第140話 ギルドの内装と怪談話
リン姉に案内され、素朴な見た目の玄関をみんなで潜る。
その先に待っていたのは……。
「…………へ」
割れた窓、蜘蛛の巣が張った天井。
薄暗い廊下を蝋燭の仄かな灯りが照らし、カボチャを連想させる茶色の壁には、ところどころにゴーストを思わせるペイントが無数に描かれている。
床はフローリングなのに、それを突き破ってお墓のオブジェが飛び出してるのは、果たしてシュールというべきか恐ろしいというべきか。
そんな、どこのお化け屋敷かと問いたくなるような光景が、目の前に広がっていた。
「……あの、リン姉、これは?」
「えーっと……外は大人しくしたんだから、せめて中くらい季節に合わせて模様替えしたい、ってなったのよ。ええ」
周りのギルドと全く逆だこれ。いや、他のギルドは中に入ったことないから分からないんだけども。
「ん、これはこれで落ち着く」
「ほー、外と中でこうも変えられるんか。おもろいなぁ」
「……棺のベッドって、寝心地いいんですかね~?」
私が微妙にビビる中、ユリアちゃんは普通に暗いところが好きな猫のようにリラックスし、ナナちゃんは雰囲気の落差に興味津々、そしてフウちゃんはと言えば、お墓の間に挟まれるようにして置かれている棺を見て、そんなことを呟いていた。
いや、フウちゃん、棺は寝るところじゃないから。いや、眠るところではあるけど、それ眠りは眠りでも永眠の方だよ。
「まあ、流石にキッチンは普通のままだから、安心して」
「そっか、よかった」
リン姉の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
いやまあ、私も別に怖いってわけじゃないけどね? でもほら、流石にこうも暗いところじゃちゃんと料理出来ないからね?
「なんやミオ、怖いんか?」
「意外ですね~、先輩なら、お化けも普通に可愛がりそうなものですけど~」
「いやまあ、別にリアルではそうでもないんだけど、このゲームのお化けは怖いというかなんというか」
単に暗いところは平気……なはずだけど、このゲームでは変に驚かせてくるからどうにも苦手だ。
「まあ、いるかどうかも分からないリアルと違って、ゲームのお化けは実際に襲い掛かってきますからね~、気持ちは分からないでもないですが~」
「そういうもんか? ウチは倒せるって分かってるゲームのお化けの方が怖くないんやけど」
「ふふ、まあ、そこは人それぞれだと思うわよ」
頭の中であれこれと言い訳を考えている間に、みんなの間で概ね納得されたらしい。
微妙に思ってたのと違うけど、そう困ることもないだろうし、良しとしよう。
「それにしても、ユリアはちっこいのに、お化けとか平気なん?」
そんな話をしていると、ふと、ナナちゃんがそんなことをユリアちゃんに尋ねた。
ちっこいって……いやまあ、中身私と同い年だからそう言いたくなる気持ちも分かるけど、今のナナちゃんの見た目、下手したらユリアちゃんより年下だからね?
「ん。何が出ても斬ればいい」
「斬れなかったら?」
「斬れるように斬る」
「な、なるほど……」
なんともシンプルで心強いお言葉をユリアちゃんから頂き、流石のナナちゃんもたじろいでる。
まあ、ユリアちゃんのことだから、斬れるように斬るっていうのは、多分属性を付けて物理無効の敵にもダメージを通るようにして攻撃するって意味だと思うけど、それだけじゃナナちゃんには通じないと思うよ、うん。
ただ、質問の内容そのものは私も気になるから、改めて聞き直してみよう。
「MWOの中だったらそれでいいと思うけど、リアルだったらどう?」
そう尋ねると、ユリアちゃんは少しの間目をぱちくりさせた後、少し考えるように虚空を見つめ、ポツリと。
「……友達になれたら、楽しいかな……?」
そうユリアちゃんが口にした途端、その場に一瞬だけ静寂が降りる。
どうかしたの? みたいな感じで首を傾げるユリアちゃんを、私は正面から抱きしめた。
「うぶっ」
「ユリアちゃん大丈夫! 私は、私はずっとユリアちゃんの友達だからね! だから寂しくなんてないよ!」
「ウチもやで! リアルでどこ住んどるんかよう知らんけど、どこへだって会いに行ってやるさかい、そないな悲しいこと言わんといてーや!」
私とほぼ同時にナナちゃんも反対側からユリアちゃんに抱き着き、口々にそう訴える。
うぅ、ユリアちゃん、友達がいないとは聞いていたけど、まさかお化けにそれを求めなきゃいけないほどに追い詰められていただなんて……!
「ユリアちゃん……まだそんなに話したこともない私が言っても難しいかもしれないけれど、いつでも相談に乗ってあげるから、ね?」
「え~っと……まあ、ユリアは私にとって、先輩にテイムされた同好会の後輩ですからね~、出来ることなら力になりますよ~」
リン姉やフウちゃんも同じことを思ったようで、リン姉は私達にサンドイッチされたユリアちゃんの頭をそっと撫で、フウちゃんは……あれ? 私にテイムされた同好会って何? 私は人間をテイムしたことなんてないんですけど?
