39歩目 呆気なく終わったが何があったのかを考えると憂鬱になる
その後、特に誰かが飛び出してくるという事はなかった。
おこした火に、屋根から抜き取った茅をかざして火を付ける。
それをあらためて竪穴式住居にくべて燃やしていく。
木材と茅による家は、呆気なく簡単に燃えていった。
次々に火があがり、あたりに熱気がひろがっていく。
中に誰かいるかを確かめる事なく、ただひたすらに住居を燃やしていく。
例え誰かが残っていたとしても、それで躊躇うような者は今はいない。
先ほど住居の中にあったものを見て、残ったかすかな遠慮や躊躇いは無くなった。
その途中で、住居の中から誰かが出て来る事もあった。
炎の熱さに耐えられなかったのだろう。
そんな者達には遠慮無く矢が放たれていった。
地面に倒れ伏した者達は、石斧で止めをさされ、燃え上がる炎の中に放り込まれる。
全部で四回そんな事が行われ、それで集落の掃討は完了した。
ヒロフミの予想は若干外れていた。
もう暫く待てば襲撃者達はほとんど動けなくなるだろうと思っていたが、そうではない。
もう既にまともに動ける者はいなかったのだ。
生き残っていたのは全部で五人ほどだったようで、それ以外はもう亡くなっていた。
もしかしたら生き残ってる者もいたかもしれないが、それらも動けなくなるほどに衰弱していただろう。
もう少し放置していれば、それがほとんどではなく全員になっていたはずだ。
かろうじて動ける者達もやがては衰弱し、そのまま自然に潰えていただろう。
それ程までに逼迫していたのだ。
もはやそれは壊滅と言ってよい状態だった。
人がいるという意味では、住居や拠点とは言えたかもしれない。
しかし、人が助け合って生きる場所を集落というなら、その機能は消滅していた。
今に始まった事ではなく、かつて他人の田畑を不当に強奪した時に。
それを掣肘する事なく認めた時に。
助け合いというのはその時に既に消滅している。
その代わりに登場したのは、一方的な搾取だった。
そんな状態が長く続くわけもない。
数年前まで、田畑を耕す者達が残っていた時までは何とか保っていたが。
それが失われた時に全てが終わったのだろう。
残ったのは、自ら何も生み出す事のない者達であった。
他人から奪う事しか出来なかったそれらは、最初は集落の中で、やがては集落の外に向けてそれを行っていった。
それでも手に入れるものは少なく、次々と多くの者が倒れていったに違いない。
やがてそれが最後の生命線になったのだろう。
────状況から推測出来るのはそんな事だった。
残された数少ない記録などは回収し、住居などは悉く焼き払っていく。
無人の家も例外なく全てを。
痕跡があった事を消し去りたい、という思いも多少はあったが、それ以上に伝染病などが怖かったからである。
その用途については考えたくないが、遺体が家の中に運び込まれていた事だけでも問題だった。
当然ながら、腐敗して細菌が蔓延してる可能性がある。
一カ所に安置されていたならまだ良いかもしれないが、あちこちの家に引きずり回されていたらどの家も細菌が充満してる可能性がある。
確かめる手段は無いが、だからこそ最悪の状況を想定して対処するしかない。
最も手っ取り早い殺菌消毒の手段として燃やすしかないのだ。
荼毘も兼ねた炎で集落を浄化するしかない。
荒っぽいが、他に方法が無かった。
そうして全てを灰にするしか、この場所の安全性を確保する手段がない。
憂鬱な作業が終わり一日が経過する。
次の日がやってきて昼になる頃に、川上と川下から代表者がやってきた。
集落の様子を確かめ、住居に火を放つ時点でそれぞれに使者を送っておいたのだ。
馬によって移動した彼等は、徒歩の時とは比べものにならない早さで到着し、事情を伝えたという。
そして今、派遣された両方の使者が元の集落にやってきていた。
彼等は集落の様子を見て絶句していく。
「何とまあ……」
「本当に全部燃やしたんだな」
話には聞いてたはずだが、実際に目で見た印象はかなりのものだったのだろう。
そして、それを非難するよりも、灰の中にまだ残ってる焼け焦げた遺体を見て絶句する。
伝えられたは暗視が本当だと理解したのだろう。
焼け残ってるそれらの一部が欠損してる事も、おぞましい説得力を補強していた。
「とにかく、これをどうにかしないとな」
「ああ。
話し合いはその後だ」
何人か連れてきた者達と共に、穴を掘っていく。
遺体を入れるための。
人数が足りないので増援をよこすよう、あらためてお使いも出した。
ともかく、落ち着いて話しあうためにも、片付けるべきものを片付けねばならなかった。
何せこれから、この集落をどうするのかを決めねばならないのだから。




