第112話 2人の出会いと格闘スキル
《バルロック》の町に到着し、奥に進むと、石畳で舗装された街並みは徐々に鳴りを潜めていく。その代わりに、以前この町へ初めて来た時にネスちゃんが語ってたみたいな、剥き出しの地面に何本もレールが敷き詰められ、時折トロッコが行き来する、まさに坑道と言った感じの場所に出る。
「採掘場? それならこの先だ。けど気を付けろよ、最近奥からモンスターが溢れだして来て、その対処に追われてる。俺達はまだどうにかなるが、お嬢ちゃん達では……」
「そうか、教えてくれて感謝する」
「……大丈夫そうだな」
ウル、私、ユリアちゃんの3人を見て、心配そうな顔をする鉱夫のNPCだったけど、そんな彼もパパベアーさんの姿を見た途端、大丈夫だなと掌を返す。
うん、気持ちは分かるよ。NPCなのにそういう見た目に対する心の機微を理解出来るっていうのも凄いけど、でもパパベアーさんだしなんか納得しちゃう。
「……行くか」
一般的な人からすれば、十分に大男の範疇に入るだろう鉱夫NPCにまで慄かれ、パパベアーさんが心なしトボトボとした足取りで先へ向かって歩きだす。
なんていうか本当、段々不憫になってきた……。
「そういえば、ずっと聞いてなかったけど、パパベアーさんとウルってどうやって知り合ったの?」
なんとか気を逸らそうとして、前から少し気になっていたことを尋ねてみる。
私だって最初、パパベアーさんを見た時は腰を抜かしそうになったわけだけど、その時はウルがいて、ちゃんと大丈夫だって説明してくれたから何とか落ち着くことが出来た。でも、普段ウルとパパベアーさんから他に仲の良いフレンドがいるなんて聞いたことないし、見たこともない。
一体何をどうやれば、この万人から恐れられるパパベアーさんと仲良くなれたのか。私だっていずれは猛獣相手にお世話したりするかもしれないんだし、是非とも参考にしたい。
実際に口に出しては絶対に言えないけど。
「どうやってって言われると……ええと、拳で語り合って?」
「なるほど、拳で……って、えぇ!?」
戦いなんて挑んだの!? パパベアーさんに!?
ウル、女の子なのに、なんて恐ろしい子……! いや、ウルの見た目と言動からして、私より年上だとは思うから、子って言うのもおかしいけど。
「ウル、誤解を招く言い方をするんじゃない。俺がフィールドで狩りをしているところに、俺をモンスターだと勘違いしたお前が突然斬りかかって来たんだろう。あの時は危うくPKされるところだった」
「いやだって、あの時はパパベアーさん、着ぐるみだけで今みたいな防具だって付けてなかったし、しかも剣とか使わずに素手で戦ってたし、仕方ないと思うんだよ、私は」
「素手!? なんで!?」
それ、どこからどう見てもただの巨大熊だよ! 私だってその状況に陥ったら絶対勘違いする。なんでまたそんなことを……。
「いや、あの時は偶々《格闘》スキルのレベリング中だったんだ。俺の得物は大剣だから、サブ職業に《格闘家》を選び次第、早く実戦で使えるレベルに上げておこうとしてただけだ」
「へ、へー……」
熊で《格闘家》って、どういう風に想像しても野生の熊に襲われる絵面にしかならないんだけど。
どうしてよりによってそんな職業をサブに……。
「ん。《格闘家》はアーツのCTを短縮するスキルが習得できるし、《格闘》スキルも手足の一つでも空いてれば隙の少ないアーツがすぐ撃てる。だから大技が多くて、隙が大きい両手武器使いにとっては、お手軽にDPSを上げつつ攻撃後の隙を減らせる有用な職業。私もサブ職業は《格闘家》だし、前衛の攻撃役はサブ職業に選ぶことが多い。メインでは少ないけど」
「な、なるほど」
私の疑問を察してか、ユリアちゃんが随分と詳しく解説してくれた。
言われてみれば、ラルバさんも大剣使いだけど、《格闘》スキルのアーツ使ってたっけ。あれ? でもフレッドさんは使ってなかったような……まあ、有用だからって、みんなが絶対使うわけでもないだろうし、そんなものかな?
「だから熊さん、いいセンス」
「ああ、ありがとうユリア」
「ん」
ユリアちゃんがパパベアーさんに向けてぐっと親指を立てると、パパベアーさんもまた嬉しそうな声色でそう言って、優しくユリアちゃんの頭を撫でる。
うーん、ユリアちゃん、すっかり打ち解けちゃって……嬉しいような寂しいような……。
「こう言ったらなんだけど、初対面でパパベアーさんにあそこまで懐く子供がいるとは思わなかった」
「うん、だよね」
2人が親子(絵面はともかく)みたいなやり取りをしているのを横目に、私とウルは小声で囁き合う。
なんというか、うん……世の中色んな人がいるんだね。いや、パパベアーさんがいい人なのは確かなんだけどね?
