第114話 囮作戦と逞しい幼女
パパベアーさんの考えでは、マインワームがプレイヤーを見つける基準は、音にあるんじゃないかということだった。
だからこそ、ほんの少ししか距離が離れてなかったにも拘らず、私にはピンポイントで攻撃を受けたのに、ユリアちゃん達の方は全く見向きもしなかったんじゃないかということだ。
そういうわけで、まずは採掘する前に、その近くで派手にスキルを使って音を出し、近くのマインワームを釣り上げて安全を確保してから、採掘作業に移ることになった。
実際、その対策は一定の効果をもたらし、釣り上げ直後は襲われることはなかった……けど。
「わひゃあ!?」
「ミオっ」
ピッケルを振り下ろし、鉱石が零れ落ちたところへ、マインワームが襲い掛かってくる。
ユリアちゃんが慌てて声を上げるけど、何とかマインワームを引き付けられないかと、少し離れたところを駆け回って貰っていたから、私のところへ来るまでには時間がかかる。
「オォォォ!!」
その代わり、すぐ傍にいたパパベアーさんが、雄叫びを上げながら大剣を振り下ろし、地面から飛び出したマインワームをそのまま地面に叩き伏せてくれた。
大口を開けて私に齧り付こうとしていたマインワームは、その一撃で押しつぶされ、あっさりとそのHPゲージを0にすると、そのまま砕け散る。
うわぁ、すごい威力……。
「ふぅ、無事か嬢ちゃん」
「あ、はい……大丈夫です」
正直言うと、パパベアーさんのあまりの迫力にちびりそうになったんだけど、それを言ったらまた泣いちゃうだろうから胸の内に仕舞っておく。別に、本当にちびったわけじゃないしね。
……ちびってないよね? 一応リアルに戻ったら確認しておこう、うん。念のためね。
と、そうしていると、すぐにもう1体のマインワームが飛び出してきて、今度はパパベアーさん目掛け襲い掛かる。
「……せいっ、やっ!」
……でも、それも結局は追いついてきたユリアちゃんに鎌で斬られ、蹴り倒されて、空中に飛び出した状態で更にアーツの連打を受け、瞬く間にポリゴン片となって砕け散る。
うーん、流石の手際だね。さっきはそこそこ時間を使ってたのに、もう瞬殺できるようになってるし。私の周りは強い人しかいないの?
「ミオ、大丈夫?」
「ああうん、平気。それにしても、結構な頻度で出て来るね、マインワーム」
この短い間に二度も助けられたことに、微妙に申し訳ない気持ちになりつつも、私はそう言って目の前に立ち塞がる問題に意識を向ける。
そう、パパベアーさんの『音に反応する』っていうのは多分正解だったんだけど、どうやら採掘の音に一番敏感に反応するらしく、後から再出現した個体は、どれだけ近くでパパベアーさんが派手な音を立てていようと、採掘中の私やウルの方ばかりを襲ってきた。本当に厄介だ。
「プレイヤーの採掘に反応して襲ってくるなんて、厄介なモンスターを実装してくれたものだよ。これじゃ満足に採掘も出来やしない」
ウルも同意見なようで、いつになく苛立ってる様子でそう言った。
うーん、他に何か打つ手があるとすれば、やっぱり……。
「うーん、ウル、パパベアーさんの案に加えて、一応1つ対策思いついたんだけど……」
「えっ、何々?」
私が声をかけると、ウルは食い気味に顔を寄せてくる。
鉱石とか合金とかの話以外で、こんなにもウルが反応したの初めてかもしれない。うん、マインワーム恐るべし。
「ほらこの子、フローラのスキルにね、《モンスター誘因》っていうのがあるから、もしかしたらパパベアーさんやユリアちゃんが音を立てるのに合わせて一緒に使えば、採掘の音にも負けずにマインワームを釣り上げられるようになるんじゃないかなって」
