第105話 勘違いと三角関係?
「んで、お前らはこの先のボスに用があるんだったな。もう行くのか?」
「うん。ラルバさんも来る?」
私とフレンド登録を交わし、若干疲れた様子で問いかけて来たラルバさんに、私は何気なくそう誘ってみる。
後ろで、リッジ君が慌てて何か言おうとしたようだけど、それよりも早くラルバさんが口を開く。
「いんや、俺はボスはいいや。あれもあれで、初戦闘なら燃えるんだが、一度勝った後はな。プレイヤーと違って手強くなるわけでもねェし、イマイチ面白くねえ。経験値的にも、あんまり美味い相手じゃねェしな」
「そういうものなんだ?」
「ああ。まあ、だからってプレイヤーばっか相手してたんじゃ育たねェから、どうしたってモンスター相手の戦闘は要るがな。プレイヤーより面白れェボスもいないことはねェし」
なんていうか、ラルバさんってやっぱり、生粋の戦闘狂なんだなぁ。お兄もそっちの気はあるけど、その辺りは間違いなくラルバさんの方が上だよ。
「というわけで、ボス戦前の前哨戦ってことで俺と……」
「却下」
「チッ」
代わりに、お兄の方がずっと常識人だけど。
いや、お兄も大概常識外れな気がするんだけど、おかしいなぁ……
「まあいいや、そんじゃあまたな《鉱石姫》。他の2人も、まあなんだ、俺はともかく、ユリアとは仲良くしてやってくれや」
用は済んだとばかりに立ち上がると、ラルバさんは雑に手を振りながら、PKトリオが逃げて行ったのと同じ、《北の山脈》に出る方に向かって歩いて行った。
全く、あの人は……そんなにユリアちゃんが心配なら、一緒にやってあげればいいのに。いや、前に見た様子からすると、たとえそう言ったとしてもユリアちゃんの方が拒否するか。
本当、ユリアちゃんといいラルバさんといい、素直じゃない兄妹なんだから。
「あれが《狂獣》か……何と言うか、変わったPKだったな」
「本当にね。いやまあ、私、さっき見たPKトリオとあの人しか、PKって知らないんだけどね」
しみじみと呟くネスちゃんに、私は苦笑を浮かべつつも同意の意味を込めて1つ頷く。
すると、それを切っ掛けにようやく緊張の糸が切れたように、リッジ君が溜息を零した。
「はあ……ミオ姉、PKがみんなあんな風だと思ったらダメだよ? 普通はもっと陰湿で性質が悪いから」
「あはは、私も流石にあれが普通だとは思ってないから、大丈夫だよ」
流石に、トリオにしてもラルバさんにしても、あれが普通のPKだとは思いたくない。色んな意味で。
「ていうか、リッジ君ってそういう普通のPKに会ったことあるの? 何だか詳しいけど」
「え? いや、そういうわけじゃないけど……ほら、ネットの評判とか色々あるからさ。ミオ姉、人が良いから心配で……」
私がふとした疑問を零すと、リッジ君は歯切れ悪くそう答える。どうやら、MWOのためにあれこれ調べているうちに、そういったマイナス面の情報が根付いてPKに対する印象が悪くなってたみたい。真面目なリッジ君らしいというかなんというか。
「大丈夫だよ、私も無条件で信じてるわけじゃないし。それに、PKが悪い人なのは間違ってないしね。ただ、PKだからって、あまり一括りに考えるのは良くないよ? ユリアちゃんとか、良い子なのはもう分かってるでしょ?」
PKだけじゃなくてPKKにもあまり良い印象がないのか、リッジ君とユリアちゃんってよく衝突してるしね。
実力はお互い認め合ってる節があるし、嫌い合ってるわけでもないんだけど、もう少し仲良くしてもいいと思うんだよ。
そう思いながら、リッジ君の頭を撫でてあげると、リッジ君は少しバツが悪そうに頷いた。
「まあ、うん……少なくとも、ユリアが悪い奴だとはもう思ってないから大丈夫だよ。ただまぁ……ちょっと譲れない物があるだけで」
「譲れない物?」
「な、何でもない!!」
ただ、その後の反応がちょっとばかり思ってたのと違ったけど。
ちょっとリッジ君、なんでそこで顔が赤くなるの? 照れる要素が一体どこに……はっ、リッジ君、まさか……本当はユリアちゃんのことが好きなんじゃ!? そういえば男の子って、好きな子には逆に突っ掛かっちゃうってよく言うし、リッジ君も実はそのタイプ!?
