24歩目 取り決めについての提案
「────という事でどうだろう?
あとはそちらがやるかどうかだけど」
一旦元の集落に戻ったヒロフミは、関係者を集めて説明をした。
田畑を整理する方法についてである。
話を聞き終えた者達は全員驚いた顔をしている。
「いや、それで上手くいくのか?」
「ちゃんと払ってくれるのか?」
当然の疑問が出てくる。
ヒロフミとて疑問というかどうなるだろうと思っているくらいだ。
「だから、約束を破った者は処罰する事にすると言っている。
しっかり払わなかったら頭をかち割る。
受け取ったのに支払われてないと嘘を言ってる者も頭をかち割る」
「なあ、それって確実に死ぬよな」
「もちろん」
「そこまでするのか?」
「やるさ。
約束を破るってのはそういう事だ。
まして今回は畑をやりとりするんだ。
その為の約束を破るんだから、死ぬ覚悟をしてもらわんと」
それを聞いて多くの者は怯んだ。
命がかかるとなれば当然だろう。
だが、ヒロフミの言ってる事も理解出来ていた。
畑を譲る約束をするのだからそれくらいの覚悟はしなくてはなるまいと。
また、その為の交換条件もある程度納得が出来るものだった。
「もし、これで良いなら早速やろう。
当事者同士が納得出来るならな」
ヒロフミはそう言って全員に覚悟を問うた。
入り組んだ田畑をどうにかしようという話のために元の集落に戻ってきていた。
それが理由で新しい集落にやって来ようとしていた者達に別に道を示す為。
話には当事者だけではどうしようもないので、集落の代表者である長と要職についてる者達を呼んだ。
それらの協力も必要だったからだ。
立会人がいないと当事者達が揉めたときに解決が出来なくなるからでもある。
提案したやり方を当事者が受け入れた場合に、再度説明するのが面倒だというのもある。
公式に記録をとっておかないといけないから、集落を統括する者達が必要だった。
畑の交換における条件には、それが必要になる。
交換するにあたって、当然ながら収穫量の違いが問題になる。
誰だって作物がより多く手に入る畑が欲しい。
そして、交換するのが今までより成果が少ない場所などもっての他だ。
成果の少ない土地も時間をかければどうにかなりはする。
土に堆肥をやって土壌を改善していけば改善はしていく。
それでも当分の間は収穫量が低いままである。
その時間差が辛いのだ。
土壌を改善・向上させてる間は成果が上がらないのだから。
成果の上がっていた土地は、それだけ手間をかけてきたという事でもある。
そこまでして作ったものをおいそれと手放せるわけがない。
なので、交換条件をつけた。
同じ広さで交換するのではない。
その土地からあがってくる収穫量の一年分の作物を、元の持ち主に提供するという事を。
金銭の無い現状における売買である。
交換そのものは既に行われている。
魚や農作物を交換したり、狩りの成果と交換したり。
飼育してる家畜や、それからはぎとった革を手に入れたり。
だが、あくまで小規模というか、低額な範囲でのやりとりだった。
土地の売買というのは初めてである。
なんだかんだで扱う物が大きく、また交換に値する価値ある物が全く考えつかなかったから為されてなかった。
思いつくのは広さであるが、それだけでは計れない収穫量という要素もからんできていた。
なのでどうにも上手いやり方を思いつかなかった。
金銭があればそれで解決も出来たのだろうが、無い物を求めてもどうにもならない。
なので、手に入る収穫量で交換する事にした。
一年分としてるのは、今後ずっと収穫量分を支払うのも問題だったからだ。
交換は支払う限度が決まってるから成り立つ。
一度したら、それ以上は支払う必要無い。
そういう状態にもっていかねばならない。
でなければ、誰かが一方的に損をする結果になる。
こういった場合の負担は、可能な限り少なくする、あるいは一度限りにしなければ取引とは言えない。
負担も大きさを極力少なくしなければ、誰かが不当に搾取される事になる。
もちろん取引というのは完全に等しい条件で行われるものではない。
売った方も買った方も何かしら損をしてる。
そもそも、当事者のどちら側も思ってるものだ。
『高値で売りつけられた』
『安く手に入った』
概ねそんなものである。
だが、どちらも満足のいく所で納得しているものだ。
そういう条件をどうにか探っていくのが取引であり売買なのであろう。
ヒロフミが提案したのも、そういった取引の条件である。
お互いが納得…………出来るかどうかはわからないが、妥当と思えるあたりを考えてみたものだ。