あのスキルの効果は、一定範囲内のモンスターのヘイトを引き付けること、一定範囲内にモンスターがいなければ、モンスターの再出現を促進させることの2つだ。
これにマインワームの習性である音への誘因を合わせれば、あるいはいけるかもしれない。
問題は、再出現促進効果のせいで、ただでさえ出現頻度高めなマインワームが更に増えて、囮役のフローラと、その護衛……ユリアちゃんやパパベアーさんが、凄く危ないってことだけど……。
「ん、大丈夫、問題ない」
「本当に大丈夫?」
《モンスター誘因》スキルは、まだフィールドボスなせいでどれだけ促進されても2体以上出現しようがないデススコーピオン相手にしか使ったことがないから、再出現促進効果が果たしてどれくらいのものなのか分からない分、不安なんだよね。
「心配するな、俺もこの子と一緒に戦うし、3体程度なら一度に出て来ても対処できるだろう」
けど、パパベアーさんがそう言ってくれたことで、私の不安も大分和らいだ。というか、消し飛んだ。
うん、ユリアちゃんが強いのは私もよく知ってるんだけど、何だろう、パパベアーさんに関してはもう、倒されるシーンが全く想像できないんだよね。ひょっとしたら、ラルバさんにも勝てるんじゃないかな?
「分かりました、ユリアちゃんのことお願いします、パパベアーさん」
「うむ」
「むぅ……」
私がパパベアーさんにペコリと頭を下げると、ユリアちゃんが不機嫌そうにぷくーっと頬を膨らませる。
そんなユリアちゃんに苦笑しつつ、私は採掘の邪魔にならないよう背負っていたフローラを、ユリアちゃんに手渡した。
「だーっ」
「わっ、と……」
見た目の割には重いフローラに驚き、一瞬だけ慌てるユリアちゃんだったけど、ステータス上では私よりATKが高いだけあって、驚いた割にはそれほど危なっかしい様子もなく、しっかりと抱っこしていた。
……うん、今更だけど、こんなに小さい子が私より力持ちとか、ゲームってすごいなぁ。
「ユリアちゃん、フローラのことよろしくね?」
「ん……分かった」
それはともかく、と、戦闘はともかく、フローラを預かることに若干の不安を感じている様子のユリアちゃんの頭を撫で、そう言って微笑んだ。
まあ、赤ちゃんみたいとは言ってもあくまでサイズの話で、モンスターなだけあってこの子も中々逞しいから、ユリアちゃんが倒されない限りは大丈夫だと思う。
「それじゃあ、早速やってみようか」
ウルの一声を合図に、ユリアちゃんとパパベアーさんが私達から離れる。そして、ある程度離れたところで、ユリアちゃんが私の方へ振り向いて、小さく頷いた。
「よしっ、フローラ、《モンスター誘因》!!」
「だーっ!」
フローラの頭に咲いた花から、甘い香りが漂い、それに合わせてユリアちゃんとパパベアーさんが、近くに岩や壁目掛け、適当に鎌や大剣を叩きつけ、派手な音を立て始めた。
……なんだろう、ゲーム内エリアの壁なんだから、破壊不能なのは間違いないんだけど、この絵面を見てると坑道が崩落しないか凄い不安になってくる。
そんな、とても口には出せない不安を抱いている私を他所に、予定通り2体のマインワームが同時に地面から飛び出し、ユリアちゃんとフローラを狙って襲い掛かって来た。
前後からの同時強襲。私だったら、ライムに片方防いで貰って、もう片方は……上手く回避できるのを祈るしかない。
けれど、私が片方とは言え防げるだろう攻撃を、ユリアちゃんが凌げないはずもなく。
フローラを抱えているのに、それを一切感じさせない動きでその攻撃を2つとも躱し、即座に反撃に移る。
「《ダークネスファング》」
片手でフローラを抱えながら、空中に描かれた3つの黒い爪痕がマインワーム2体を切り裂く。