ど、どうしよう、ネスちゃんはリッジ君が好きで、リッジ君はユリアちゃんが好き。これってあれじゃん、三角関係ってやつじゃん!!
可愛い弟分の恋は応援してあげたいけど、それでネスちゃんが悲しむのは見たくないし……ああもうっ、私はどうしたらいいの!?
「えっと、ミオ姉、どうかした……?」
「本物のゴーストにでも取り憑かれたか……?」
頭を抱えて悩んでいたら、リッジ君にはさっきまでとは別の意味で心配され、ネスちゃんには不審者を見るような目で見られた。
いけないいけない、衝撃の事実に驚いて、ついつい変な行動取っちゃってた。
「あはは、ごめんごめん、ちょっとリアルでご飯用意しておくの忘れてて……うちのお兄、自分でご飯作れないから」
一応、お兄も自分でちゃんとお湯沸かせるようになったわけだから、放っておいても問題ないかと思って用意してなかっただけなんだけど、ちょうどいいから言い訳の種に使わせて貰おう。
ごめんお兄、リッジ君達の前ではもうしばらく、家電もロクに使えないダメ兄で通させて貰うね!
「えっ、それ結構大変なんじゃ? というか、言われてみればもうこんな時間か」
「むっ、スケルトン部屋の殲滅作業と、今しがたの《狂獣》やPKとの邂逅で、思った以上に時間を食ったようだな。少し早いが、料理するというならそろそろか?」
メニューから現在時刻を確認してみれば、午後6時だった。ネスちゃんの言う通り、そろそろ用意しないと晩御飯に間に合わない。
……料理するなら、だけど。
「うーん、今から《北の山脈》の方に戻るのと、ボスまで倒して《バルロック》に抜けるの、どっちが早いかな?」
「もちろん《バルロック》だ! ボスを吹き飛ばして我らの武勇を示し、街に凱旋するのだ!」
「いや、凱旋する時間はないから」
「何を言う、凱旋は大事だぞリッジ! こう、カッコイイだろう!?」
「まあ、それは分からないでもないけどさ」
リッジ君に呆れられながら、それでも会話するのは楽しいのか、ネスちゃんは笑顔で話しかけてる。
リッジ君はリッジ君で、そんなネスちゃんにやれやれと肩を竦めつつも、なんやかんやで楽しそうだ。
うーん、今はネスちゃんのこと、手のかかる妹か何かみたいに思ってそうだけど、女の子だって自覚したら案外リッジ君も好きになっちゃったりするんじゃないかなぁ。
もしそうなったら、リッジ君は両手に花状態? いやいや、それはそれでよろしくないね、本当にどうしよう。
「ミオ、何をしているのだ?」
「早くしないとキラ兄が待ちくたびれて餓死しちゃうよ?」
「あ、うん、ごめんー」
呼ばれて、私は考えていたことを頭を振って追い出すと、私は2人を追って歩き出す。
まあ、こればっかりは私がとやかく言ってもしょうがないしね。本当にみんなが困るような事態になったら、その時にちゃんと手助けしてあげればいいかな。
そう考えながら、私達はついに《バルロック》へと続く道の最後、フィールドボスの出現するエリアまで辿り着いた。
「っ……来る」
若干薄暗い、それまでの通路に比べて開けた空間。そこに立ち入ると同時に、いつもと同じエリアが切り替わる感覚が襲う。
薄暗い洞窟の端から順に松明の炎が灯り、その空間が明るく照らされると同時、怨霊の雄叫びのようなものが空間内に響き渡る。
「上だ!」
ネスちゃんが叫ぶのに一瞬遅れて、私とリッジ君も上空を振り仰ぐ。
すると、照らされた洞窟内にも関わらず闇に閉ざされた洞窟の天井から、白い塊が降って来た。
土煙を上げながら地面に降り立ったそれは、全身が骨で構成された不気味なモンスターだった。
体の造りは蠍のように見えるけど、その両腕の先についているのは物を掴むための鋏ではなく、ただ命を狩ることに特化した鋭利な鎌。尻尾の先は今まで見たどんな槍よりも鋭く太く、毒みたいなのがない代わりにどんな盾も鎧も易々と貫きそうだ。
「ギシ、ギシギシ……ギシャアアアアア!!!」
奇怪な叫び声と共に、鎌を振りかざすそれの名は、デススコーピオン。
亡者蠢く《ゴスト洞窟》の主にして、最後の門番だった。