25歩目 やはりこういう者が出てきたかと嘆く
残念ながら問題を起こす者はやはり出た。
開墾した畑を割り振る際に、口を挟んできた。
その場は約束した事でやり過ごし、後でごねて言い分を通そうとしたのだろう。
すぐさまヒロフミはその者を取り押さえさせ、処罰を実行した。
口を挟んだ者は驚き、必死になって弁明をはじめた。
本当に殺すのかと相手の情けに訴え。
本気じゃなかったんだ、と言い訳をし。
こんな事して良いと思ってんのか、と恫喝をし。
それらを全てヒロフミは憮然憤然として聞き流した。
「約束破ってる屑が偉そうな事言ってんじゃねえ」
全ての言い訳にただそれだけを返し、石斧を振り上げて頭に叩きつけた。
それを皆に見てる前で行い、約束破りがどうなるかをはっきりと示した。
以後、最初の取り決めを破る者は出てこなくなった。
約束を破る事の危険性をはっきり認識したせいであろう。
そもそも約束を守ろうとしている者にとっては何の問題にもならない事であった。
以後、畑の分け与えについてくだらない横槍を入れるような者はいなくなった。
対象的に、畑の交換を始めた元の集落の方ではそれなりに問題が発生していった。
ヒロフミが懸念した通りに、支払いの滞りや余分な支払いを求める者が出てきたのだ。
それらの半分は処罰を契約に盛り込んでない者達であった。
また、処罰を盛り込んでいても、執行者をなだめ、脅し、すかして刑罰を執行させないようにした者もいる。
おかげでまともに支払った者が泣きを見る結果になった。
もちろん刑罰を執行した場合もあるにはあったのだが、そうでない場合も数多く残った。
執行する側に覚悟がない事が問題を拡大してしまっていった。
そこに至り、泣きを見た者達の多くはヒロフミの言っていた事の意味を理解した。
処罰が何の為に必要なのかを。
(だから言ったのに)
話を聞いたヒロフミはため息を漏らすしかなかった。
処罰をその時で選択するという事になれば、あの手この手で取り払おうという者が出てくる。
そういった者は、たいていの場合負担を踏み倒して利益を手に入れようとする。
受け入れる側はたいてい人がよいので泣き寝入りをする羽目に陥る。
世の中、悪意というのを無視していくわけにはいかないのだ。
そして悪意を実行しようとした瞬間に処罰を実行する覚悟が必要になる。
そして厳しくなければ処罰として成り立たない。
その厳しさが人のよい者達を及び腰にさせるのも確かだ。
そこまでしなくても、というのが温情有る者の抱く感想であろう。
だが、更に踏み込んで考えてもらわねば困るのだ。
処罰が実行されるのは悪意を実行した場合だけだと。
普通に取引を行い、約束通りに事を運んでいれば処罰などされようがないのを。
それを全く理解せず、起こった問題を放置するしかなくなってるのだからどうしようもない。
ヒロフミとしても救いようがなかった。
ただ、そうやって泣きを見た人間が再びヒロフミの所へと流れて来ようとしていた。
厳しい処罰を提案し、それを実行したヒロフミならば信頼出来るといって。
「もうあんな目にあうのはごめんだ」
概ねそういった言葉を口にしてきた。
そんな彼等をヒロフミは温かく迎える────事は無かった。
「ふざけるな」
それがヒロフミの放った言葉である。
「やられたらやり返せ。
取られたら取り返せ。
泣き寝入りするよな弱腰な人間なんぞいらん。
お前らから強奪した連中を捕らえて処分してこい。
でなければ、お前らは同じ事を何度も繰り返す。
そんな厄介事の種なんぞ、ここにはいらん」
起こした問題を解決しない奴など邪魔でしかなかった。
もめ事は可能な限り減らしたい。
その為にはもめ事の原因を取り除くしかない。
今回、被害者達にはヒロフミとて同情している。
だが、泣き寝入りだけは絶対許さなかった。
「やった奴を成敗してこい。
でなけりゃここにいる事は認めん」
ヒロフミからの条件だった。
言われた者達は、青ざめた顔をして退去するしかなかった。
その後。
元の集落に戻った者達の大半は泣き寝入りをした。
問題を解決するために集落の長などに訴えたりもしたが、ほとんどが無駄に終わった。
長や要職にある者達も、強奪した方を説得しに言ったのだが、聞く耳など持たれなかった。
話し合いでの解決を望んだが、話し合いにならないのだから当然である。
相手は、話し会おうとする人の好さにつけ込んでるのだが、その事に全く気づいてない。
そんな中で一部が強奪した者にやり返した。
土地を奪い、収穫物を奪った者を石斧や石鍬で滅多打ちにした。
集落はそれで騒然とし、報復した者を捕らえた。
騒動を起こしたという理由で。
その事を長や要職にある者は責め立てた。
元をただせば、強奪した者が悪いというのに。
しかし長達からすれば、相手を殺した者が、暴力を振るった者が悪いとされた。
それまでの経緯を悉く無視して。
争いというか、報復に至るまでの経緯など彼等には全く見えてないようだった。
しかし。
ここに来てヒロフミは動いた。
「そいつはこちらで引き受ける。
家族もだ。
邪魔するなら、あんたらを潰していく」
元の集落にやってきたヒロフミは、捕らえられた者達の引き渡しを要求していく。
仲間を引き連れて、武器を携えて。
その事に長をはじめとした要職にある者達は驚き、気色ばんだ。
いったい何を考えているのだと。
怒鳴る彼等は無意識に思っていたのだろう。
自分達に従わないのはどこかおかしい。
何か間違ってるのだと。
そう思うのは上に立つが故であろうか。
彼等は自分達が間違ってる可能性については欠片も考えていなかった。
しかし、そんな事はヒロフミの知った事では無い。
出て来た彼等に手にした武器を向けて、躊躇う事無く用いた。
最近狩猟に出てる者達に提供しようと思って作っていた武器、弓を。
原始的なものである。
飛距離も大したものではない。
鏃もなく、どうにか尖らせた木の棒を飛ばすのがせいぜいの代物だ。
しかし、遠距離攻撃武器である。
威力も小さいとはいえ、当たれば人に食い込みはする。
それを容赦なく使った。
それを受けた長の体に矢が食い込んだ。
そんな事をされると思っていなかった長は、苦痛の中に驚きを浮かべてヒロフミを見つめる。
「誰がお前の言う事なぞ聞いた。
俺は捕らえられてる連中に用があるんだ。
邪魔するな」
そう言って掴まってる者を見つけて解放した。
縄で縛られたその者は、登場したヒロフミに驚き、縄を切っていった事に更に驚く。
そんな彼にヒロフミは、「行くぞ」と短く告げた。
「どうせここにはいられないだろう。
だったらこっちに来い。
あんたはやるべき事をやった。
それならこっちも拒否する理由は無い」
そう言って捕らえられていた者を促していった。
解放された方も、その後ろについていく。
どのみちここにはいられない。
だが、心残りはあった。
「なあ、家族を連れていきたいんだが」
彼には妻子はいなかったが親と兄弟がいた。
それらを見捨てるのはしのびなかった。
だがヒロフミは、
「そいつらはあんたを助けたか?
