《アンカーズバインド》!!」
だからこそ、モチ当人には空に浮かぶ以上のことが出来なくても、空中で他の誰かの足場になることが出来る。正直、その扱いには我ながらちょっとどうかとも思うけど、前に試した時、モチの方は大して負担とも思ってないみたいだったから、ここは素直に頼らせて貰う。
モチの体に鞭で捕まり、全力で跳び上がりながら引っ張れば、アーツの効果も相まって、普通では出来ないような大ジャンプが出来る。
この合わせ技によって、私はユリアちゃんですら届かない、ジャイアントシザーフロッグの背中の上に着地することが出来た。
「ふぅ……うわっ、と……! バク、出番だよ、《炎液》!」
「――!」
動き続ける背中に足を取られそうになって、転げ落ちないようにその場に伏せる。
なんとか安定したところでバクを離すと、炎属性の固定ダメージを与える《炎液》スキルを使って、赤黒い溶岩に似た液体で甲殻を焼いて貰う。
固定ダメージとは言うけれど、弱点属性を突けばちゃんとそのダメージ効率は上がるらしく、このボスモンスターは炎が弱点だ。だから、普通の《酸液》よりは効率よくダメージが与えられている……はず?
「正直、1体だけじゃダメージが小さすぎて、違いがよく分かんないよね」
「――――」
「ああ、ごめんバク! 別にバクが悪いわけじゃないんだよ!?」
しょんぼりと項垂れるバクにそう声をかけたものの、今はボス戦中だから、ちゃんと慰めてあげる時間はない。
思ったことをすぐに口にする自分の性格を嘆きながら、私はひとまず宙に浮いたままのモチを回収して肩の上で待機させると、自分の役目をこなすため、解体包丁を取り出す。
「《解体》!」
手にした解体包丁を、足元の甲殻目掛け振り下ろす。
《料理》スキルから変化した《料理人》スキルで使用可能になったアーツ、《解体》。その効果は、包丁系の装備でモンスターを攻撃した時、そこが破壊可能な部位であれば、そこに与えるダメージを対象の防御特性を無視して倍増させることが出来る、極めて強力な物だ。
もっとも、あくまで部位に対するダメージが上昇するだけだから、モンスターのHPに通るダメージは変わらないし、正直、どれくらい効果があるのか実感しづらいんだけどね。
それでも、このボスみたいに、部位破壊さえ出来れば大きく弱体化するタイプのモンスターが相手なら、凄く有用なことに変わりない。
そうして甲殻を砕き、さらけ出された弱点部位を狙ってみんなでタコ殴りにするのが、今回の作戦だ。
「か、硬い……」
そんな、今回の作戦の根幹ともいえる私の一撃は、ガキィン! と硬質な音を響かせて、あっさりと弾かれた。
まあ、私のATKだと、HPに通るダメージが全くないのは予想してたけど……これ、本当に甲殻の破壊に貢献できてる? 実は1ダメージも通らない時は効果がないとかないよね?
と、そんな疑問が頭を掠めているうちに、どうやらナナちゃんの麻痺投げナイフの効果で、最初の麻痺状態に入ったみたい。
これなら、少しの間は攻撃し放題だ。
「まあ、やるだけやってみよう」
効いてるかどうか分かりづらいけど、情報通りなら間違いなく効いてるはず。
なのでアーツの効果を信じ、ガキンッ、ガキィン! と、何度も解体包丁を突き立て、アーツを繰り出していく。
まあ、何度も繰り返すとは言っても、この《解体》にだって数秒のCTが存在するから、それほど連打しまくれるわけじゃないんだけど。
そして、私が攻撃している間、みんなももちろんサボっているわけじゃない。
動きが止まっているのをいいことに、リン姉のクレイゴーレムがボカスカと殴りつけ、フウちゃんはこの機会にとグーたんを着陸させて《飛翔》のCTに入りつつ、連続で矢を射かける。
ユリアちゃんが甲殻内部に並ぶ弱点部位である頭を狙ってアーツを繰り出し、ナナちゃんも負けじと投げナイフをチクチクと投げつける。
「うひゃあ!?」
そうしてみんなでひたすらに攻撃していると、麻痺が解けたジャイアントシザーフロッグが、唐突に大きく後ろに飛び跳ねて距離を取る。
それに振り回された私は、あっさりと宙に投げ飛ばされた。
この勢いで地面に叩きつけられたら、死に戻りはしないまでもかなりのダメージを受けることになる。
「《バインドウィップ》! モチ、《浮遊》!」
一緒に投げ飛ばされたバクを鞭で回収しつつ、攻撃を控えさせてまで温存しておいたモチの《浮遊》でその場に留まり、落下ダメージを防ぐ。
