第131話 準備体操と新作ポーション
「いっちにー、さんっしー」
家族で外食に出かけた翌日。
月曜日ということで学校に来た私は現在、運動会に向けて回数がやたら増えてる体育の時間。
最近、サイズが合わなくなってきた……なんてことはもちろんなく、悲しいほどに中学に上がって買って貰った時からピッタリとサイズが合ってる体操服に身を包み、準備体操に精を出していた。
一人でやる準備体操が終われば、今度は二人一組になって、体を念入りに伸ばしていく。
「しかし澪の体は相変わらず柔こいなぁ」
そして、いつもペアを組んで柔軟をしてる奈々ちゃんが、その途中でふと声をかけてきた。
今は私が座った状態で足を開いて前屈してるのを、後ろから奈々ちゃんが押してサポートしてくれてるんだけど、それがほとんどいらないくらいは私の体は地面についてる。
流石に、足が綺麗に180度開くとか、そういうわけじゃないけど。
「うん? まあ、生まれつき柔らかかったし、今もお風呂上りとかにストレッチしてるしね」
今は小動物の相手しかしてないけど、いずれは動物園で働きたい。となると、自然と大型の動物と触れ合うことが増えるだろうし、そうなればどうしたって体が資本になる。
だから、毎日ちょっとずつ、ストレッチとか筋トレとかは欠かさずやるようにしてる。……べ、別に、バストアップには程良い筋肉を付けるといいって聞いたとか、そんな理由じゃないからね?
そんな言い訳を心の中でしながら、奈々ちゃんと場所を変わり、体を伸ばす奈々ちゃんを、私が後ろから軽く押す。
「よーやるなぁ、ウチには到底出来そうにないわ」
「そう? 別に、大して手間のかかることしてるわけでもないよ?」
1日100回! とかそんなんじゃなく、何かのテレビで見たお手軽トレーニングだし。多少疲れるけど、そこまで時間も取られないし、大変って程でもない。
「まあ、なんや、大丈夫、それだけやっとれば、澪もいつかは報われるよって」
「……奈々ちゃん? なんで私はただストレッチを日課にしてるってだけで、そんな哀れみの籠った言葉をかけられてるの? 何が目的だと思ってるの?」
「そらお前さん、そのまな板を小山にするためのぉぉぉぉ!? ギブギブ! 冗談やってー!!」
「全くもう……」
馬鹿なことを言いだした奈々ちゃんの背中にぐぐぐっと体重をかけると、私と違って体の硬い奈々ちゃんが悲鳴を上げる。
近くにいた先生から「こら、やり過ぎると体痛めるぞ」と注意され、慌てて謝っていると、奈々ちゃんからニヤニヤとした視線を向けられていることに気が付いた。
な、奈々ちゃん……こうなることが分かってて、大して痛くもないのにわざと声上げたね?
「やっぱり本気で体重かけようかな……」
「すまん、すまんて、それは堪忍してーや!」
相変わらず、関西弁なのかそうじゃないのか怪しい奈々ちゃんのセリフを聞きながら、今度はお互いに足を合わせ、手を引っ張り合うストレッチに入る。
今度は顔を突き合わせながらやるストレッチだから、さっきまでよりもお喋りしやすい。あんまりしてると怒られるけど。
「そういえば澪、ウチもVRギア買ったで。MWOも手に入れたわ」
「えっ、ほんと?」
けど、奈々ちゃんのこの突然のカミングアウトには、食いつかずにはいられなかった。
思わず尋ね返した私に、奈々ちゃんは「ほんとほんと」と頷き返す。
確かに前、興味ある風なこと言ってた気がするけど、まさかこんなに早く来るとは思ってなかったよ。
「そういうわけやから、暇な時にでも一緒にやらへん? 色々と教えてくれると助かるわ」
「うん、任せといて! あ、オススメの職業は魔物使いだよ、モンスター達をモフモフなでなでするの楽しいよ!」
「澪ならそう言うやろうとは思っとったけど、ウチも実は職業はもう決めてるねん。ちょっと動画見とった時に、面白そうなビルド見つけてな。やってみたいんや」
「そっかー、じゃあ仕方ないね」
テイマーは楽しいけど、他にやりたいことがあるなら無理強いは出来ないし、仕方ないね。
けど、奈々ちゃんが就きたい職業ってなんだろう。《変質者》みたいな職業があれば、それ一択なんだけど。
「……澪、今ものすごーく失礼なこと考えへんかったか?」
「え? 考えてないよ?」
「そか? ならええけどなぁ」
「奈々ちゃんには《変質者》みたいな職業が似合うなって思っただけで」
「それ結構どころやなく失礼やないか!?」
「うん、まずは日頃の行いを振り返ってみようか?」
いつもいつも女の子の胸を狙う変態オヤジな友達を、ジトーっと半目で睨んでみれば、サッと視線を逸らされた。
「さて、次や次。背中合わせて後屈やでー、はよ回れ右ー」
「全く……」
露骨過ぎる話題転換にやれやれと肩を竦めながら、言われた通りに背中を合わせて腕を組み、奈々ちゃんの体を背負い上げる。
「ふおぉぉ……それで澪、いつ頃なら一緒にやれそうなん?」
「別に、今日帰ってからでも問題ないよ、と」
「そかー。じゃあ、家に着いたらまた連絡するから、そうしたら頼む、でっ、と」
「分かっ、た……」
喋りながら奈々ちゃんを降ろし、今度は私の方が背負いあげられる。
背中が伸ばされていく感覚に、変な声を上げながら、視界が上下ひっくり返り……偶々、私達の後ろで同じストレッチをやっていた、委員長の姿が映る。