けれど、クリティカルダメージなしで2体を相手取るのは、流石にユリアちゃんでも厳しいのか、続けて飛び出してきた3体目のマインワームの攻撃を危なげなく回避しつつも、小さく舌打ちしてるのが見えた。
ユリアちゃん、女の子なんだから舌打ちなんてしちゃダメだよ。
「ふんっ!! 《ヘヴィースラッシュ》!!」
そこへすかさず、パパベアーさんが援護に入った。眩い光を放つ《大剣》スキルのアーツがマインワームに叩きつけられ、そのまま吹き飛んで打ち倒される。
それによって余裕が出来たユリアちゃんが残りのマインワームへ更に攻撃を加えると、怯んだ隙を突いてパパベアーさんがトドメを刺し、新しく飛び出してきたマインワームがパパベアーさんを襲おうとするのを、ユリアちゃんが牽制する形で防ぐ。
そんな、即席とは思えない見事な連携を見せる2人を眺めていると、ユリアちゃんがポツリと呟いたのが聞こえてきた。
「……バカ兄とやるより、ずっとやりやすい」
……ま、まあ、ラルバさん、ずっとソロでやってるみたいだしね。一匹狼を絵に描いたような人が連携得意だったら、それはそれで驚きだし。
ていうかユリアちゃん、一応ラルバさんと一緒にプレイしたことあるんだね。もしかして、今2人ともソロでやってるのって、連携が全く上手く行かなかったからなんじゃ……。
うん、あれでラルバさん、結構シスコンだし、これ聞いたら泣くかも。
「ほらミオ、ぼーっと見てないで、採掘するよ」
「あ、うん、そうだった」
いけないいけない、2人がああして戦ってくれてるのは、私達が安全に採掘するための囮なんだから、これで採掘しなかったら意味がない。
「とりあえず私からやってみるね」
「うん、分かった」
とは言え、これが本当に囮として機能しているかどうかは、採掘してみるまで分からない。ウルがピッケルを振り上げるのを、私は固唾を飲んで見守る。
「そりゃ!」
カァン!! と甲高い音を立てて、ウルが振り下ろしたピッケルが採掘ポイントの罅を砕き、鉱石が零れ落ちる。
そしてすぐに、私とウルはその場を離れ、様子を見るけど……。
「……特に出てこないね?」
「うん、大丈夫そう?」
それを確認してから、もう一度、更にもう一度とピッケルを振り下ろすけれど、どれだけ採掘しても、私達を襲うマインワームの姿は見られない。
もちろんその分、ユリアちゃんとパパベアーさんが襲われてるわけだけど、作戦通り上手く行ったことに2人で喜びつつ、急ピッチで採掘を進めていった。
「ピィピィ!」
「ふふ、ありがと、フララ」
急いでるのが伝わったのか、今はペット扱いでスキルが使えないフララが、元気良く鳴いて私を応援してくれる。
それに応えるため、勢いよくピッケルを振り下ろし、選別の暇も惜しんで全てライムに《収納》して貰いながら、次の採掘ポイントを目指す。
そうして移動している最中、ふと、あの激しい戦いに巻き込まれる形になってるフローラは大丈夫かと、少しだけ様子を見てみると……。
「ふっ……!」
「だーっ」
ユリアちゃんが縦横無尽に飛び回り、それにしがみついて振り回されながら、それでもなお楽しそうに笑うフローラの姿が目に入った。うん、楽しそうで何よりだよ。
ちょっと……いやかなり、将来どんな子に育つのか不安だけど、まあ、きっといい子になる……よね? バトルジャンキーとかスピード狂とかにならないよね?
そんなことを考えながら、私はウルと一緒に、ひたすらにピッケルを振るい続ける。
そうして、第二階層の採掘ポイントを一通り回りきる頃には、すっかり夕飯の時間となっていて。
その日の《採掘場》攻略は、それでお開きとなった。