38歩目 事態は思った以上に酷かった
「それじゃ、行こう」
集った者達を見渡し、先頭に立って歩いていく。
弓を手にする者、石斧を持つ者、馬に乗る者。
それぞれが与えられた役目に則って動き出す。
総勢七十人になる軍勢は、川上の集落に集まってから元の集落へと向かっていった。
全員緊張している。
これまで悪辣な所行を平然とこなしていた連中の所へと向かうのだ。
緊張して当然だろう。
何せ、物を奪うだけでなく、それを阻止しようとした者達に平然と襲いかかってくるのだ。
そんな連中の所へと攻め込むのだから、相当な損害を覚悟せねばならない。
奪いに来る時もかなりの獰猛さを破棄した連中である。
自分の居所を守る為なら、それこそ死にものぐるいになるだろう。
かなり衰弱してるとは思うが、窮鼠猫を噛むである。
生存本能が爆発した場合にどんな行動に出るのかさっぱり分からない。
どれほど慎重になってもしすぎるという事はないように思えた。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
拍子抜けするほど呆気なく元の集落に一行はたどり着く。
ここまで警戒らしい経過も見あたらない。
集落に入っていっても、誰かが飛び出してくる事も無い。
「誰も出てこないな」
「どうしたんだ?」
疑問の声があちこちからあがる。
それらにヒロフミは、
「油断するな」
と注意する。
「もしかしたら、物陰から奇襲をかけてくるかもしれない。
死角から狙われないように注意しながら進むんだ」
確実に安全と分かるまで油断は出来ない。
しっかりと確実に進んでいく。
住居の陰に何かが潜んでないか、丈の高い草の中に誰かが隠れてないか。
家の戸口から飛び出してくるかもしれない。
とにかく見えない部分への警戒を怠れなかった。
家の中にも誰かがいるかもしれないと注意もしていく。
潜むならそこが一番手間がかからない。
最も警戒される場所でもあるが、外から中の様子が分からないというのは十分脅威だ。
ただ、竪穴式住居なので、やろうと思えば中を覗くのは難しくもない。
壁でなく上から下まで茅葺きになっている。
それを外せば中を確認する事は簡単だった。
入り口から中に入る必要もない。
どうせ攻め込んできたのだからと遠慮無く茅を外していく。
もちろん全部を外す必要は無い。
中を確かめる事が出来ればそれで良かった。
そうして一軒ずつ中を確かめていく。
「……いない」
「こっちもだ」
「おい、ここもいないぞ」
そんな声があちこちから出てくる。
もとより人口低下により空き家もあるだろう。
しかし、人の気配がこうも少ないのも不可解だった。
他の集落を襲撃し、迎撃から逃れて帰還した者達が潜んでるはずだ。
それ以外にも、集落で待機してた者達だっているはずである。
それが何人かは分からないが、確実に誰かはいるはずだった。
一軒一軒調べていきながら、それらとの遭遇に備えていく。
そうしていくうちに、一軒の家で反応があらわれた。
「うわっ!」
驚きの声があがる。
何事かとそちらに目を向けた者達は、家の中から出て来る不格好な人影を見た。
かなり素早く動いてるそれは、しかし人間のものとは思えない動きをしていた。
四つん這い、というか、腕を地面につけて走っている。
ゴリラが地上を歩くときに似ていた。
それよりも更に歪であるが。
「なんだ……」
目にしたヒロフミは驚くというよりおぞましさを感じた。
人間は二足歩行で移動するものである。
状態や状況により他の体勢で動く事もあるが、一番楽に動けるのは二本の足で立ってる状態のはずだ。
それが、両手をついて移動してるのである。
見慣れないのもあるだろうが、不自然な体勢になっている。
それが歪さを感じさせた。
本来のあり方と違った形をしていたり、無理な事をしてるとどこかに違和感が出る。
