15歩目 終わりを迎えて
子供達が成長し、本格的に仕事をするようになってから、ヒロフミの次なる仕事が始まった。
自分が蓄えてきた知識や経験をなるべく記録していく事。
その為に他の仕事から完全に撤退していった。
幸いにも仕事の方は子供達が引き継いでくれてるので問題は無い。
一番上の息子は畑を耕している。
二番目の息子は縄を作ったり石器を作ったりと工作に従事している。
三番目の息子は植林をして木材や木炭を作ったしている。
そして四番目は、ヒロフミから文字や計算を習い、記録をしていく事を学んでいた。
ヒロフミが記した書物を教科書として読み書きを身につけ、自分でも記録をつけていけるようになっていく。
集落で起こった事を記録させ、少しでも練習の材料にさせていった。
出来れば子供達全員に読み書きや計算などはおぼえさせたかったがそこまでの余裕はなかった。
それについては次世代に託すしかない。
ヒロフミに残された時間はそれだけ少なくなっていた。
寿命がせいぜい三十年といった世界で、もう三十歳になろうとしている。
栄養状態が良いから老化はそれ程でもないが、何時命運が尽きるか分からない。
そんな状態で何人もの人間に教える余裕はなかった。
それでも、末の息子と同年齢の子供達にも文字を教えはした。
出来るだけ記録をとれる者が増えるように願いながら。
そして娘達は他の家へと嫁いでいった。
かつて冗談交じりに言った言葉通り、畑と牧場を営んでる者達の所に一人ずつ。
もう一人は狩りをしてる者達の所へと嫁いだ。
同様にそれぞれの家からも嫁が来て、ヒロフミの息子と夫婦となっていく。
一番上の子供との間に子供も生まれた。
寿命を考えれば孫を見る事が出来るのは幸運と言えるだろう。
その孫の為にも、集落をよりよい状態にしていきたかった。
その為の布石として出来る事をやり遂げたかった。
紙が出来て文字を伝え、記録が出来るようになる。
今まで個人のものでしかなかった記憶が、紙をとおして共有できる記録になる。
その威力は計り知れない。
すぐには分からないものであるが、必要な時に取り出せるというの大きい。
実際、ヒロフミが生きてる間は記録を読み返すという事はほとんどなかった。
だが、畑や牧場、その他様々な技術について確認を取ろうとした者達は記録をとる事の意味を知る。
ヒロフミの子供によって引っ張り出された記録にある言葉は、疑問を抱いた者達にヒロフミの言葉を届ける事が出来た。
それは疑問や問題への直接の解答にはならなかったが、解決策を考える手引きになった。
「なるほどこういう事か……」
その時、ヒロフミの末っ子である男子は、記録をとっておく意味をしっかりと理解する事が出来た。
以後、可能な限り詳細に記録を残すようになる。
そこまで予測していたわけではないが、ヒロフミは晩年、可能な限りの記録を残す事につとめた。
自分の知ってる事、皆で培った事、思い出せるだけの記憶。
必要と思えるものから、何の役にたつのか分からない物事まで、出来るだけ多くを筆にのせて紙に記した。
その間にも増えていく孫達を眺めつつ。
家も仕事も既に息子に任せ、余生を紙に向かって費やした。
そして最後を迎えた。
享年、四十一歳。
この時代としては驚異的な長生きであった。
その死は子供達だけでなく、集落の多くの者達に惜しまれた。
人口が一百人に到達しようとしていた集落全体が嘆き悲しんだ。
それだけの影響力をヒロフミは持っていた。
本人はそうと気づく事はなかったが。
跡を継いだ息子達は、父の業績を伝えていくかのように仕事に打ち込んでいった。
────そして、再び同じ場所へと戻る。
「お疲れさま」
出迎えた造物主は、転生してこの世界に生まれる前と変わらぬ調子で話しかけてきた。




