第108話 豚の騎士と村長の依頼
「ビート、周り込んで! フララはひたすら《麻痺鱗粉》、ただし無理はしないようにね!」
「ビビ!」
「ピィ!」
ビートが弾丸のようなスピードで空中を駆け、敵モンスターの背後を取るように回り込む。いつものように、うちの子の中で最大の攻撃力を持つビートは十分過ぎるほど敵のヘイトを集めていたこともあって、モンスターはビートの動きに合わせて向きを変え、ちょうどフララに背を向ける格好になる。
そこへ、フララの羽から黄色の鱗粉が風に乗って降りかけられたけど、ヒュージスライムにも迫るその巨体は伊達ではなく、ちょっとやそっとでは状態異常に陥ってはくれなかった。
「うぅ、本当にしぶとい!」
思わず口をついて出た文句と共に、クエストの討伐対象であるモンスターを見上げれば、馬鹿にしたように鼻を鳴らしてきた。ムカツク。
でも実際に強くて、上手く痛手を与えられてないから何も言い返せないのが悔しい。
私が今対峙しているモンスターは、オークナイトって言う名前のモンスターだ。
大きな見た目に違わず動きこそ遅いものの、でっぷりと太ったその体は無尽蔵とも思えるほど膨大なHPをその身に宿し、身に纏う鎧は魔法を含めたあらゆる攻撃に対し非常に高い耐性を持つ。
これに加え、盾まで持って防御態勢を取ってくるんだから、そのしぶとさは言うまでもない。
それだけでも厄介なのに、盾とは別に長大な剣まで持っていて、その攻撃範囲は動きの遅さを補って余りある。
当然、サイズがサイズだけにその威力も桁外れで、下手に直撃を受けようものなら、ライム以外に耐えられる子なんて、私含め誰もいない。比較的ステータスが防御寄りで、防御向きの《地属性魔法》を習得している、フローラにだって無理だ。
「フローラ、《モンスター誘因》!」
「だー!」
私は背中に張り付いたままこの戦闘に参加しているフローラにスキルを使って貰い、オークナイトの気を引き付ける。
ビートを迎え討とうと考えていたであろうそいつは、フローラの出す甘い香りに誘われて、その顔……全く可愛げのない、醜悪に歪んだ豚の頭をこちらに向けて来た。
「ブモオオオオ!!」
「っ、ライム、ガード!」
「――!」
重低音の咆え声に威圧され、体が竦み上がる思いをしながら、私はその攻撃が避けられないと判断して、胸に抱えていたライムを正面に構える。
私の指示に従い、《触手》スキルで即席の盾となり、《硬化》スキルでDEFを引き上げたライムへと、無造作に薙ぎ払われた剣が襲いかかる。
いかにライムのDEFが高かろうと、それを支える私のATKは大したことない以上、当然の結果として横からの衝撃を受けきれず、私はライムやフローラと一緒に弾き飛ばされた。
「きゃあ!!」
「だー♪」
なぜか楽しそうなフローラを庇い、そんな私をライムが守ってくれる。
そのお陰で、何とか誰も死に戻りせずに済んだものの、私もフローラも大きくHPを削り取られ、真っ向から受け止めたライムも《HPポーション》に頼らなきゃならない程にはダメージを受けていた。
「ブモッ、ブモッ」
そんな私達を小馬鹿にするかのように、オークナイトが鳴く。
騎士と言う割に、騎士道精神の欠片も見当たらないその態度に腹が立つけど、だからと言って文句を付けたところで何が変わるわけでもない。だからこそ、代わりに私は別の行動を取った。
「だったら、これでも喰らえー!」
取り出したのは、特性の《麻痺ポーション》を合成して作った、《麻痺投げナイフ》。刺されば麻痺の状態異常を引き起こすそれを、鎧に覆われていない足目掛けて投げつける。
オークナイトは防御、HP共に非常に高いけど、その防御力のほとんどは装備に頼っているから、それに守られていない部位を攻撃すれば意外とダメージが通る。
今回もその例に漏れず、僅かとは言えダメージが通ったことでその効果を如何なく発揮し、先立って使用され続けていたフララの《麻痺鱗粉》の効果と合わせ、オークナイトを麻痺状態へと陥れた。
「今だよ! フララ、《野生解放》! ビートも一緒に、《激突》! ライムもお願い!」
私の指示に従い、フララは《野生解放》スキルによるステータス上昇を受けながら、《暴風魔法》を連発し、ビートもまた《激突》スキルによる体当たりから、尻尾の棘を利用した《槍》スキルの連続攻撃へと移っていく。
そこへ、更にライムを投げつけて、2体の攻撃の範囲外へと張り付かせる。
