第104話 追われるトリオと狂獣テイム?
フローラとの激闘(?)からようやく立ち直った私達は、やっとの思いで《ゴスト洞窟》の攻略を再開した。
とは言え、ここまで来たら後はボス戦を残すのみだから、時間の浪費はほとんど誤差みたいなものだけどね。
けれど、階段を降り、残るはボスへと続く一本道のみとなった時、《感知》スキルに反応があった。
「あれ? 2人とも待って! この先に誰かいる」
慌てて前を行く2人を呼び止めると、さっきPKの話をしたからか、2人共すぐに私の言葉に反応し、ネスちゃんが杖を構え、リッジ君はそんなネスちゃんを庇うように前に出る。
うん、こんな時だけど、ああいう行動を自然と取れるからリッジ君はモテるんだろうなぁ。
と、そんな風に考える間に、私もまた戦闘体勢を整えるため、フララにみんなのバフを頼み、自分は腰から鞭を引き抜く。
それがちょうど終わる頃。《感知》スキルの反応の主達が、ついに姿を現した。
「ひいいい!! 助けてくれーー!!」
「まさか《死神》よりもヤバイやつにこんなところで出くわすなんて! やっぱりこんな洞窟来るんじゃなかったわ!」
「行こうって言ったのアランさんっスけどね! ……って、あっ」
その3人組は案の定というべきか、私がさっき会った、不良崩れな衣装を身に纏ったPKトリオ。ただ、どうにもHPが随分削られているようで、瀕死の有様だった。
私は特にダメージを与えてないはずなんだけど、何があったんだろ? 《死神》よりもヤバイやつって……?
「ミオ姉から居るとは聞いてたけど、まさかそっちからやって来るなんてね」
「探す手間が省けたな。さあ、大人しく我が業火に包まれ死に絶えるがいい!」
ただ、そんな違和感は何のその、PKなら吹っ飛ばしちゃえば一緒だとばかりに好戦的なリッジ君とネスちゃんは、魔法やアーツを発動するため武器を構える。
容赦ないなぁ、2人とも。いや、相手はPKだし、別にいいんだけど。
「ひえぇ!? 前門の虎、後門の狼、もうおしまいだぁ!」
「やっぱりあの時、無理矢理突破してでも《北の山脈》の方に抜けるべきだったわ! 誰よ《バルロック》の方に逃げようなんて言ったの!!」
「そんなことどうでもいいっス! それよりも早く、いつものやるっス!」
「ああ、そうだな、こうなりゃもうアレしかここを切り抜ける手段はねぇ!!」
イマイチ状況が呑み込めないけど、PKトリオの会話を聞くに、何かに襲われて瀕死になって、そのままこっちに逃げて来たみたい? けど、その決死の表情を見るに、まだ諦めてはいなさそうだ。追い詰められた獣ほど怖いものはないって言うし、気を引き締めないと。リッジ君達も同じことを思ったのか、何が来てもいいように油断なく構える。
そんな私達を前に、PKトリオは一列に並び、武器を前に出すと……
「「「すみませんでしたぁぁぁぁ!!!」」」
そのまま放り捨て、全力で土下座を慣行していた。
「……は?」
ぽかーんと、口をあんぐりと開けて固まる私達の誰からともなくそんな声が漏れ、発動待機中だったアーツや魔法が霧散する。
私も流石について行けないんだけど、本当に何事なの?