ただ、これをやるにはどうしても正確な記録が必要になる。
だからヒロフミの家がやってる記録という作業が絡んでないと意味が無かった。
まず、一年分の収穫量を正確に記録していなければどうしようもない。
それには過去の成果を調べる必要があった。
そこから出せる分量をはからねばならない。
だいたい毎年当たり外れはある。
狩猟や採取より安定してるといっても、天候などで作物の収穫量も変わる。
だが、大雑把な範囲は決まってるのだから、その範囲で支払う量を決めていく事になる。
これが理由の一つになる。
もう一つは、支払いにあたってどうしても分割払いが必要になる事に関わる。
畑一つの一年分の作物を一気に支払ったら、一年分の食い扶持が無くなってしまう。
金銭と違って蓄えるのも難しいので、貯蓄もなかなか存在しない。
冷蔵庫などの保存方法がないのだからやむを得ない。
なので、毎年の収穫から支払える分を提供していくしかなくなる。
そこで、何をどれくらい支払ったのかをはっきりと書き出しておく必要がある。
支払ったのに受け取ってないと言ったりするのを防ぐためだ。
これにはしっかりとした記録が必要になる。
その年にどれくらい支払い、残りはどれだけになってるのかを。
その為に、第三者として記録係が必要になる。
そして、取り決めを守らなかった者への処罰。
より多く相手から支払いを得ようとする者や、支払いを踏み倒そうとする者は出てくるだろう。
作物の成果が少なかった年は一時的な停止措置をとるつもりではあるが、そうでない悪意の行為は決して許すわけにはいかない。
そういった行為があった場合の処罰をはっきり定める必要がある。
だからこそ集落の代表者達にも集まってもらった。
何せ人に損害・負傷を負わせる事になる。
勝手に決めたとあれば様々な問題が発生するだろう。
だから、何らかの形で納得させねばならなかった。
最悪、死刑すらありえるのだから誰もが慎重になる。
「けど、こうでもしなくちゃしっかり守ると思えない。
滞りなく事を進めるためにも、約束を破ったら死ぬという事にしておかないと。
交換するのが畑なんだから、それくらいは覚悟してもらいたい」
ヒロフミからすればそれくらいの決心がないとどうにもならないと思った。
真面目に支払ってれば問題は無い。
受け取る側も、変な色気を出さなければ良い。
しかし、何にしろ欲を抱くのが人間である。
長い支払期間になる事もあり、その間に邪心が芽生えるかもしれない。
それへの対処として刑罰を設定するしかなかった。
命がけで悪さをするのかと圧力を加えるために。
もちろん、そういった愚行をしなければ何も問題は無い。
繰り返しになるが、双方がおかしな事を考えず、支払いを滞りなく行っていけば良いだけの話なのだから。
それが出来ない、約束に押しつぶされる弱い小さな心の持ち主が出てしまうのが残念な事ではある。
そんな条件を出した事でさすがに色々と荒れた。
そこまで厳しい仕置きは必要ないのでは、という意見がやはり出た。
しかし、人の弱さを知ってる者達もいて、時に厳しい態度も必要だという意見も出た。
意見はかなりの平行線を辿ったが、最終的には概ねこれらの通りにやっていく事で決着がついた。
一応の逃げ場として、畑の交換契約の場合に死刑という処罰を盛り込むかどうかを当事者が選択出来るようにした。
さすがに全ての取引を対象にするのは気が引けた結果である。
ヒロフミとしても、それならば仕方ないと諦めて、その提案を盛り込む事にした。
そんなこんなで畑の交換も始まっていった。
小さな畑が細切れ状態になってる事に嫌気がさしていた者達の問題もこれでかなり解消された。
新たな集落にやってくる理由はほとんど無くなった。
しかし。
それはそれとして、新規の畑を手に入れようという者達はいる。
元の集落では拡大が困難だと思った者達は、やはり新しい集落へと流れてきた。
ならばとヒロフミも条件を付けた。
そういった者達に畑を分けるのは、先に開拓に入っていた者達の後になると。
それに納得して、記録として条件に賛同した事を残す事を求めた。
破った場合は処罰するという条件を加えて。
これが出来ないなら絶対に受け入れないとはっきり伝えた。
さすがに死ぬとあっては多くの者が怖じ気づいていく。
しかし、本当に一部はそれでも良いと言う者もいる。
ならばとヒロフミも記録をはっきり残してから新人を受け入れた。
あとでもめ事を起こすようならはっきりと処分するつもりで。




