第143話 南の湿地と慣れない戦闘
どこかジメジメとした空気の中、一歩足を踏み出せば、ぱっと見ではぬかるんだ地面が、意外にもしっかりと足場として機能し、私の体を支えてくれる。
けれど、周囲を見渡せば木がまばらな一方で、時々沼みたいなのが点在してるから結構危なっかしい。
背の低い草と沼とじゃ色合いが違い過ぎるから、普通に歩いてる分にはうっかり足を滑らせることもないだろうけど、戦闘中じゃどうなるか分からない。
そんな《南の湿地》での戦闘では、ただ敵モンスターに気を配るだけでなく、足元や周囲を常に確認しながら戦わないといけないという、他のエリアよりも一段と難易度が高いエリアだ。
まあ、その分モンスターの挙動が分かりやすくて対処しやすいから、慣れた今となっては、私もちょくちょく利用するレベリングスポットではあるんだけど。
「お~! これは快適やな、これなら下にどんなモンスターがいようと負けへんで!」
そんなエリアを、初心者プレイヤーのナナちゃんが、楽しそうな歓声を上げながら進んでいた。
いや、進ませて貰ってると言った方が正しいのかな?
「一応、空を飛ぶモンスターもいるんですから、気を付けてくださいよ~?」
「わーっとるわーっとる!」
フウちゃんがそう言って短弓を射るのと同時に、ナナちゃんが投げナイフを同じ目標に向け投擲する。
2人の放った攻撃は、狙い違わず空を飛んでいたお化けカボチャに直撃し、空中にポリゴン片を撒き散らせた。
そう、2人は今、フウちゃんの使役モンスターであるグリフォンのグーたんに乗り込み、《南の湿地》を空を飛ぶ形で攻略していた。
2人乗りだと飛んでいられる制限時間が辛いらしいけど、それなら確かに沼に気を取られる必要もないし、そもそも空を飛べないモンスター相手ならほぼ無双できる。ちょっとズルくない? と思わなくもないけど。
まあ、フウちゃんは《短弓》の、ナナちゃんは《投擲》のスキルを持っていて、共に遠距離攻撃が可能だからこその優位ではあるんだけども。
「ミオちゃん、そっち行ったわよ」
「はーい」
リン姉に言われて振り向けば、確かにこちらに向けてお化けカボチャが迫って来ていた。
《東の平原》のお化けカボチャなら、鞭でアーツを使うだけでも倒せるんだけど、流石にここのお化けカボチャはそうも行かない。
リン姉もユリアちゃんも、別のお化けカボチャを相手していてこっちまで手が回らないし、これは自力で倒さないと。
そういうわけで、まずはいつものようにアイテムを使おうとして……。
「……あっ、今はライムに頼れないんだった」
いつも肩に乗せていたライムが今はいないことを思い出し、慌ててお化けカボチャの突進を回避する。
うーん、中々慣れないなぁ。
「ミオ、大丈夫?」
「うん、平気! これくらい自力でもなんとかする!」
ユリアちゃんにそう切り返しながら、私は再度お化けカボチャを睨みつける。
現在、私達は5人パーティ。私、リン姉、ユリアちゃん、フウちゃん、ナナちゃんでここに来ている。
そして、ナナちゃんを守りつつ突破するために、フウちゃんのグーたんを最後のメンバーとして加えようということで意見の一致を見たから、パーティ上限に引っかかるってことで、今回はライムもフララもフローラも、リン姉のルーちゃんやフウちゃんのムーちゃんと一緒に、《魔煌騎士団》のギルドに預けて来た。
ただ背中に乗せるだけでいいなら、グーたんをペット状態のまま連れてくるっていう手もあったんだけど、モンスターがプレイヤーを乗せたまま空を飛ぶには《飛翔》スキルが必要だから、どうしてもこの布陣になるんだよね。
その結果として、私はいつもみたいに、ライムの《収納》スキルからアイテムを取り出して貰うことが出来ない。