「前にPKしたことは謝るっ、だからこの場は見逃してくれ!」
「というか僕らに構ってないでアンタらも逃げた方がいいっス! アイツに目を付けられたら、もう二度とMWOをまともにプレイできないって噂なんスから!!」
「そうよそうよ、だからこうしちゃいられない、私達はもう逃げるからだからそこ退いてくださいお願いします!」
「「お願いします!!」」
「えーっと……」
PKに命乞いされるっていう、ある意味リアルだけど普通ならあり得ない光景に呆然とする私達。
そんな、どうしたらいいのか分からず戸惑っていた思考を再び始動させたのは、PKトリオの更に奥から聞こえてきた別の声だった。
「……よぉ、何もそこまでビビるこたねェだろうよ、俺は確かに気に入った獲物にゃ粘着したりもするが、おめェら程度の連中なら一度喰ったらもういらねェよ」
「えっ……」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこに居たのは大剣を肩に担いだ1人のプレイヤーキラー。
前に会った時は、本当に人を殺してそうな目付きの悪さと、純粋に戦いを楽しむ狂気の笑みを浮かべていた印象が強かったけど、今はそれも鳴りを潜め、呆れの色を滲ませている。
そして、そんな彼の目がふと、土下座をしてるPKトリオから、その対象である私達……もっと言えば、私の顔に固定された。
「あん? そこに居るのは《鉱石姫》か? こんなところで何してんだ?」
「それはこっちのセリフなんだけど……何してるの? 《狂獣》さん」
ユリアちゃんの実の兄にして、お兄の喧嘩友達。
プレイヤーキラーのラルバさんが、意外な物を見たかのような顔で、そこに立っていた。
「なるほど、畑作りのための肥料を作るためのスケルトンの素材を集めに来たと……何だか面倒臭そうなことしてんなァ」
「そうかな?」
やってみると結構楽しいんだけどね、畑作り。
取り敢えず、私達とラルバさんの間で身を寄せ合ったまま固まってるPKトリオのことは放っておいて、お互いの事情を話し合った。もちろん、ユリアちゃんのお兄さんだってことも含めて。
もっとも、ラルバさんはいつも通りというか、適当に戦い甲斐のある相手を探してただけみたいだけど。
「なるほど、強い相手を見つけては問答無用で勝負を挑み、通常のプレイヤーだけでなくPKにまで恐れられているという《狂獣》の二つ名を持ったPKがいるとは聞いていたが……ふっ、お前のことだったのか。まさかユリアの兄だったとは驚きだな」
「まあそんなとこだ。俺も獲物の選り好みばっかりしてちゃレベルが上がらねェからな、弱い者イジメは趣味じゃねェが、PKなら腹は決まってるだろうと見つけ次第キルすることにしてんだが……今回は大外れだったな、俺を見ただけで逃げ出すとは……まあ、適当に遊んだ帰り道にちっと寄ってみたら偶々見つけたってだけだし、PKだからって期待し過ぎたな」
やれやれと肩を竦めるラルバさんだけど、その目にはチロチロと、まだ僅かながら戦意の炎が灯っているようにも見えた。
そしてそれを裏付けるかのように、その目が再びギロリと私に向く。正直、その目は結構怖いからやめて欲しいなぁ。
「けど、お前がいるなら話は早いぜ《鉱石姫》。今日は《鉄壁騎士》のヤツはいねえみてェだが、それなりに食い応えのありそうなフレンドも連れてんじゃねェか……せっかく会ったんだ、ちょっと殺り合おうぜ?」
「……ミオ姉、下がって、ここは僕が……!」
「ううん、大丈夫だよリッジ君」
私とラルバさんが和やかに(?)会話してる間も、一瞬も気を抜いてなかったリッジ君が、いつかのお兄みたいに1人で相手取ろうとするけど、私はそれを遮って、一歩前に出る。
「あの人の相手なら私1人で十分だから」
「えっ、ミオ姉!? いくらなんでもそれは……!」
「そうだぞミオ、たった1人で強敵と立ち向かおうなど、そんなカッコイイシチュエーションを独り占めするなんてずるいぞ! 我にもやらせろ!!」
「ネスはもうちょっと緊張感持って!?」
斜め上の理由で私の暴挙を止めようとするネスちゃんに、リッジ君がツッコミ役となってやいのやいのと騒ぎだす。
うーん、やっぱりこの2人、結構相性バッチリだよね。
「ぷっ、ククク……ハハハハ!! いいねェ《鉱石姫》、やっぱお前はおもしれェ、俺と1人で殺り合おうなんて言い出すヤツは《鉄壁騎士》以来だ!!」
「あ、いや、勘違いしないでよ、私戦うつもりはないから」
「んなぁ!?」
テンションMaxで口上を垂れていたラルバさんだけど、私の一言を聞いてズッコケそうになる。
いやまあ、あれだけノリノリになってたところにそう言われたら分からなくもないけど、そもそも私、相手するって言っただけで、一言も戦うなんて言ってないし。
「じゃあ何だよ、言っておくが俺を舌先三寸で引っ込まそうなんて考えたって無駄だぞ? 大体……」
「ユリアちゃんに言いつけるよ?」
あーだこーだと言い始めたラルバさんに、にっこりと笑いながらそう告げる。
その名前には流石に無反応ではいられなかったようで、ラルバさんはピクリと一瞬だけ言葉に詰まった。
