第124話 クロルの針と大結晶
「全くもう、ウルは悪乗りし過ぎだよ」
「あはは、ごめんごめん」
苦言を呈する私に、ウルは軽く片手を眼前に持ち上げながら謝ってくる。
クロルを召喚した時、そのモンスターとしての特性に目を付けたウルによって引き起こされたちょっとした騒動が落ちついた後、ウルのお店まで戻って来ていた。
パパベアーさんとは予定通り転移ポータルで別れ、ユリアちゃんも私がまだ続けると聞いて名残惜しそうにしてたけど、ラルバさんから夕飯の時間だと怒られたらしくて、渋々ログアウトして行った。
「それにほら、そのお陰でクロルちゃんも他のモンスター達と打ち解けられたみたいだし? 私のファインプレーじゃないかと思うんだよ」
「うーん、それは確かに」
ジト目を向ける私に、ウルが慌てた様子で紡いだ弁明に、けれど頷ける部分もあるのでひとまず矛を収めることに。
ウルの目を見て怯え切ったクロルは、ライム達他のモンスターを頼るようにその背に隠れるという行動に出たんだけど、そのお陰なのか、ライムがどうもクロルのことを弟分か何かのように思ったみたいで、その背に乗って、守るかのように寄り添っている。
まあ、傍目から見たら乗っかってるだけだから、どっちかというと子分を得て少し偉くなったような感覚なのかもしれないけどね。
どちらにせよ、針だらけのクロルの背中に平気で乗れるのは、メタルスライムのライムだけだ。召喚モンスターだからずっと出しっぱなしっていうわけにもいかないけど、今は《魔力強化》スキルのレベリングのこともあるし、しばらくそのままにさせてあげよう。
ちなみに、フローラはクロルに触ろうとして針が刺さったのが若干トラウマになったらしく、少し距離を取っている。フララの声援に後押しされながら、頑張って恐る恐る手を伸ばす姿がなんとも微笑ましい。
でもフローラ、その触り方はかえって危ないから。触るなら針のないところにしようね?
「まあ、それより今は、イワアラシの針だよ針! ミオ、どうかな?」
「分かったから、ウルはそこで待っててね?」
また少しばかり危険な色合いを帯び始めたウルを宥めつつ、クロルの傍にしゃがみ込んで、その円らな瞳を覗き込んだ。
「クロル、背中の針って貰うこと出来る?」
「キュッ」
私が頼むと、クロルの体が少しだけ震え、ゴトリと背中の針が一本落ちた。ここは店頭じゃなく作業場の方だから、仮に攻撃する時と同じように飛ばされても大丈夫と言えば大丈夫だったけど、その穏やかな取り外し方にちょっとだけほっと胸を撫で下ろす。
そうして、床に落ちた針を手に取って、果たしてアイテムになるかとインベントリに仕舞おうとするんだけど……。
「あれ? アイテム化しない?」
アイテムは、例外なくインベントリに格納できる。なのにクロルの背から取れた針はインベントリに仕舞うことが出来ず、少ししたらそのまま消えてなくなってしまった。
その後も、何度か同じことを繰り返してみたけれど、結果は変わらない。
うーん、ウルの説明を聞いた時は行けるかと思ったんだけど、流石にそう都合よくは出来てないのかな?
「ダメかぁ、ミオのライムがポーション作ってたみたいだし、行けるかと思ったんだけど……」
ウルも期待していたみたいで、ガッカリした表情が隠しきれていない。
まあ、こればっかりは仕様とかそういう話だから、仕方ないよね。そもそも、MPをちょっと消費するだけで有用な鉱石が手に入るなら、誰も苦労しないし……。
「うん? どうしたの、クロル」
そうやって自分を納得させていると、不意にクロルが甘えるように顔を擦りつけてきた。
頭の針は畳まれてるから刺さることはないけれど、どちらかというと遠慮がちに距離を取るタイプのクロルにしては珍しい。
そう思い、改めて目を向けると、どうやらクロルはウルの作業場の端に積まれた、合金の山が気になっているらしい。
以前、ライムが見せたのと同じような仕草と、ウルから聞かされたイワアラシの特性を思い出し、私はようやく、クロルが何を言いたがっているのかを察した。
「ああ、お腹空いたんだね。ちょっと待ってて」
ライムの時は、鉱石なんて食べて大丈夫かと首を傾げたけど、イワアラシは元々、名前の由来になるくらい鉱石を食べて生きてる種族みたいだし、それならいくら食べても大丈夫だろう。
そう思って、私はインベントリから、ライムやムギ達のおやつとして持ち歩いてるライム合金を取り出し、クロルに食べさせてみる。
「キュイ、キュイ!」
「あはは、気に入ってくれた?」
ライムが好きだった味は、クロルにとっても美味しいらしい。
私が差し出した合金を、モグモグと美味しそうに食べてくれる姿を見てほっこりしながら、そのまま欲しがられるままに与えていくと、途中からライムもおねだりを始めて、2体で競うように食べていく。
「もう、ライムもクロルも食べ過ぎだよ」
私が苦笑を浮かべながら撫でるものの、2体とも特に気にした様子もなく食べ進める。
本当、クロルもよく食べるなぁ。まあ、召喚したばかりだから当然と言えば当然なのかな? けど、ライムはもう少し自重を覚えようね? フララとフローラだって我慢して……いや、あの2体は鉱石じゃ食欲が湧かないから興味ないだけか。フローラなんて欠伸を噛み殺してるし。可愛い。
「……ねえミオ」
「あっ、ごめんウル、ちょっと夢中になっちゃって」
そうしてまったりしていると、不意にウルから声をかけられた。
合金作りに来たはずなのに、ペットの世話を始めた私に怒っているのかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
「背中の針、なんか一本だけ色が変わってない?」
「へ?」
ウルが指差す先に目を向けると、モグモグと合金を食べるクロルの針、その一つが、確かに他とは違い、透明感の強い色合いに変化していた。
ずっと見ていたのに、いつの間に……。
「クロル、この針は抜ける?」
「キュイ?」
私が色の違う針を指差しながら尋ねると、ほとんど抵抗なくコロン、と針が抜け落ちる。
改めてそれを確認してみると、今度はちゃんとインベントリに格納され、アイテム化に成功した。
「おおっ!?」
急いで、インベントリに新しく入ったそれを確認し、説明欄を開く。
すると、そこにはこう記されていた。
名称:マナタイト塊
詳細:非常に高純度に精錬されたマナタイトの塊。素材としてはもちろん、美術的価値さえある。
「マナタイト塊……?」
何だろう、また変わった素材が出来たけど、これも鉱石アイテムなのかな?
