第115話 サボリ魔と朴念仁
「うーん……」
ウルやパパベアーさんと、《採掘場》へ挑んだ翌日。私はノートを前にあれこれとペンで書き込みを入れ、唸っていた。
学校の勉強において、昔から筆記用具と並んで必需品となっているノートは、教材のほとんどが電子データ化されてタブレットに一纏めにされた後も、「生徒が自ら考えて分かりやすく纏めるという行為自体に学習効果がある」とかなんとか、そんな理由で失われることもなく、現代まで受け継がれている。
以前までは、タブレットのメモ帳機能でいいじゃん、タッチペンもあるんだし。なんて考えていた私だったけど、今この時ばかりはそんな研究結果を発表した、どこぞの高名な学者さんに感謝してる。
「新しく手に入った鉱石は、《紅火結晶》、《粘着岩》、《イデオン鉱石》、それに《ルビー》、《ガーネット》か……思ったより種類が多くて、新しい合金作るの大変そうだなぁ……それに、採掘場も全部制覇したわけじゃないから、まだ出てない鉱石とかあるかもしれないんだよね……うーん、頭痛くなってきた」
何せ、タブレットに書くより授業をサボっててもバレにくい。
タブレットの方は教卓で、今何開いてるかモニターされちゃってるからね。
流石に先生も、ずっとそれを見てるわけじゃないだろうけど、こうも一心不乱に関係ないこと書いてたら普通にバレそう。というわけで、ノートは至高。やっぱり必須だよ。
「ライム達スライムの食性からすると、レア度高い鉱石の方が喜んでくれる可能性は高いわけだし、そう考えるとやっぱり昨日採掘された量の少なかった、《イデオン鉱石》とか宝石系メインがいいのかな? でも、宝石ってレア度の割に、合金に使ってもあんまり性能良くないってウルも言ってたからなぁ。サイズが大きければそのまま杖の材料に使うみたいだけど……これは後回しかな?」
何となくのイメージとうろ覚えのファンタジー知識に適当な予測を積み重ね、小声でブツブツと呟きながら試したいレシピを列挙していく。
ぶっちゃけ、あのゲームは変なところでリアルをガン無視した組み合わせが凄い効果を発揮したりするから、こんなことをしてみたところで、実際にやってみるまでほとんど何も分からない。
でもやっぱり、こうして好きなことを考えるっていうのはそれだけで楽しいから、それが意味を持つかどうかなんて二の次だ。考えるだけならタダだし。
「あー、早く帰ってMWOやりたいなぁ」
ただやっぱり、考えれば当然早く試したくなるわけで、そんな言葉が口をついて零れる。
一応、ほとんど溜息と変わらないレベルの小さな呟きだったし、私自身ただの独り言として言ったんだけど、不思議なことにちゃんと返答が返ってきた。
「ほー、そうか、最近流行ってるとは聞いたが、授業よりよっぽど楽しいんだろうな」
「うん、そうなんだよー……って、あれ?」
突然横から聞こえてきた声に顔を上げてみれば、そこにはとても素敵な笑顔を浮かべた先生が立っていた。
「そうかそうか、じゃあそんなに退屈するほど簡単なこの問題、雛森に解いて貰おうか? 何、遠慮はいらん、ちゃんと解ければ大目に見てやろう。解けなかったら……分かってるな?」
「あー、いえ、そのー、あのー……」
「んー?」
意地の悪い笑みを浮かべながら問いかけてくる先生に、されど自業自得だから文句なんて言えるはずもなく。
「す、すみませんでした……」
結局は、その場で頭を下げる以外、選択肢は残されていなかった。
「うぅ、酷い目にあった……」
「澪の自業自得やろ」
当然のように問題が解けず、たっぷりと宿題を出されて突っ伏す私を、前の席に座る奈々ちゃんが呆れた表情で見降ろしてくる。
いやうん、そうなんだけどね? 辛いのは辛いんですよ。
「奈々ちゃん手伝って~」
「お断りや。自分でなんとかせい」
「私の胸揉んでいいからそこをなんとか!」
「ん~、委員長くらい巨乳やったら考えるんやけどなぁ……」
「くぅ! こんなところにまで巨乳差別が!!」
まあ、元から冗談だし、そう答えられるのは分かり切ってたから、特に悲しくもな……いや、やっぱり少しだけ悲しい。
うぅ、私の胸はいつになったら大きくなるんだか……。
「にしても、澪が授業中にまでゲームのことで頭一杯になるとは思わへんかったわ。そんなにおもろいん?」
「面白いよ! モンスター可愛いし、やれることいっぱいあって飽きないし、あとモンスター可愛い!」
「澪がモンスター目当てでやっとるっちゅうのはよう分かったわ」
「だって可愛いもん! ほら、うちの子のスクショ見る? 見るよね? ほら、可愛いよ!」
「ウチまだ一言も見るとは言っとらへんでー」
呆れたような呟きはまるっと無視して、私が愛用してる腕時計型の携帯端末から画像を呼び出し、空中に浮かぶ仮想ディスプレイに表示させて奈々ちゃんに見せてあげる。
私のとっておき。たくさんのご飯に囲まれ、喜びに震えながらモリモリと食べ進める、ラブリーなライムの姿を見て、奈々ちゃんは……。
「澪、お前さん、ゲームの中やからって甘やかし過ぎやないか? どう見てもこのスライムの体積より餌の方が多いやないかい」
「そこ!? まず第一声がそこなの!?」
開口一番、呆れた表情を浮かべて、いつぞやクルトさんにも言われたことを突っ込んできた。
いや、確かにそうだけど、どこからどう見てもライムが食べ過ぎてる画像にしか見えないけど! でもこれが普通だから! スライムはこれがデフォルトだから!