その反応に手応えを感じた私は、再度、よく聞こえるように同じ言葉を繰り返す。
「私達に手を出すと、ユリアちゃんに言いつけちゃうよ?」
「……お前な、俺を誰だと思ってる? お前がユリアのヤツとフレンドになったのはそりゃ知ってるが、それとこれとは話が別……」
「本棚の上から三段目、左から10冊目の大学ノート」
「あ? 何の話……ッ!?」
私が具体的な“人質”の在り処について告げると、サァっと、アバター越しでも分かるほどにラルバさんの表情が青くなる。
ふふふ、やっぱりそうなんだ。
「ま、待て、どうしてテメェがアレのことを知ってやがる!? アレは俺しか知らないはずで……!!」
「ユリアちゃんはとっくの昔から知ってたみたいだよ? 私が襲われたって知ったら、ユリアちゃんの口が軽くなって、その内容までポロっと喋っちゃうかもね?」
「ぬああああ!! ユリアのヤロウーー!! なんて情報バラしてやがるーー!?」
私が意味深に微笑みながら種明かしをすると、ラルバさんは絶叫して頭を抱え、その場に蹲った。
何が何だか分からない様子のリッジ君やネスちゃん、PKトリオを置き去りにしたまま、私達の交渉は続く。
「だ、だがまだ甘ぇ! もしユリアに知られていたとしても、アイツに他人に触れ回るような社交性の高い真似が出来るわけがねぇ!」
「確かにユリアちゃん、人見知り激しいもんね。でも、私には結構色々と喋ってくれるようになったわけだし、私は人と話すの苦手じゃないからね? 今は具体的な内容は何も聞いてないけど、もし教えて貰えたらその時は……ふふふっ、お兄辺りに教えたらどうなるかな?」
「やめろぉぉぉぉ!! いや、やめてください《鉱石姫》様ぁぁぁぁ!!」
意味深に微笑んで見せると、ラルバさんは大いに慌ててその場で大剣を捨て、地面に頭を擦りつけ始めた。
うん、正直ユリアちゃんの威を借りてる感じで情けなくもあるんだけど、それでもここまで反応されるとは思わなかった。やっぱりラルバさんって、お兄とよく似てるよね。喧嘩友達になるのも分かるよ。
「それじゃあ、私達には手を出さない?」
「出さない、出さないから!!」
「どうしてもしたい時は、時間がある時に決闘でね?」
「わ、分かった、従うぜ!! だからさっきのことはどうか内密に……!!」
「うん、じゃあ、秘密にする代わりにフレンド登録しようか?」
「へ? い、いや、俺はフレンドは持たない主義で……」
「喧嘩売られたってユリアちゃんにフレンドメッセージでも飛ばそうかな……」
「分かった、分かったから!! フレンドでもなんでもなってやるよ!!」
「ふふふ、素直でよろしい」
フレンドになっちゃえば、マップから相手の現在地を逐一追えるようになるから、私のフレンドに手を出されたらすぐ分かる。そういう意味で、ラルバさんに一種の首輪をつけることが出来るわけだ。
まあ、フレンド以外が相手だったり、そもそも私がINしてない時は分からないんだけど……あんまり縛り過ぎてもラルバさんに悪いし、身内に迷惑が掛からないならそれでいいや。強い人とPKにしか喧嘩売らないって言うし、襲われる人も有名税だと思って諦めて貰おう。
あ、お兄に対しては今まで通りでいいか。頑張れお兄、ラルバさんの相手は親友のお兄に任せた。
「ミオ姉、少し話しただけで最凶のPKを土下座させてる……」
「これもまたテイマーの素質という物なのだろうか……? ううむ、流石ミオ、我の想像の遥か上を行くな」
リッジ君とネスちゃんが、何だか呆れと感心の入り混じった微妙な表情で私を見てる。
いや、別にそこまで大したことはしてないよ? ユリアちゃんからちょっとした弱みを教えて貰ってただけで。
「やべぇよなんだよあいつ、《狂獣》を手懐けちまったぞ!?」
「どどどどうすんのよ、私達あんな化け物に手を出しちゃってたわけ!?」
「おおお落ち着くっス! 今なら会話に夢中だから、今のうちに逃げるっスよ!」
そして、何だか必要以上に怯え切った様子で、丸聞こえの相談を始めたPKトリオ。
全く、誰が化け物よ? 私別にそんな恐ろしいプレイヤーじゃないんだけど?
そんなことを思いながら、ジロっと少し睨んでみると、「ひいいい!!」なんて面白いくらい震えあがって、一目散に逃げ出して行った。
うん、あんまり怖がられるのも悲しいけど、あの人達は反応が一々大げさだからこれはこれで楽しいかも。
「あ、逃げた」
「ミオ、どうする? 焼き払うか?」
そのあまりにも情けない逃げっぷりから、最初の好戦的な態度はどこへやら、すっかり興味を失ってしまったらしい2人がそうやる気のない態度で私に問いかけて来るけど、私としてもぶっちゃけ、あの人達はどうでもいいんだよね。
「まあ、放っておけばいいと思うよ?」
だから、軽い気持ちでそう答えると、2人もまた、まあいいか、という顔で頷きを返してくれる。
この判断が、後にとんでもなく予想外の形で私に返って来るんだけど、この時の私はまだ、そんなこと知る由もなかった。
関東圏に住んでいればまた違うのかもしれませんが、書籍化作業って中々時間がかかりますね……
特に連絡やら何やらのやり取りで時間が……(まあこれはどこに住んでいても変わらない気もしますが)




