第136話 試食会とミオの好き
「ほらみんな、出来たよー」
「おお~」
なぜかナナちゃんに販路と宣伝を任せることになったりと色々あったけど、ひとまず、いい加減焦れて来たライムのため、ハロウィン料理を試作してみた。
パンプキンスープ、パンプキンパイ、スイートポテトならぬスイートパンプキンに、カボチャクッキー。
みんなから提供して貰ったカボチャを使って作った、カボチャ尽くしのフルコース。それをインベントリから取り出し、テーブルの上に並べていく。
ひとまず試作だから、今回は特に工夫も何もなく、デフォルトレシピにカボチャを使っただけのお手軽メニューだけどね。
「ほあ~、こんな大量の料理、今のちょっとだけで作ったんか?」
「うん、ゲームだから、材料さえあればこれくらいの量は簡単に作れるよ。作業はほとんど簡略化されてるしね」
感嘆の声を漏らすナナちゃんに、それとなく説明する。
そうじゃなきゃ、大飯喰らいのスライムをこんなにたくさん飼おうなんて思わないしね。
まあ、今回は試食だから、むしろ量は控えめなんだけど。
「へ~、リアルの商売からしたら垂涎の技術やな……味の方はどうなんやろ?」
「いただきます~」
「あぁ!? ウチのクッキー!」
ナナちゃんが恐る恐る手を伸ばした先にあったクッキーを、フウちゃんがひょいっとつまんで口に放り込む。
別にそんなに悲しそうな顔しなくても、そこにまだいっぱいあるじゃない。ライム達が狙ってるから、放っておいたらすぐ無くなるけども。
「先輩にしてはあんまり凝った味がしないですね~、最初だからお試しですか~?」
「うん、そうだよ。ていうか私にしてはって、フウちゃん私を何だと思ってるの?」
《料理人》のスキルは持ってるけど、別に料理人が本職なわけじゃないよ?
それに、あくまでライム達の舌に合わせて作ってるから、普通のプレイヤーにとってはゲテモノでしかないレシピとか結構あるし。
いや、流石にそれはみんなに振る舞う料理には混ぜないけどさ。
「何と言うと~……ご飯作ってくれて、甘やかしてくれて~、う~ん……お母さんでしょうかね~?」
「いや、そんな疑問形で言われても」
こんな大きな娘を持った覚えはありません。家にいるのはペットだけです。
というわけで、ライム達もご飯あげないと。
まず、ライムやムギ達スライム軍団にはボリューム感溢れるパイを。フララとビート、フローラには食べやすいスープを。そしてクロルには、この間のパンに比べて歯ごたえが出るよう、硬めに焼いたクッキーをあげてみる。
鉱石に比べたら、まだまだ全然柔らかいと思うけど、どうだろう?
「キュイキュイ」
「お、気に入ってくれた? じゃあ、クロルにはこっち方面でもっと美味しいの作ってあげるね」
「キュイ!」
美味しそうに齧りつくクロルを撫でてあげると、嬉しそうに声を上げた。
そんなクロルを撫でてあやしていると、気付けば他のみんなから視線を集めていた。
「確かに、フウの母親かどうかはともかく、モンスター達の母親と言われたらそれっぽい気もするな」
「僕も、小さい頃はよくミオ姉のこと母さんみたいとか言ってたなぁ……」
「……羨ましい」
ネスちゃんが同意するように頷き、リッジ君は昔を振り返るように遠い目をしたかと思えば、ユリアちゃんがなぜかじーっと見つめてくる。
羨ましいって、ユリアちゃん、今あなた、クロルと同じクッキー齧ってるじゃん。羨ましがる要素ないと思うんだけど。
「ミオ、ウチの知らん間にそっちの階段を上ってしまったか……すまん、ウチが早くお前さんをちゃんと女の子にしてやれればこんなことには……」
「うん、何を言ってるか良く分からないけど、ナナちゃんが絶対変な妄想繰り広げてるってことは分かるよ」
ちゃんと女の子にしてやれればって、私ちゃんと女の子だからね? 絶壁だからって、流石にそこを間違われたことは一度だってないからね?