抱きしめたモチが急にその場で止まるもんだから、お腹に軽くめり込んで「ぐえっ」と思わず変な声が漏れちゃったけど、ダメージを受けるよりはずっとマシだ。別に、言うほど苦しかったわけじゃないし。
「ふぅ、危なかった……」
モチに掴まったまま、プラプラと宙にぶら下がってる絵面は大分間抜けな気はするけど、ともあれお陰で無傷で済んだのは間違いない。
《飛翔》よりは弱いと言っても、やっぱり《浮遊》スキルも便利だよね。
「ミオちゃん、そこ危ないわよ!」
「えっ」
モチのスキルについて考えていると、リン姉からの注意が飛ぶ。
慌ててジャイアントシザーフロッグの方を確認すると、ちょうどそのお腹を無防備にさらけ出すようにして体を仰け反らせ、頬を大きく膨らませているところだった。
確かこの予備動作は、リン姉が言ってた、このボスを相手する上で気を付けなきゃいけない攻撃の1つ。それがちょうど、ジャイアントシザーフロッグとクレイゴーレムの間で浮遊する私に向け、解き放たれようとしていた。
うん、これはやばい。
「《弓技・流星雨》~」
「《デススライサー》」
予備動作で露わになるお腹も、弱点部位なのには違いないから、フウちゃんが《短弓》の上位スキル、《流星弓》のアーツを繰り出して、矢が雨のように怒涛の勢いで襲いかかる。更に、その隙間を縫うように接近したユリアちゃんが、黒いエフェクトを纏わせた鎌で大きく切り裂く。
立て続けの攻撃に、そこそこのHPを失うジャイアントシザーフロッグだったけど、それだけで攻撃の動作を止めてはくれない。
もちろん、その結果は最初から分かっていたことだから、2人の攻撃を確認する暇もなく、両手にある鞭と解体包丁を短杖に持ち変えた私は、大急ぎで防御姿勢を取っていた。
「モチ、バク、《送還》! 《召喚》、ムギ!!」
モチがいなくなり、地面まで自然落下した私の正面に、ムギの茶色の体がデデンッ、と出現する。
その直後、ジャイアントシザーフロッグの口から大量の水が吐き出され、私……というより、後ろにいるクレイゴーレム目掛けて襲い掛かってきた。
「うひゃあ!?」
これまでの鋏を使った攻撃とは違う、水属性の魔法攻撃。それに押し負けるように、ムギの大きな体と一緒に思い切り後ろに吹き飛ばされた私は、クレイゴーレムの体に叩きつけられるようにしてなんとか止まる。
私のHPがガクッと減ったけど、それ以上に、私の代わりにこの攻撃をまともに受けたムギと、ムギよりも体が大きいせいで防ぎきれず、ほとんど直撃と変わらなかったクレイゴーレムのダメージが大きい。
ムギは《キングスライムの王冠》のお陰で即死はしなかったけど、クレイゴーレムは盾越しであってさえ攻撃に耐えきれず、HPが0になって霧散した。
「うわっ、リン姉、大丈夫!?」
ムギのHPを《サモンヒール》で回復させた後、《送還》で召喚石に戻しつつ、叫ぶ。
クレイゴーレムは、ボスのヘイトを一身に受けていたモンスターだ。
それが倒されたってことは、リン姉にそれまでのヘイトが向くはず。いくらリン姉でも、《召喚術師》の打たれ弱い体じゃ拙いんじゃないかと思って声をかけたけど、当人は少し顔を顰めた程度で、それほど困った様子はなかった。
「ひとまずは大丈夫よ、ヘイトを集めてたのはもう1体の方だから」
「あ、そうなんだ」
言われてみれば、リン姉が召喚したクレイゴーレムは2体いた。
盾役をローテーションするためかと思ってたけど、どうやら今みたいな魔法攻撃を、本命の盾役に代わって受け止めるためだったらしい。
「それでも、一撃で倒されたのはまいったわね。普段は全部キラが受けてるから問題ないのだけど……ちょっと見込みが甘かったかしら?」
ただ、問題が全くないわけでもないみたい。
本当なら、今の攻撃を受けても、ギリギリ耐えてくれると思ってこの作戦を立てていたようで、一撃で倒されるとなると、回復と再召喚のCTが追いつかないかもしれないらしい。
やっぱり、本職ほどは上手く行かないわね、と小さく呟くけど、私の目にはまだ、リン姉がそれほど追い詰められたようには見えなかった。
「ちょっと作戦を変更しましょうか。ミオちゃん、協力してくれる?」
「分かった。任せて、リン姉!」
微笑を浮かべながら頼ってくれたリン姉に、同じように笑顔で返す。
少ししてやられちゃったけど、まだまだこれからだ。