「さて、着いたな」
そんなやり取りをしている間に、新エリアである《採掘場》の入り口まで辿り着いた。
ぽっかりと穴を開けた洞窟みたいなそこは《ゴスト洞窟》を思い起こさせるけど、あの場所と違ってトロッコ用のレールなんかが奥へと続いていて、ちゃんと人の手の入った場所なんだと教えてくれる。
ちなみに、地面が平らに均されてるのは、天然モノなはずの《ゴスト洞窟》も同じだから参考外。まあ、これってゲームだしね。細かいことは気にしない。
「どんなモンスターが出るかなぁ」
鉱夫の人達が出入りしてるんだし、採掘する浅い場所くらいならあんまり危ないモンスター、もとい強いモンスターは出ないだろうから、ビートの相棒になりそうなモンスターは然う然う出ないと思う。
うーん、でもせっかく《調教》スキルの上限が撤廃されたんだし、可愛い子がいればテイムするのもいいかも?
まあ、メインの目的は採掘と、ビートの相棒になる召喚モンスター探しだから、本当にいればだけど。
「ん……どんなモンスターが出ても、私が倒すから大丈夫」
けど、ユリアちゃんは私の護衛という立場のためか、随分と気合が入ってる。
うーん、あんまりあっさり倒されるとそれはそれで困るような気もする。
「いや、私としては新しいモンスターを仲間にするかどうか考えたいから、あんまり瞬殺しないでくれると嬉しいなーって」
「……倒す」
「あれ!?」
だからこそ、程々で良いと言ったんだけど、なぜか逆にやる気を漲らせるユリアちゃん。
いや、なんで!?
「……冗談。ちゃんと手加減する」
「そ、そう、ありがとね、ユリアちゃん」
冗談か……私も最近、ユリアちゃんの表情読めるようになってきたんだけど、今の7割くらい本気に見えたんだけどな? 本当に冗談?
「ほらミオ、ユリアも、そんなところで何してるの? 行くよー」
「あ、うん、今行く」
ウルに促され、私はユリアちゃんと一緒に駆け出していく。
ウルとパパベアーさんに合流し、4人と2体で足を踏み入れた採掘場の中は、思った以上に明るくて、《松明》みたいなアイテムは必要なさそうだった。
まあ、よく考えてみたら、ここはさっきも言った通り鉱夫の人達が足を踏み入れて作業する場所なんだし、明るくて当然かもしれない。
「さーて、採掘ポイントはと……」
中には既に何人かのプレイヤーと、NPCの姿が散見され、それぞれが場所を移動しながら採掘して回ってる様子だった。まさか割り込んで採掘するわけにも行かないし、空いてる場所を探さないと。
とは言え、そこは流石《採掘場》と言うべきか。中々数多くの採掘ポイントがあって、結構な人がいる割には全部埋まってはいなかった。
この辺りは、《採掘場》と一口に言っても、本当に採掘するために訪れるプレイヤーはあくまで全体の一部、《鍛冶師》とその手伝いをしに来た人だけだからっていうのがあるんだろうな。
「結構あるみたいだけど、全部回る?」
「当然。それじゃあ手分けしてやっていこうか」
「いいけど、私が《採取》スキルで見なくても平気?」
前に一緒に《北の山脈》でやった時は、私がポイントを指示して回ってたけど……。
「大丈夫、最近は慣れてきたから、採掘できるところは見れば大体分かる」
「なにそれ凄い」
私なんて、未だに《採取》スキル無しじゃ《薬草》とただの雑草の区別も付かないくらいなんだけど。
ただの壁に入った罅と採掘ポイントの違いなんてなんで分かるの?
「慣れれば案外分かるもんだよ。それに、ここは最初から採掘場として作られた場所ってなってるだけあって、《北の山脈》の採掘ポイントより分かりやすそうだし」
「そうなの?」
言われて、改めて《採取》スキルで見分けた採掘ポイントと、それ以外のただの亀裂とをスキルを外した状態で見比べてみる。
うーん……言われてみれば採掘ポイントの方が亀裂が大きいような……そうでもないような。
「あはは。まあ、ミオがライムちゃんの反応の違いを見分けられるような物だと思えばいいよ。それに、《採取》スキルがあるなら無理に見分ける必要もないしね」
言われてみれば確かに、私としてはちゃんと見れば反応の違いは分かるんだけど、他の人にはいまいち分かって貰えないみたいだし、それと同じと言われれば同じなのかも。
うーん、そう考えると分からないものはいつまで経っても分からない気がしてきた。ここは素直にスキルに頼ろう。
「そういうわけで、私はパパベアーさんとそっちの方から順番に採掘してくから、ミオは反対側の方お願いね」
「うん、分かった。ライム、手伝ってね」
「――!」
ライムの体を撫で、早速採掘ポイントへ向かう。
すると、ユリアちゃんがぴったりと私の横についてきて、拳を握りしめながら力強く私に向かって宣言した。
「ミオは私が守るから、安心して採掘して」
「…………」
この場所は、NPCが普通に採掘してることから見ても、モンスターの類はまだ出てこない。それに、PKにしたって、こんなに人がいる前で堂々と襲い掛かってきたりはしないと思う。つまり、この場に関しては護衛なんていらないくらい安全だとは思うんだけど……。
「うん、頼りにしてるね」
「んっ」
やる気を漲らせてるユリアちゃんに、まさかそんな野暮なことを言うことなんて出来るわけもなく。
結局は、鼻息も荒く張り切って周囲を見渡すユリアちゃんに向かってにこやかにそう言うと、私はせめて、この場の採掘を手早く終わらせて、何かしらの危険がある奥へ早く進もうと、ピッケルを大きく振りかぶるのだった。