「それよりも、んぐっ! 食べ終わったらどうする? 今回のイベントは初心者も気軽に参加できるようにと、ミニゲームや低難度クエストが中心になっているそうだから、我は何でもいいぞ」
ナナちゃんをジト目で軽く睨んでいると、フローラと一緒に口の中に食べ物をいっぱいに詰め込んで頬っぺたを膨らませたネスちゃんが、そんなことを尋ねてきた。
夏イベントの時は、ジャイアントロックゴーレムとかクラーケンとか、ボスモンスターが結構いたけど、今回はそういうのは今のところ見つかってないみたい。
《東の平原》だけじゃなく、他の場所に出没するお化けカボチャもそんなに強くないみたいだし、初心者向けのイベントっていうのは間違いじゃなさそうだね。
「それなら、まずはミニゲームでもやってみる? 今はまだ行けない街もあるけど」
ミニゲームは、グライセ、コスタリカ村、ラビリンスと、アクアブリーゼの4つの街で開催されてる。
どんなミニゲームかはまだ確認してないけど、公式ホームページの謳い文句としては「初心者も一緒に楽しめるミニゲーム」ってなってたから、ナナちゃんと一緒でも問題ないはず。
「大丈夫だよ、イベント期間中は転移ポータルを開通させてなくても、コスタリカ村とラビリンスとアクアブリーゼには誰でも転移出来るようになるみたいだから」
「あっ、そうなんだ?」
私の心配事を、リッジ君がすんなりと解決してくれた。
まだイベントが始まってから、転移ポータルは一度も使ってなかったから気付かなかったよ。
でもそっか、それなら、私やナナちゃんが無理しなくても、アクアブリーゼの観光とか行けるんだ。それはいいね。
いや、よく考えてみたら、このコスタリカ村だってフィールドボス倒さなきゃ来れないんだった。ナナちゃんがこの場にいる時点で気付くべきだったよ。
「ん、じゃあ、まずはコスタリカ村のミニゲーム?」
「かな? 食べ終わったら探してみよっか」
後の予定が決まり、ひとまずはハロウィン料理の試作を食べきろうと、みんなで雑談したり、モンスター達に餌付けしたりしながら過ごす。
そうしていると、ふと、何か思いついたといった感じにニヤリと笑ったナナちゃんが、私に尋ねて来た。
「それでミオ、結局誰が本命なん?」
「本命って?」
「いや、ミオが一番好きな子は誰なんかなーと」
ナナちゃんがそう言った途端、ユリアちゃんとリッジ君の首がぐりんっ!! と凄い勢いでこっちに向いた。
えっ、何? どうしたの2人とも?
「い、いきなりどうしたのナナちゃん」
「いやな、ミオの好みっちゅーのも宣伝するには何かと必要になる情報やろう思うてな、聞いときたかったんや」
特に後ろめたいことも何もないけど、2人から注がれる眼力の力強さに思わず元凶へ尋ねると、ナナちゃんはそんな空気なんて知りませんよという顔でそう言った。
ナナちゃんのことだから何か企んでそうなんだけど、私じゃあその鉄面皮……というより、百面相の如く繕われる表情を見破ることは出来ない。
まあ、聞かれてる内容自体は特におかしなことでもないし、ここは素直に答えるか。
「まあ、もちろんみんな好きなんだけど」
私の声の一欠けらも聞き逃さないとばかりに、リッジ君とユリアちゃんが耳をそばだててる。
2人とも、適当に目の前の料理を食べてれば誤魔化せると思ってるみたいだけど、私含め全員にバレバレだからね?
「敢えて選ぶとするなら、やっぱり私としては……」
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
なんで好きな子発表するだけでこんなに緊張が高まってるの? と微妙に首を傾げつつ、私はその名を口にした。
「ライムが一番好きだよ!」
パイを食べ終え、クロルと一緒にクッキーを食べていたライムを抱き上げながらそう宣言すると、ユリアちゃんとリッジ君はその場でガクッと崩れ落ち、フウちゃんとネスちゃんは「知ってた」って顔でスープを啜り、ナナちゃんはお腹を抱えて爆笑し始めた。
えっ、本当に何?
「うん、ウチもこんだけスライムがいっぱいおる時点で察しとったけど、了解したで。そのことも考慮に入れて宣伝するわ……ぶふっ」
「まずはその笑いを落ち着かせてから喋ろうよ。ていうか本当に何事なの?」
「いや、ミオ、何でもないんや、何でもな」
首を傾げる私を、ナナちゃんが強引に宥めに入る。
そんな態度に益々訳が分からない私だけど、リッジ君とユリアちゃんにまで何でもないからと言われてしまえばそれ以上追及も出来ない。
それならと納得した私は、みんなが食べ終えるまでの間、ライムにご飯をあげたり、そのぷるぷるボディを撫でてあげたり、それを見てやきもちを焼いた他のモンスター達に押しつぶされることになったりしながら過ごしたのだった。