「ち、違う、別に、寂しいからお化けと友達になろうと思ったわけじゃなくて……」
「あれ、そうなの?」
そうして、私達だけで盛り上がって(?)いると、慌てた様子でユリアちゃんが待ったをかけて来た。
抱きしめる力を緩めると、ユリアちゃんは少し赤くなった顔をほっと緩める。
「私はただ……お化けと友達になれたら、うちのバカ兄を怖がらせられないかと思っただけ」
「ラルバさんを?」
「ん」
なんでも、ラルバさんはリアルでも人にちょっかいをかけるのが好きで、特にユリアちゃんはよくその被害に遭っているという。
「夜にトイレに行こうと部屋を出たら、それに気付いた兄が後ろから脅かしてきたり、お化け屋敷や肝試しに行けば、タイミングを見計らって後ろから大声出してきたり、私があまり驚かないと見るや、わざと水で濡らした手で首元を触ってきたり……」
「うわぁ……ユリアちゃん、よくそれでトラウマにならなかったね……」
私がお兄からそれやられたら、1週間は口利かない自信があるよ。そして、夜に1人で出歩けなくなる。うん、間違いない。
「いや……むしろ、ほぼ毎日仕掛けられてたら、慣れた」
「慣れた!?」
確かに毎日されたら慣れるかもしれないけど、なるほど……それが、今日のユリアちゃんの勝負強さを養ってきたわけか。なんか違う気もするけど。
「でも、普通だと兄だと分かっていても怖いものじゃないですか~? もし違ったら~、とか思うと~」
「ん……そうでもないかな……? 確かに何度か、バカ兄の仕業じゃなかったこともあったけど……」
「えっ、そ、それって……」
玄関を照らす、蝋燭の灯りが小さく揺れる。
……そういえば私達、ギルドに入ってからまだ1歩も先に進んでなかったなぁ、なんてことを私の頭が考え始めたのは、決して現実逃避なんかじゃない。はず。
「あれは私がまだ、小学五年生の時……冬で日の入りが早かったのと、その日は空が曇ってたのもあって、私が家に帰る頃には、かなり暗くなってた……」
いつになく饒舌なユリアちゃんが、やや顔を俯かせたまま淡々と語り始める。
いつもは見る者に幻想的な印象を抱かせる彼女の銀の髪と黒の衣装は、辺りが薄暗いせいか、今はやけに不気味に見える。
「家までもう少しっていうところで、後ろから足音が聞こえてきた。トッ、トッ、トッて。けど振り向いてみても、誰もいない。気のせいかと思うんだけど、歩き出したらまた聞こえて来る。トッ、トッ、トッ、トッて。もう一度振り向いたけど、やっぱりいない。辺りが暗いのもあるけど、私の帰り道、人通りが少ない割に横道がいくつも伸びてるから、身を隠すには苦労しない。だから、バカ兄のいつもの悪ふざけだろうと思って呼んでみたんだけど、返事がないの。いつもなら、これ以上は怒るって言えば出て来るのに」
少しずつ早くなっていく口調に、気付けば私達全員がユリアちゃんの話に夢中になり、固唾を飲んで耳を傾ける。
正直既に、もうその先を聞きたくないくらい怖いんだけど、ここで話を切られるとそれはそれで先が気になって怖い気もするし、結果的に、私は自分の好奇心に負けてしまった。
「トットットットット。足音はどんどん近づいてくる。私が足を早めればそれに合わせて早くなって、足を止めれば足音も消える。私は、とにかく家に逃げ帰ろうと思って全力で走るんだけど、足音はピッタリ付いて来る。それどころか、そうしている間にも更に近づいてる気がした。トットットットットット。そうしているうちに、家までもう少しっていうところまで来たけど、もう足音はすぐ後ろまで迫ってて――ゾクッ!!」
「ひぃ!?」
急にユリアちゃんが大声を出すもんだから、思わず情けない声が漏れる。
けれど、ユリアちゃんはそれすら気にすることなく、そのまま元の口調で続きを話す。
「――と、背筋に悪寒が走ったかと思えば、そのまま足音だけ私を追い越して、暗闇の中に走り去ってった。おしまい」
「えっ……えぇ!? 足音の正体は!? なんだったの!?」
「さあ……? あ、一応後で兄に聞いてみたけど、やっぱり悪戯じゃなかったみたい」
「えぇ!? 何それ、ガチの幽霊!? ユリアちゃん大丈夫なの!? 取り憑かれてたりしない!?」
「ふふっ……大丈夫、お化けなんていない」
「そんな実体験があってなんでそう言い切れるの!?」
私が頭を抱えて絶叫するのを見て、みんな揃って、ユリアちゃんですら可笑しそうに笑みを零す。
うぅ、最後まで聞けばスッキリするかと思ったけど、むしろ恐怖心が増しただけだったよ。ぐすん。
ユリアちゃんの珍しい表情を見れたのは眼福だけど……私、今晩1人でトイレいけるかな?
「というか、思わぬ怪談話で盛り上がっちゃいましたけど、私達がいるの、未だに玄関のままですよね~……邪魔になったりしませんか?」
「あ、そうだったわね、それじゃあみんな、奥に案内するから、付いて来てね」
私が今晩のトイレ事情を思って微妙に遠い目をしている間に、ようやく私達はギルドの玄関から先へ足を踏み入れるのだった。