「えーっと、どこにあったかな……うう、めんどくさいなあ」
だから、アイテムを使いたいなら、こうして自分でメニューを開いて、インベントリから取り出さないといけないんだけど……普段からライムのスキルに頼り切ってるせいで、インベントリの中がぐちゃぐちゃだ。
戦闘中に、自分でアイテムを取り出すことなんて滅多にないからあまり気にしてなかったけど、私の場合はただでさえ、普段から持ち歩いてるアイテムが多いし、ちゃんと整理した方がいいかもしれない。
ナナちゃんとレベリングしてた時は、アイテムに頼らなくてもすぐに倒せる敵ばっかりだったし。
ちなみに、今の私のステータスはこんな感じ。
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv47
サブ職業:召喚術師 Lv44
HP:418/418
MP:550/550
ATK:140
DEF:184
AGI:187
INT:193
MIND:262
DEX:288
SP:6
スキル:《召喚魔法Lv47》《投剣Lv23》《料理人Lv11》《MP消費量軽減Lv10》《俊足Lv10》《鞭Lv46》《魔封鞭Lv37》《投擲Lv41》《敏捷強化Lv40》
控えスキル:《鍛冶Lv46》《釣りLv15》《隠蔽Lv37》《採掘Lv38》《合成Lv47》《農耕Lv31》《調薬Lv4》《採集家Lv1》《調教Lv46》《使役Lv48》《魔力強化Lv30》《感知Lv45》
ライム達がいないから、私にしては珍しく《調教》も《使役》も、ついでに、人数が多いからあまり1人で周辺警戒する必要性も薄いってことで《感知》も外して、ライムの守りがない分を《俊足》と《敏捷強化》を重ね掛けした回避力で補い、《魔封鞭》と《召喚魔法》を軸にした妨害と攻撃を狙ったスタイルだ。
そういう意味では、無理にアイテムを使おうとしない方がいいのかもしれないけど……一度インベントリを開いたんだし、どうせだからこの1回はちゃんと見つけよう。
「っと、これだ!」
そうして、やや手間取りながら見つけ出したのは、《聖水ポーション》。
水属性の継続ダメージを与えるこのアイテムは、アンデッドモンスターに対する特効があるから、お化けカボチャに対してはかなり効くはず。
「《カースドバインド》!」
満を持して鞭を取り出し、空を飛ぶお化けカボチャを縛り上げると、そこへ《聖水ポーション》を投げつける。
うん、思った通り、当たった傍から結構な勢いでHPが減ってくね。
これなら……!
「《召喚》、プルル!」
続いて、《聖水ポーション》の生みの親、アクアスライムのプルルを呼び出す。
使役モンスターはパーティの上限に引っかかるけど、召喚モンスターならそれとは別に呼び出せる。
ビートでもいいけど、ここは数が多いし、いつもみたいにライムからの《MPポーション》の供給もないから、ここは出来るだけ消費を抑えないと。
「いっけー!!」
そういうわけで、ここはミニスライムよりは多いけど、ビートやクロムよりずっと消費が少ないプルルを、未だ私の鞭で拘束され動けないお化けカボチャに向けて投げつける。
ライムと同じ《触手》スキルが発動し、ただでさえ縛られてるお化けカボチャが更に雁字搦めにされながら、プルルの《水液》スキルで更にHPを減らしていく。
アンデッド特効のある《聖水ポーション》の元になったスキルだから、こっちも効果が大きいかと思ったけど……どうやら、水属性ダメージっていうだけで、特にそういう効果があるわけでもないみたい。
瓶に詰めただけでアンデッド特効が追加されるって、この世界のポーション瓶は本当にどうなってるの?
