20歩目 ここで衝突するのは実に痛かった
(まあ、こんなもんかな)
希望者の決定と必要な道具や資材の確定。
やるべき事の確認、作業手順の策定。
様々な問題は山積みになったままだが、どうにか新規開拓を開始出来るところまでこぎ着けた。
ここまで来るのは苦難の連続だった。
とにかく及び腰なのだ。
新しい事を始めようとすると、どうしても尻込みしてしまう。
新たに集落を作るという新事業にどうして良いのか分かってないのが理由のようだった。
家を新しく建てたり、畑を新たに作っていくというのは今でも行われている。
しかし、これが見知らぬ土地でやるとなるとどうしても不安が出て来るようだった。
それを説得するのが大変な手間だった。
なんだかんだ言ってやらない理由を作ってくる者達をなだめるのは並大抵の労力ではない。
そもそも、理由があって反対してるのではない。
やりたくなくて理由を作ってるのだ。
その理由を一つ一つ解きほぐして解決策を示しても、それで納得するわけもない。
彼等は理由や原因を突き止めてそれを解決したいのではない。
とにかく不安だからやりたくないのである。
そんな者達にどれほど言葉を費やしても無駄でしかない。
離せば分かるなんてのは、そうであったら良いという理想でしかない。
もしくは、相手を言いくるめる事に絶対の自信がある者の台詞なのであろう。
人間、理屈や理路整然とした言い分などで動くものではない。
それをどうにか動かしたのは、
「いい加減にしろ!」
と怒鳴りつけてからである。
残念ながら、勢いや威圧でしか動かない、話を聞こうとしないのも人間の持つ救いがたい本性であろう。
それでも、多少は言う事を聞く素地が出来てから話を進めたら、意外なほど話が円滑に進んでいっった。
特に今の集落をの状況を省みて、このままで良いのかと問うた時は、居合わせたほとんどの者達が唸った。
「まあ、確かになあ」
「手狭になってきてるし」
「畑もなあ」
「遠くまで出なくちゃならないのは面倒なんだよな」
誰もが思い思いに問題点を口にしていった。
腹のたつことに、それらは全てヒロフミが説明した事である。
本当に話を聞いてなかったのがこれではっきりした。
思わず、
「ふざけんな!」
と怒鳴った程である。
「今まで俺が言ってきた事ばかりじゃねえか!」
その剣幕に、何より言ってる事に多くの者が決まり悪そうな顔をした。
実際、彼等も分かっている。
自分が口にした事は、ヒロフミが何度も説明で言ってきた事だと。
それへの対策として、新たな集落を作ろうと説明していた事を。
ここに至るようやくそれを理解してきたもいた。
「それでもやらないのかよ」
ふてくされたように、というより腹が立ち、怒鳴り、そして皆の態度に呆れながらの言葉である。
質問や問いかけというより、自棄になってるような声音でもあった。
「いやまあ……」
「それはなあ……」
「さすがに、このままじゃあ……」
戸惑いの声をあげながらざわめいていく。
「なら、やるしかないだろ」
一喝する。
反論出来る者はいなかった。
「でも……」
それでも多少の度胸がある者が口を開く。
「本当にそれで上手くいくのか?」
「知るか!」
今まで以上の怒鳴り声をあげた。
「そんなに文句があるなら、もっと良い方法を出せ!
反対ばっかで何もしねえで。
お前ら何考えてんだ!」
もう容赦など出来なかった。
言ってる事や態度が、子供の駄々と大差ないのだ。
見ていて腹が立つ。
もとより人生経験でいえば、前世の分があるだけヒロフミの方が長い。
今回の人生において、目の前にいる者達の多くは年上だが、積み重ねた経験と記憶からすればほとんどが子供のようなものだ。
しかし、まがりなりにも食い扶持を稼いで生きてる大人である。
そんな者達が、ただひたすらに反対だけを繰り返すのは見ていて鬱陶しいだけである。
しかも、それが慎重さゆえでも、熟慮の果てでもなんでもない。
ただただおっかなびっくりで何も考えずにやってる事である。
感情的になるなとは思わない。
それは人として備えていて当然のものである。
その動きを否定するつもりはなかった。
しかし、それと無意味に反対しまくる事や、闇雲に賛成をする事は違う。
言いしれぬ不安や、唐突な閃きでもあるならともかく、反対のための反対に堕落してるような態度には怒りをおぼえるしかなかった。
「どうしてもこのままが良いって言うならしょうがない。
なら勝手にしろ」
もう付き合いきれないと思ってヒロフミは投げ出した。
目の前の者達を。
「あんたらはあんたらの出来る事をやっててくれ。
もう頼まん。
ただ、俺らも俺らでやりたい事をやる」
そう言って希望者達と共にその場から離れようとした。
協力するつもりのない者とつるんでいても時間を無駄にするだけである。
これから先が厳しくなるが、それもやむをえないと思った。
このまま反対してる連中と言い合っていても何も進まない。
しかし、やる気のある者達とであるならば、ほんの少しでも先に進んでいける。
その方がまだしも建設的だった。
そんなこんながあっての今である。
こうなってしまったのは残念であるが、今更どうにもならない。
さすがに多少は反省したのか、反対していた者達も協力を申し出てきた。
だが、それをヒロフミは決して許しはしなかった。
殊勝な態度を見せてはいるが、それでやらかした事を帳消しにしようという態度がみえみえだったからだ。
許せば何事も無かったように振る舞うのは目にみえている。
そして、そのうち別の所で何かしらの問題を再び起こす。
果てしなく無駄な騒ぎを今後も事あるごとに繰り返すのだ。
一緒にやっていけるわけがない。
(もう、俺達だけでやるしかないな)
幸いな事に人数はいる。
現在、二十人ほどが賛同してくれている。
これだけの人数がいれば、それなりに仕事を進めていく事も出来る。
集落からの協力は期待出来ないが、そこには希望がもてた。
(当分は魚を獲って凌ぐしかないか)
畑から収穫が出るようになるまでは、そうするしかないとも考える。
そうやって気楽に考える事で、先行きの不安を打ち消そうとしていた。
(始めた時と同じになるだけだ。
どうって事ないさ)
それでも前回よりは大分有利である。
一緒にいく者達は、何も技術をもってない前回とは違う。
畑を耕す事も、縄や道具を作ることも、川で魚をとる事も、家畜にしたイノシシを育てる事も出来る。
狩猟をしてる者達からも参加者がいるので、動物に襲われても対処出来る。
支援は見込めないが、ある程度はやっていけそうな気はした。
その年の収穫が終わり、秋も半ばを過ぎようという頃。
川に沿って下っていき、開拓予定地へと向かう。
事前に何度か下見はした場所である。
集落からはおよそ十キロほど離れた所になる。
そこにまずは、持って行けるだけの材料を運び込んでいく。
もう後戻りは出来ない。
必ず成功させるしかなかった。
ヒロフミ、二度目の人生における十五歳の事だった。