「まあ、ゲームやからそんな細かいところ突っ込んどったらキリないやろうけどな。まあそれはそれとしても、いくら兄貴大好きで日々一緒にゲームやっとる澪とは言え、そんだけ入れ込むほど楽しいゲームってのは興味あるなぁ、ウチも親に相談してみるか……」
「いや待って、別に私、お兄大好きなわけじゃないんだけど」
奈々ちゃんがもしMWOをやるなら私としても大歓迎だけど、そこは間違ってるからちゃんと訂正する。別に嫌ってはいないけど、大好きって言われると語弊があるから!
「隠さんでええって、いつも兄貴のためにせっせとご飯を作るような妹が、ブラコンやないわけないやん。みんな知っとるから今更やで」
「別にいつも作ってるわけじゃないんだけど!? 朝ご飯はトースト焼くだけだし、親がいない時にちょっとお昼とか夕飯作るだけだってば! それにしたって手抜きだし!」
「普通の妹は手抜きだろうとなんだろうと、態々兄貴のために手料理振る舞ったりせーへんって。別にええやん、仲良きことは美しきかな、やで」
「仲良い、のかなぁ?」
私とお兄のやり取りって、いつも私がお兄を殴ってるだけな気がするんだけど。これは仲良いって言えるの?
「やれやれ、澪は変なところで無自覚やなぁ。ほらあの子、誰やっけ、お前さんの従兄弟の」
「ああ、竜君のこと?」
「そうそう、竜君竜君。あの子もさぞ苦労しとるやろなぁ。今はどうなっとるん?」
「どうなったもこうなったも、元気にしてるけど? 時間が合えば一緒にMWOもやってるし」
何が言いたいのかよく分からず、首を傾げていると、奈々ちゃんはやれやれとこれ見よがしに肩を竦めた。益々訳が分からない。
「あの子も大概澪のこと大好きそうやったやん、学校一緒やった頃なんて、事あるごとに澪姉、澪姉って学年違うのに尋ねて来て……いやあ、可愛かったわあ」
「可愛いのは同感だけど、大好きって言っても家族としてだよ」
奈々ちゃんの何かを期待するかのような視線に、今度は私の方がやれやれと肩を竦める。
そりゃもう、竜君は小さい頃からずっと私に懐いてくれてるし、それこそ小学校に上がる前なんて、事あるごとに「ぼく、おおきくなったら、みおねえちゃんとけっこんする!」なんて可愛い事言ってくれてたけど、そんなの小さい子特有の一過性のものだろうしね。今頃はそんなこと言ってたってことも忘れてるんじゃないかな?
私だって、小さい頃はお兄と結婚するとか言ってたらしいし。全く覚えてないけど。
「かーっ、全くこの朴念仁め、たとえ親戚やったとしても、男が女の子にくっ付いて離れない理由なんて、コレ以外あるわけないやろ」
小指を立て、ニヤニヤと尚も言い募る奈々ちゃん。
やれやれ、奈々ちゃんは本当にそういうの好きなんだから。
「そんなわけないって。竜君ってすごいモテるしね、私なんかよりずっと可愛くていい子とすぐに恋人になるよ」
ネスちゃんとか、ユリアちゃんとか。いや、流石にゲーム内でしか会ってないし、それはまだ厳しいかな?
「ふぅん、まあいいけど、よくよく思い出してみたら、澪もゲームの中やったら巨乳美少女なんやったな……つまり、ウチもMWO始めたら、澪のデカパイ揉み放題になるんちゃうか!?」
「ならないから! 言っておくけど、いくらフレンドでも、ゲーム内であんまり過激なスキンシップ取ってると通報されても文句言えないからね?」
「わーっとるわーっとる。冗談やって~」
本当に分かってるのか、実に不安になる適当な返事に溜息を吐いていると、ちょうど次の授業の開始を告げる鐘が鳴る。
「おっと、話はこれまでやな。澪、次の授業はちゃんと集中して受けるんやで?」
「分かってるよ」
最後にそう釘を刺されながら、私は急いで次の授業の準備を終え、顔を上げて気合を入れる。
流石にこれ以上宿題を増やされると、MWOやる時間が無くなっちゃう。そんな危機感の下、私は真面目に授業を受けるのだった。
テイマーさんのVRMMO育成日誌第一巻、正式な発売日は1月5日ですが、早いところだと今日くらいには書店に並び始めるそうです。
……そんなめでたい日に風邪引いてしまいました。頭痛い_(:3」∠)_
最近は随分寒くなってきましたから、皆さんも体には気を付けてください。