「よしっ、お疲れ様、プルル」
「――!」
お化けカボチャのHPが0になったところで、ポリゴン片へと変わったお化けカボチャの代わりに、プルルの触手を縛って引き戻し、胸に抱く。
周囲を確認してみれば、他のお化けカボチャはもうみんな倒しちゃったようで、他に敵影もない。
それを確認すると、私はプルルを労うように、その体を優しく撫でてあげた。
求められるままに撫でていると、ふと、さっきから戦闘続きで私のMPが大分減っていることに今更ながら気が付いた。
いつもはある程度減ってきたら、ライムにMPポーションを投げて貰ってたから、うっかりしてた。
名残惜しそうなプルルをもう一度だけ撫でた後、《送還》で召喚石に戻す。
そして、さっきと同じように、少し手間取りながら取り出した《ナイトメアポーション》を飲んでMPを回復させていると、自分の戦闘を終えた他のみんなも自然と集まってきた。
「先輩、そっちも終わりました~?」
「うん、終わったよー。ナナちゃんは大丈夫だった?」
「ああ、フウの子に乗っとればそう危なくないしな、《投擲》スキルでチクチクやりながら見つけたモンスターのこと叫ぶだけやし、これくらいなら楽勝やで」
ぐっ! と親指を立ててくるナナちゃんの様子を見て、ひとまずこのまま行っても大丈夫そうだと分かったところで、改めてみんなで《南の湿地》の奥へと向かう。
途中、他にもお化けカボチャと戦闘しているプレイヤーに出くわしたり、お化けカボチャ以外のモンスターとの戦闘も交えつつだけど、ひとまず順調にお化けカボチャを狩り続け、《霊魂カボチャ》もみんな相応の量が集まってきた。
「うーん……上手く行かない」
ただ、何度戦闘しても、やっぱりライム抜きでの戦闘はいまいちしっくり来なかった。
ぶっちゃけると、ビートに正面からゴリ押しして貰うのが、一番早くて効率がいい。
でも、それだとMPの消耗が激しくて、連戦が辛いんだよね。ビート再召喚までのCTも長いから、毎回できるわけじゃないし。
「やっぱり新しいスキルを……でも、SPもないし……リン姉、どうしよう?」
「ミオちゃんのスタイルは、どちらかというとボス戦に向いているから、こういった雑魚戦は苦手になりやすいのは確かね。ただ、あまりあれもこれもってしてると器用貧乏になっちゃうし、あまり気にしなくてもいいんじゃないかしら?」
普段はライムちゃんがいるし、パーティを組んでいるならその仲間を頼ればいいし、と、リン姉が優しく諭してくれる。
うーん、言われてみればその通りかも? 弱点を埋めるばっかりじゃ、どうしてもSPが足りずに上位スキルが習得出来ないし。
「それでもどうしても気になるなら、ちょうどミニゲームで色々とスキルを試せるから、それで気に入った物があれば習得すればいいんじゃないかしら」
「なるほど、それもいいかも」
まだコスタリカ村のミニゲームしかやってないけど、他の町でも、基本的な方針は変わらないらしい。
指定された装備の中から1つ選んで、それに応じたいくつかのスキルのみを装備した状態で、制限時間いっぱいお化けカボチャを狙ってわちゃわちゃするミニゲームらしいから、私が今まで扱ったことのない装備やスキルが色々と試せる。
けどまあ……。
「それも、まずはここのボスを倒してから」
「うん、頑張ろうね、ユリアちゃん」
「ん」
気合の入った様子のユリアちゃんと頷き合いながら、更に奥へと進んでいく。
途中、リン姉からここのボスに対するレクチャーを受けながら、お化けカボチャと戦闘をこなしていく。
やがて、大きな湖のある、少し開けた場所に出た。
なんだか、エルフの隠れ里で、ヤマタノヒュドラと戦った時のことを思い出すような場所だなぁ。
つまりは……。
「そろそろよ、みんな、気を付けてね」
リン姉の呟きと同時に、エリアが切り替わる一瞬の違和感。直後、湖の水面がにわかに騒がしくなる。
ドパーン! と飛沫を上げながら飛び出してきたのは、なるほど確かに、リン姉の料理に出て来た、巨大なカエルそのものだ。
体が硬そうな甲殻に覆われ、左の前足が蟹のような鋏に変化したそのモンスターは、地面に着地するなり、余裕を感じさせるゆっくりとした動作で、私達を睥睨した。