私と同じように上体を逸らされながら、けれど私と違って天を衝かんばかりにその存在を主張する、二つの膨らみが目に入る。
「……ところで奈々ちゃん」
「うんー? なんや?」
「ストレッチとか筋トレとか、牛乳とかマッサージ以外に、バストアップに効くことって、何かあるかな?」
「…………」
無言で床に降ろされた私は、奈々ちゃんに慈愛に満ちた視線を向けられると、そのまま、ポンポン、と優しく背中を叩かれたのだった。
「いいし、別にいいし、こっちでは私だってバインバインだもん、別に悲しくなんてないもん」
学校が終わり、家に帰った私は、早速ログインしたMWO内で、そんなことを呟きながら料理に勤しんでいた。
フウちゃんやユリアちゃんも、まだこの時間じゃ自分達の日課を消化してるようで、ここには来ていないから、私の呟きはライム達モンスターしか聞く相手もいない。普通に首を傾げられる。
「あはは、みんなは気にしなくていいよー」
元々反応を期待してなかったというか、反応を返してくれるような子がいる場所ではとても言えない呟きだったから、みんなにはそう言って作業に戻って貰う。
素直なモンスター達にほっこりしつつ、私はホーム内にあるキッチン、ムーちゃんやライム達のために買った大型鍋に向き直ると、改めて料理を再開した。
今作ってるのは、トマトスープだ。
何でそんなものを作っているかといえば、カボチャが見つかったらまずはパンプキンスープを作ってみようと思ってたから。トマトベースかカボチャベースかの違いだし、練習にはなるでしょ。多分。
「うーん、ゲームだと作ってる時に味見出来ないのが難点だよねー」
リアルなら、作りながら味見して、調味料を足したり変えたりするわけだけど、ゲームだとそういうわけにもいかない。簡略化されてる分、完成するまで味見は出来ないのだ。
いや、正確には出来ることは出来るんだけど、途中で味見した時の味と、完成した時の味が何もしなくても全く違ってきたりするんだよね……この辺りはゲームの弊害というかなんというか。
そんなことを考えながら、キャベツやモンスターの肉を投入し、パッパッと調味料――分量とかじゃなく、使用回数で残量が決まる塩や砂糖を振って味を付け、完成させる。
「よし、出来た。ひとまずこんなところかな?」
出来上がったスープを一口飲んでみると、トマトの酸味が口に広がり、中々美味しいスープになっていた。
ただ、これがカボチャになると、あの甘味と合わせて味付けを変えなきゃいけないわけだから、やっぱり色々と試行錯誤はいるよね。まあ、手順がハッキリしただけでもいいか。
「さてみんな、今やってるのが終わったら、一休みしてご飯だよー」
出来上がったトマトスープを鍋ごと持ち上げ、みんなが作業している場所に持っていくと、一斉に群がってきた。
その勢いに、本当に終わったの? と思わず疑いの眼差しになるけれど、みんなが離れた場所には、ちゃんと出来上がったポーション瓶が置かれていた。
「あはは、みんなお疲れ様、好きなだけ食べてね」
食べやすいように小皿に分け、ライム達がそれに勢いよく群がっていくのを見て苦笑しつつ、私は床の上に放置されたポーション瓶を手に取って、その結果を確認していく。
名称:火薬ポーション
効果:炎属性ダメージを与える。
名称:聖水ポーション
効果:水属性ダメージを与える。
名称:泥水ポーション
効果:地属性ダメージを与える。
「うん、バッチリ」
今回、ライムに《強酸ポーション》を、そしてミニスライム達に《酸性ポーション》を作って貰うのと並行して、バクとプルル、それからムギに、それぞれ《炎液》スキルや《放水》、《泥液》スキルをそれぞれアイテム化出来ないか試して貰っていた。
モチの《風壁》スキルは、ただ微弱な継続ダメージのある風を周囲に展開するだけだから無理だけど、この子達ならちゃんとビーカーに溜めることも出来るだろうと思ったら、案の定だ。
「《火薬ポーション》は元々レシピがあったから恩恵は少ないけど、量産しやすくなったのは確かだよね。《聖水ポーション》とか《泥水ポーション》は初めて出来た物だし」
これで、今まで以上に対応できるモンスターの種類が増えた筈。
ただ、《聖水ポーション》って、説明には水属性ダメージとしか書いてないけど、名称からするとすっごいアンデッド系のモンスターに効果がありそうなんだよね。
このゲーム、結構隠された効果みたいなのも多いし、今度機会があったら試してみようかな?
「おっと、そろそろ時間かな?」
そんなことを考えているうちに、思ったよりも時間が経っていたようで、奈々ちゃんとの約束の時間が迫っていることに気が付いた。
奈々ちゃん曰く、初ログインっていうわけでもないみたいだから、そこまで戸惑うこともないだろうけど、まさかこのゲーム最初の待ち合わせで遅刻するわけにも行かないから、そろそろ行かないと。
「みんな、今日は私の新しい友達に会いに行くから、ちゃんと挨拶するんだよ?」
トマトスープを飲み干して、満足そうにしていたライム達にそう言うと、みんな元気よく反応を返してくれた。
そんな様子に満足しつつ、召喚モンスターのみんなは召喚石に戻し、使役モンスターの3体はいつものように抱き上げ、フローラは背中に、フララは肩に留まらせる。
そうして、私は奈々ちゃんの待つ、グライセへ向けて出発した。