助けないまでも、やってる事に賛同はしたか?
まさか止めようとしなかっただろうな?」
と尋ねた。
言われた者は何も言い返せなかった。
黙認どころか、報復を止めようとしたのだから。
その沈黙でヒロフミもおおかたを悟る。
「なら駄目だ。
やるべき事をやれない奴はいらない」
奪われてそのままにしておくような者などいらなかった。
邪魔でしかない。
それは、強奪する者への協力なのだから。
たとえどれほど消極的な形であっても。
そういった者を受け入れるわけにはいかなかった。
「俺が認めたのはあんただけだ」
選別にかけるつもりはなかったが、そういう形になっていく。
そういった者を引き連れて自分達の集落へと戻っていく。
射られた長や要職にある者、その場にいた村の者達はそれを見送るしかなかった。
下手に手を出せばやられる。
既に示されたその事実が、ヒロフミ達に手を出す事をはばからせた。
その後も同様な事が何度か繰り返された。
ヒロフミはその都度報復をした者を連れて集落に迎えていった。
彼等には、後年出来上がった田畑を与えて集落の住人としていった。
が、その一方でもう一つの役目を負ってもらった。
処罰の執行者を。
田畑を耕してる時はさすがに無理だが、そうでない時期は持ち回りで担当してもらう事にした。
後年その一族が、刑罰の執行者の役目についていく事になる。
同時に、集落に受け入れる者達の基準がまた一つ出来上がっていった。
嘘を吐かない。
誠実である。
悪事を決して許さずに攻撃を加える。
そんな者達で構成されるようになっていった。
また、不当な利益を得ようとした者は、その一族を含めて侵入を許さなかった。
特にそういった親を持つ者は断固とした拒否対象とした。
血のつながりを元に村に入り込もうとする可能性があったからだ。
遺伝的にそういった素質をもってるのではないかという危惧も出されていた。
例え遺伝がないにしても、そんな親の下で過ごしたという教育環境が懸念された。
不安な要素がどうしても多いので、これらの要素を持つ者は入居を拒否していく事となった。
新しい集落への受け入れ条件は厳しくなっていく。
だが、そうしないと余計な騒動が起こり、元の集落で起こった事が再現される可能性が出てくる。
面倒なもめ事を受け入れる理由は無い。
他人への同情よりも、まずは自分達の生活が大事である。
己を損なってまで他人を助ける義務や道理はない。
そんな事をすれば共倒れになるだけである。
余談となるが。
元の集落はその後も傍若無人を為す者達が幅をきかせ、徐々に衰えを見せていった。
残るのが、不当な利益を上げるものと、それに泣き寝入りをする者だけなのだから当然であろう。
生産性が高まる事もない。
成果を横取りして儲けようという者が残るのだから。
自分が働くよりもその方が楽だと知ってしまえばそちらに流れていく。
かくて真面目に働く者が割をくっていく。
そんな状況でやる気を持つ者が出てくるわけがない。
ほどほどに働くか、ヒロフミのいる集落に逃げるのが当然である。
時折報復もなされていくが、その度に報復した方が捕らえられた。
もとより、原因を考えずに騒動にした事を非難するのだから当然である。
そこに、不当に利益を得た者からの賄賂があるのだからなおのことであった。
踏み倒した利益の一部を長や要職にある者達に渡し、それで有利な結果を得ているのだから話にならない。
移住できる者は次々とヒロフミの所へと向かい、残るのは搾取に疲れた者と、自ら働く事を放棄した者ばかりとなった。
ヒロフミの所も余裕があるわけではなかったが、条件にあった移住者はどんどん受け入れた。
人手は必要だったからそれは助かった。
何より、真面目に働こうという気概の持ち主がほとんどである。
田畑の拡大なども順調に進んでいく。
結果、新しい集落の人口は一百人に増大した。
元の集落が二百五十人だったから半分近くが移動した事になる。
田畑が拡大するまで生活は苦しくなったが、それも一時の事と割り切った。
実際、田畑が拡大するに従い、生活は楽になっていく。
五年十年と時間が経過していくうちに、いつしか元の集落と新しい集落の能力は逆転していく事となった。