ヒロフミ達から逃げてる者には、明らかにそんな違和感があった。
どうしようと思ったが、無視するわけにもいかない。
「止まれ!」
とっさにそんな言葉が出る。
もちろん止まらない。
相手はさっさと逃げていこうとする。
「止まらないと撃つぞ!」
なおも制止を命じる。
止まらせてからどうするのかも考えず。
しかし、相手がそれでも止まらないのを見て、ヒロフミは弓を構え、矢を放った。
狙い誤たず相手に当たる。
鏃がついてる訳でもない、先を極力尖らせただけの棒なので貫通力はそれほどでもない。
それでも矢は相手にあたり、突き刺さる。
体から矢をはやした格好の相手は、それでも何とか逃げだそうと走り続ける。
そこにヒロフミ以外の者が放った矢が突き刺さる。
更に三本目が、そして四本目が飛んでいく。
何本も射貫かれた者は、それでも何歩か進んでいったが、そこで力尽きて倒れた。
誰もがそれで少し安心した。
脅威が確実に一人取り除かれた事で。
しかし、すぐに別の驚愕が一同を襲った。
「おい、これ……」
何者かが飛び出して来た家の中を見た者が蒼白になっていく。
いったい何が、と思って同じように家の中を見た者達は、すぐに顔を背けていった。
茅を外して中を見れるようにしたり、戸口から中を覗いたりとやり方はそれぞれだが、結果は同じだ。
そこにあった者を見て、誰もが吐き気を催した。
ヒロフミも例外ではない。
「なんだ、これ……」
そう言って家の中にあったものを見ていく。
そこには横たわった人が並んでいた。
人だった、と言う方が正解であるが。
どれもが、息をしてないのが見て分かる。
生きていれば確実にある呼吸の動きがない。
全く何も動かずに停止している体を見て、それらが全て亡くなってるのが分かった。
だが、それだけが異常なのではない。
不思議な事に、横たわってるものはどれもが欠損していた。
部位は様々だが、確実に体の一部が失われている。
いったいどうして、と思ったがすぐにとある可能性が頭に浮かんだ。
乏しい食料と、残り少ない人間。
それに対して、数は多くなっていく亡くなった者達。
予想するにしても最悪の事態である。
「……嘘だろ」
信じたくなかった。
だが、その可能性が最もありえると思えた。
この状況で食いつなぐ為の、おそらく唯一の手段について考えると、それしかあり得ないと思えた。
口に出すのもおぞましい行為を。
そこまで追い詰められたのかと思い、そんなところにまで落ちぶれたのかと呆れる。
全ては彼等自身が招いた結果なので同情も哀れみもしない。
ただ、行き着いたはてに行った食糧確保の手段に吐き気とは別のおぞましさを感じた。
同時に、そんな所まで堕落せざるえなかった連中への怒りがこみ上げる。
(もう駄目だな……)
生き残りが何人いるか分からないが、例えいたとしてもそいつらとは相容れないと悟る。
「みんな────」
どうにか立ち直り、周りにいる者達に指示を出す。
「もうこいつらと一緒にやっていく事は出来ない。
絶対に無理だ。
皆はまだ同情するかもしれないけど、もうそんなの捨ててくれ。
俺はこいつらとは絶対に一緒にいたくない」
それを聞いて、大半の者は頷いた。
頷かない者も否定はしなかった。
「だから、誰か見つけたら始末してくれ。
絶対に容赦をするな」
周りからぽつりぽつりと返事がくる。
どれもが承諾を伝える声だった。
拒否する者は誰もいない。
それを見てヒロフミは更に指示を出す。
「この家……」
倒れた者達が横たわっていた家を指し、やるべき事を口にする。
「燃やしてくれ。
徹底的に。
他の家もだ。
中に何がいようといまいと関係ない。
ここにあったもの全部を燃やすんだ」
拒否する者は誰もいない。
ただ、黙々と作業が始まっていった。




