36歩目 働き者はありがたいが、その逆となると
「こりゃ凄いな」
馬に装着した鋤によって、土地がどんどん開墾されていく。
鋤の威力は大きく、人間よりも簡単に土をおこしていった。
それを見て集落の者達は、動物捕獲に抱いていた疑問を消滅させた。
食用以外で動物を飼う事の意義を理解する。
百聞は一見にしかずと言うように、果てしなく繰り返される説明よりも、実際に目で見て体験する事に勝る説得力は無かった。
集落の者達は馬の有用性をいやというほど理解した。
それまでヒロフミのやってる事への懸念や疑念などを忘れて。
出来ればこちらに貸してくれないかと言ってきた時、さすがに切れた。
「ふざけんな!」
と一喝したのもやむをえまい。
それに、集落の者達より先に貸さねばならない者達がいる。
「まずは元の集落から来た連中だ。
こいつらの田畑を作らなくちゃならねえ」
至極ごもっともな言い分に、集落の者達も否とは言えなかった。
脱出してきた者達の食い扶持をしっかりと確保しなくてはならない。
そのためにも田畑が必要になる。
農耕馬による耕作能力が絶対に必要だった。
それを得た脱出者達の耕作は目を見張る早さで進んでいった。
当然馬を求める者達が加速度的に増大する。
成果を目で見た事が大きい。
おかげで狩人達に新たな仕事が回ってくる。
狩猟による食料調達の意味が極度に低下していた彼等は、新たに野生馬の確保という仕事を期待されるようになった。
もとより狩人の仕事内容は大きく変わっている。
狩猟から、田畑に近づく害獣退治になって久しい。
それだけ田畑の重要性が高くなったし、動物の肉が欲しければ牧畜でイノシシを飼っている。
狩猟の成果が必要になる事がほとんどなかった。
例外的に、川上に脱出してきた者達の当座の食料確保の為に、大急ぎで狩猟をしたくらいである。
それはそれで重要な役目だったが、常に必要とされてるわけではない。
動物の確保は狩人達にとっても、久しぶりの活躍の場になっていった。
馬が少しずつ集まり、調教も進んでいく。
馬小屋も増加し、放牧のために柵も作られていく。
十分なものではないが、少しずつ必要なものは作られていった。
それを見てヒロフミは、馬に乗る事を考えていく。
麻で作った縄と布で馬具を作り、それを用いて背中に乗る為に。
当然最初から上手くいくわけもない。
何度も失敗を繰り返す。
そうしながらだんだんと騎乗出来るようになっていく。
最初は柵の内側で乗り回し、コツを掴んでいく。
徐々にそれなりに乗れるようになり、普通に移動するには困らない程度になっていく。
障害物を飛び越えたり、といった事はさすがに無理だが。
それでもある程度乗りこなせるようになった。
行動範囲を広げる事が出来る。
同様の調教を他の馬にも行っていく。
一頭だけでなく何頭か騎乗可能にして機動力を確保したかった。
行動範囲が広がり、今まで行けなかった所まで探検出来るようになる。
特に狩人達に乗ってもらい、行動範囲を広げてほしかった。
重要な戦力でもある彼等が迅速に行動出来るようになる利点ははかりしれない。
この先、元の集落との衝突が免れないだろうから、それまでに戦力の優位性を得ておきたかった。
騎乗の技術も身につけねばならないので手間も苦労もかなりのものになるが。
だが、ヒロフミが馬に乗ってるのを見て多くの者が興味をもっている。
狩人も例外ではなく、やってみないかと声をかけたら一も二もなく賛同してきた。
意欲があるだけでもありがたかった。
馬を手に入れてからの一年二年はそんな調子で過ぎていった。
その間に子馬も生まれ、牧場は拡大していく。
更に多くの馬も連れてきて、牧場の規模は結構なものになっていった。
田畑の方も順調に拡がり、脱出してきた者達にも粗方いきわたるようになる。
馬に乗っての探索も行われ、今まで行けなかった所まで出向けるようになる。
同じ時間探索に用いても、移動距離が違う。
無理をして動物を確保に出て良かったと言える。
良い事ばかりでもない。
この一年二年で元の集落からやってくる略奪者も数を増した。
農作業をしてた者達が一気に脱出したせいだろう。
生産に従事する者達が減り、収穫量は以前より更に減っているようだった。
それで田畑を耕すようになれば良いのだが、そうはならなかった。
もとより他人を騙してかすめとる事を平気で行うような人間である。
自分が働こうという気は無く、他人のものを強奪する事に血道をあげていた。
そんな連中しか残らないものだから、自活するための手段がない。
略奪によってしか糧を得る手段がなくなっていた。
もちろん川上も川下もそんな彼等を撃退していくのだが、どうしても被害が出る。
盗まれ奪われた者達は、もうこれ以上放置するわけにはいかないと覚悟を決めるようになっていった。
それを見計らい、ヒロフミは様々な所に働きかけていく。