「おいで、ミニスライム隊《召喚》! からの、《アタックフォーメーション》! ライム、《強酸》! ムギ達は《酸液》!!」
ビートとフララの猛攻に加え、ダメ押しとばかりにスライム達による防御無視の特殊攻撃を浴びせかける。
もちろん、ビートも含めて召喚モンスター全員の攻撃力を高める、《アタックフォーメーション》によるサポートも忘れない。
いつもなら、ミニスライム達を全員繰り出すとそれだけで相手モンスターを覆っちゃうから、フララやビートも一緒に攻撃する時は出さないんだけど、今回は相手が大きいから、出し惜しみなしの本当に全力攻撃だ。
度重なる攻撃は、オークナイトの膨大なHPを着実に削っていく。
「ブモオオオオ!!」
けれど、そのまま倒しきれるほど、オークナイトは柔な相手じゃなかった。
麻痺が解けたオークナイトは雄叫びを上げ、纏わりついていたみんなをその強靭な腕で弾き飛ばす。
「みんな!!」
ただでさえ、高い攻撃力を持つオークナイトの一撃だ。打たれ弱いムギ達ミニスライム隊はもちろん、ビートまであっさりと倒され、ライムも《硬化》スキルによるDEF補正のない状態だったために、大ダメージを負ってしまう。
無事だったのは、主な攻撃手段が魔法だったために距離を取っていたフララと、元々レベル不足もあってロクな攻撃手段がなく、攻撃に参加していなかったフローラだけ。
私も無事と言えば無事だけど、ライムの護りが無い状態でオークナイトに対抗できるほど、私のプレイヤースキルは高くない。
麻痺が解けて自由の身になったオークナイトが私に迫り、巨大な剣を振り上げる。
もはや回避不能なその攻撃を目で追いながら、私は今回のクエストを受けることになった経緯を思い出していた。
「おばさん、頼まれてた物、買ってきたよー」
「あら、ありがとねえミオちゃん。これ、少ないけどお礼だよ」
「ありがとう、おばさん!」
クエスト:街へのお使い を達成しました。
3000G、《ジャガイモ》×3、《ニンジン》×3、《ムームーミルク》×3 を入手しました。
私はその日、いつものようにコスタリカ村の人達から受注できるお使いクエストをこなしていた。
何度もやっているともはや慣れたもので、報酬で何が貰えるかは完璧に把握してるから、視界の端で流れるインフォメーションを見向きもせず、私は帰ったらこれを使ってどんな料理を作ろうかと、そんなことを考えていた。
「あ、そういえばミオちゃん、さっき村長が探していたわよ」
「えっ、村長さんが?」
ただ、今日は少しばかり普段とは違った反応があったことで、私は驚きから目を瞬かせる。
何だろう、もしかして、一昨日持っていった料理が気に入らなかったとか? 流石にあのおばあちゃんNPCより美味しいってことはないだろうし、あり得るかも?
うーん、でも、《コスタリカの村人》の称号を得て以降、村長さんが私を見る目が孫か何かを見てるみたいに変わってきてる感じがするし、もしそうだったとしても、そこまで悪いようにはならないよね、多分。
「私は詳しいことは知らないけれど、村長にしては珍しく困っている様子だったから、出来るだけ早く向かってあげてね」
「分かりました、この後行ってみます」
「ええ、よろしく」
また明日ー、と手を振っておばさんと別れた私は、その足で直接村長さんの家へと向かう。
途中で出会うNPCの村人たちに挨拶され、それに愛想よく手を振ったりしながらも足早に駆け抜けていこうとするんだけど、ご飯が後回しになったからか、途中でライムが空腹を訴え始めたから、道中で通りがかったお店でサンドイッチを全員分買う。
ライムとフローラはともかく、フララはその口でどうやってサンドイッチを食べているのか。何度も直に見ているのに、相変わらず謎だ。
ともあれ、そんなことをして若干時間をかけつつも、特に何が起こることもなく無事に村長さんの家に辿り着いた。
「すみませーん、村長さん、いますかー?」
声をかけて、待つことしばし。「はーい」と柔らかな声で返事があり、いつものお婆ちゃんNPCが出迎えてくれた。
「あらミオちゃん、今日はどうしたんだい?」
「えっと、村長さんが私に話があるって聞いて」
もしかして間違いかな? と思ったけど、お婆ちゃんは少しだけ記憶を探るように視線を上に向けた後、何か思い出したのか、「ああ、はいはい、あれのことね」と呟いた。