初めて見る名前に、インベントリから取り出して眺めてみると、確かに、キラキラと輝きながら淡く光を放つ透明な水晶の塊のようなそれは、宝石みたいで綺麗だった。
ただ、塊と言うだけあってかなり大きくて、私の《携帯炉》には入らなそうだ。
「あー、それね、炉に入れて溶かすと、マナタイト5個分になるレアアイテムだよ。採掘だと、《北の山脈》の上の方で偶に採れるね」
「へ~」
私が普段採掘してるの、浅い部分だからなぁ。
それで必要な素材が採れてたから文句はなかったけど、そういうことならもう少し上に行ってもよかったかもしれない。
「けど、それだけならあんまり意味ないのかな?」
クロルが食べたがるなら、実益が無くても食べさせるけど、それはそれとして、ライム合金1つにマナタイト鉱石は3つ使われていて、針が変化するまでに5つは食べていた。そのままだと、あんまり意味はなさそうだ。
試しに純粋なマナタイト鉱石もあげてみたけど、これも10個はあげないと針は変化しないみたい。
「やっぱりダメみたいだね」
上手くいけば、態々《北の山脈》まで採掘に行かなくても済むようになるかと思ったんだけど、残念。まあ、アイテムの無限増殖なんてバグに等しい仕様が、そうそうあるわけないか。
そう思った私だったけど、ウルにとっては少し違ったようで、真剣な様子でクロルの様子を見ていた。
「ミオ、次はこれで試してみて」
そう言ってウルが渡してきたのは、鉱石系アイテムの中でもレアな部類に入る、宝石アイテムの1つ、《ルビー》だった。
「これを? まあ、いいけど」
私にはよく分からなかったけど、ウルが意味があると思ったのならそうなんだろうと思って、《ルビー》の赤い宝石をクロルに食べさせていく。
リアルだったら、これ1つでいくらになるんだろう……なんて小市民的なことを考えながら、ボリボリとおやつ感覚で食べて行くクロルを複雑な心境で見つめていると、これまた10個食べたところで、その背に新しい針が生えてきた。
赤くキラキラと輝くそれを、クロルに断りを入れて取らせて貰えば、やはり予想通りのアイテムへと変化した。
名称:ルビーの大結晶
詳細:非常に高純度に精錬されたルビーの塊。希少価値が高く、高値で取引される。
うん、マナタイトはただの塊扱いだったのに、こっちは大結晶なんて呼び名なのね。
まあ、実際綺麗で見るからに高そうだけど。あ、もしかして、これ売ったらボロ儲け出来るとか?
試しにその辺りをウルに聞いてみると、実際、ただのルビー10個よりは高く売れるらしい。そもそもの宝石アイテムの採掘量がそこまで多くないから、ボロ儲けってほどじゃないみたいだけど。
「それに、こういう大結晶系のアイテムは、杖を作る時の材料としては凄くいいアイテムなんだ。採掘じゃ滅多に掘れないから、宝石を10個集めて作れるなら、かなり有用だよ」
「それなら、私の短杖とか、ライム達の装備も……?」
「うん、これを使えば、思った以上にいいのが作れそうだ。合金もある程度目途は経ってるし、宝石さえどうにかなれば後の素材はすぐ集まるから、早ければ明日にでも作業に取り掛かれるよ」
「おお、やった!」
元々、クロルはビートの相方として召喚したけど、全く別のベクトルでも凄く役立つ子だったみたい。
日にちが経っても、村の方に特に変化はないとはいえ、これ以上オークナイトの討伐を先延ばしにするのも心苦しかったし、いい加減意地張ってないでユリアちゃんやネスちゃんに助けて貰おうか悩み始めてたけど……これなら、ひとまず1戦くらいは、自分で切った一週間の期限内に挑むことが出来そうだ。
「そういうわけだから……ミオ、クロルには取り敢えず、これとこれとこれの大結晶、5つずつくらい作って欲しいんだけど。もちろんお礼は払うから、ね? お願い!!」
「いや、ライムじゃないんだから、いくらなんでも短時間にこんなに食べれないって! もう少し小分けに、時間置いてお願い!」
オークナイトへのリベンジの目途が立ったことは嬉しいけど、それはそれ。
まずは目を宝石の形にしてキラキラさせているウルからクロルを守るために、私は全力を注ぎ込むことになった。