「詳しい説明はあの人からして貰えると思うから、まずは上がってくれるかい?」
「はい、分かりました」
お婆ちゃんに案内され、いつもの茶室へと案内される。
そこには既に村長さんが待っていて、私を見るなり「座るといい」と促してくれた。
何度かやってるけど、未だに苦手意識の薄れない正座で村長さんの対面に座った私は、早速とばかりに用件を切り出した。
「村長さん、私を探してたそうですけど、どうかしましたか?」
「む……ああ、そうだな」
そう言うと、どういうわけか村長さんは若干不満そうな顔をした。
えっと、何か拙いこと聞いちゃったかな? と思って少し焦っていたら、ちょうどお茶を運んできてくれたおばあちゃんがクスっと笑みを零し、私にこそっと囁くように教えてくれた。
「あの人、ミオちゃんに『お爺ちゃん』って呼んで貰ったこと、よっぽど嬉しかったようでねぇ。出来ればまた呼んでやってくれないかい?」
「な、なるほど……」
村長さん、あんな強面で実は孫を溺愛するタイプだったのか。私孫じゃないけど。
なんて思いながら村長さんの方を見ると、お婆ちゃんが何を告げ口したのか察したのか、少しだけ苦々しい表情を浮かべていた。
「えっと……お爺ちゃん、遠慮しないで、困ってることがあるなら何でも言って? 私に出来ることなら、何でもするから」
「……そうか」
複雑そうな、けれども確実に嬉しそうな表情で不愛想にそう呟く村長さんに、思わず笑みが零れる。
そんな私を見て、村長さんは誤魔化すように1つ咳払いをすると、改めて本題について話し始めた。
「本当なら若い娘に頼むことでもないのだが、ミオの冒険者としての腕を見込んで頼みがある」
「な、なんでしょう?」
見込むも何も、この村を拠点にしてる冒険者って私とクルトさんだけだし、そのクルトさんも農地経営してるばっかりで戦闘に向かうところなんて見たことないし、私以外に頼る人いないだけだよね、とは思うけど、口には出さない。
いやまあ、これってゲームだから、私以外にプレイヤーが住んでいたとしても、条件さえ満たせば全員同じ口説き文句で頼まれるんだろうけどさ。
「ミオはよく、この村の者達から街への買い出しを頼まれているようだから、既に気付いておるかもしれんが……これまで、街からこの村へ度々訪れていた行商人が、ここのところ姿を見せなくなった。どうやら、この村までの道に厄介なモンスターが出現しているらしい」
「ああ、はい、聞いてます」
普段の買い物だと特に何も言われないけど、この村のクエストでお使いに行くと、ちょくちょく向こうのお店の人がそういう話を聞かせてくれてたから、言われるまでもなく知ってる。
ちょっと気になって、ポータルを使わずに何度かグライセとコスタリカ村を行き来したりもしてみたんだけど、やっぱりクエストを受けないと現れないのか、そういったモンスターの影も形も見えなかった。
だから気にすることもないかと思ってたんだけど、やっぱり村長さんもそのことを知って、問題視してたらしい。
「街へと依頼を張り出したところで、それを冒険者が手に取り遂行してくれるまで、何日かかるか分かったものではない。今のところは大きな被害もないが、もしこれ以上行商人の足が遠のいてしまえば、この村は立ち行かなくなってしまうかもしれん」
深刻な表情でそう告げる村長さんに、私も知らず知らずのうちに緊張から背筋が伸び、無意識のうちに拳を握りしめていた。
「どうか頼む、街道に現れるというモンスターを仕留め、この村を救って欲しい」
「分かりました、私に、ううん、私達に任せてください!」
いくらゲームとは言え、この村にも結構愛着はあるし、その危機と言われるとやっぱり放っておけない。
村長さんの言葉に、待ってましたとばかりに胸を叩く私に合わせ、ライムにフララ、フローラもまた、私を真似るようにそれぞれ村長さんに頷きを返した。
クエスト:コスタリカ村の危機
内容:オークナイト1体の討伐 0/1
※村長に認められた者以外クエスト参加不可
「ありがとう。だが、お主もまた、この村の大事な一員だ。いつまでも放置しているわけにはいかない問題だが、さりとて今日明日中に村が無くなるわけでもない。焦って無理をするでないぞ」
「はいっ!」
最後に村長さんからそう言って優しく釘を刺され、私は笑顔で頷く。
こうして、私はあのモンスター……オークナイトに挑むことになったのだった。