10歩目 回りくどいと思うが、こんな方法しか思いつかなかった
これにどれだけの効果があるかは分からない。
しかし、考えに考えた結果──というよりレベルの上がった『教養』のもたらしてくれた成果としてこれが出て来た。
それが祈りである。
といっても別に信仰に目覚めたわけではない。その点においてヒロフミは前世と変わらぬ日本人らしい考えをもっていた。
困れば神頼みをするし、お祭り騒ぎはありがたく楽しむという事にしている。
教義などに興味はなく、神の存在など果てしなくどうでもいい。
罰当たりというか、悪さはさすがにしたいと思わないが殊更神様とやらに服従したいとは思わない。
実際に神というか造物主なる存在と対面し、こうして転生までしてきてもそれは変わらない。
本当にいたからといって、それで仰ぎ見るような事はしない。
そういうつもりにもなれなかった。
だが、使うには便利な存在ではある。
そして、祈りというのは簡単にできて、しかも意外に影響力があるようだった。
何日も続けていくうちに、他の者が気にしだし、理由を聞いてきた。
待ちに待った瞬間である。
「いやな、ちょっと思いついてな」
そう言って切り出したヒロフミは、もの凄く簡単に説明をしていった。
「今、こうして生きてるのも、お天道様と大地からのお恵みあっての事だからな。
それに感謝をしておこうって思ったんだよ」
魚がとれたのも、畑を作って栽培をはじめたのも、言ってみれば偶然である。
だけど、その偶然がもの凄く大きな成果になっている。
たまたま気づいて、たまたまやってみようと思ったけど、こうなるとは思ってもいなかった。
「なんでそうしようと思ったのか自分でも分からん。
けど、何かに導かれてるような気がしてな」
もちろん嘘である。
そんなものはない。
強いて言えば、身につけた技術が様々な事を教えてくれたのがそれにあたるかもしれない。
しかし、必要な情報を手に入れる手段として技術を用いてはいるが、それらが自発的に助けてくれてるわけではない。
あくまでヒロフミがそれらを使ってるから成果となってあらわれてるのだ。
おとぎ話のように、見えない何かに導かれたりしてるわけではない。
だが、あえてそういう設定にしておく事にした。
「もしかしたら、何かが俺に教えてくれてたんじゃないかなあって思うんだよ」
「だから、感謝をしてたの?」
「ああ、そうだ。
いるかどうか分からないけど、もしいるんなら『ありがとう』って言った方が良いと思ってな。
ついでに、今後も上手くやっていけますようにって」
「お願いも?」
「そうだ。
かなうかどうか分からんし、そもそも頼む相手もいないだろうけどな。
でも、そういう事をしておいたら上手くいくかもしれない。
そう思うと少しは気分が楽になるからな。
何もしないよりはありがたいわな」
「なるほど」
納得したのかどうかは分からないが、聞いてきた者はたいていそう言った。
それから程なく、何人かが手をあわせるようになった。
いわゆる合掌である。
そして日々の生活が順調にいってる事への感謝と、これからの生活が順調にいくよう願い始めた。
(よしよし)
上手くいってほっとした。
これらが本当に意味を持つ事はないだろう。
ほとんどヒロフミによる出任せなのだから。
しかし、より大きな存在がいるかもしれないと思い始めてくれれば良かった。
大切なのは、守るべき何かがあると各自が自覚していってくれる事。
祈るのはそのきっかけを作る為である。
それからのヒロフミは、何かを教えるにしても、提案をするにしても、
「それが理にかなってると思うんですよ」
と言い始めた。
「上手く言えませんが、それがこの世で生きていくために適してると思うんです」
言葉に、自分すらも従ってる何かがあると含めていく事で、周りの者達に少しずつ意識をさせていった。
毎日何かしら事あるごとに。
繰り返すというのは、浸透させるための基本的な手段である。
時間はかかるが、効果は大きい。
更に、
「俺もそういうのに従ってやってるんですが、それでこの成果ですから」
と理由を付ける。
誰もが「それならば」と納得していくようになれば儲けものだった。
そして最初に戻って言うのだ。
「だから、お願いと感謝をしてるんだ」
これで他の者も何となく理解してきたようだった。
ヒロフミも好き勝手にやってるのではなく、何かしらに従って活動してると。
そうなれば、好奇心の強い者がそれについて質問をしてくる。
「じゃあ、それはいったいなんなんだ?」
「この世の理と言うしかないですね」
ここまでやってくるのに結構な時間がかかった。
「やり方とか色々あるんですけど、正しい方法というのがあるみたいです。
それから外れたら、絶対に失敗するっていうのが」
「へえ、そんなもんなのか?」
「少なくとも、魚の取り方とか、縄の作り方とか、畑で作物をつくる時にはそうですね」
実体験をもとに説明をしていく。
「ウケは魚が入り込んだら出られなくなる性質を使ってます。
縄も、麻の丈夫さと、編み方を統一して作ってます。
畑の作物だって、種を植えて芽が出る時期と、作物自体がどうやって育つかに基づいてやってます。
それを損なったら、成功するはずがありません」
「まあ、そりゃそうだろうな」
話を聞いた者達はたいていそれで納得してくれた。
「それと同じで、人にも守らなくちゃならない事があるんだと思います。
たとえば、やり方を教える時。
教わる方が教えた事を無視していけば、絶対に成功する事はないでしょう。
最初から上手なやり方を身につけてないかぎりは」
「まあな。
狩りだって、やり方を教えてもらわなくちゃ上手く出来ないし」
「他にもそういうのがあると思うんですよ。
たとえば……」
そう言って実際に見聞きした事から考えた事などを話していく。
聞いてる方も実際に見聞きしてる事とその結末を思い出し、納得をしていく。
そうした話の中で、少しずつヒロフミは規律についても混ぜ込んでいく。
「人の物を盗んだらまずいですよ」
「騙して奪ってはいけないですよ」
「嘘をつくより正直に話しましょうよ」
「罵ったり挑発したら殴られるのも当たり前じゃないですか」
「勝手にものを持っていったりしたら、後で返してもそりゃ許せませんよ」
「人を傷つけたなら、やり返されても文句は言えないじゃないですか」
当たり前と言えば当たり前な事を連ねていく。
だが、今まではっきりとしてこなかった物事が分かりやすく説明されていく事で、確実に定着していった。
聞いてる者の頭や心に。
「これが俺達が守らなくちゃいけない理だと思うんです」
祈る事から始まって、ヒロフミはそこまでこぎ着ける事が出来た。
自分だけの独りよがりではなく、皆が守らなくちゃならない決まり事。
しきたりや掟と呼ばれるようなものが発生していく。
少なくとも、それが少しは意識されるようになった。
それも誰かが決めた事、という形はとらない。
知らず知らず皆が守ってきた事を意識させたのだから当然ではある。
ヒロフミが口にしたのは、言葉や形にしなくても何となく皆が守ってきた事ばかりである。
「俺もそれに従ってるだけですから。
それが俺達人間の理だと思うんです」
そういう形にする事で、ヒロフミの発案ではない、他の誰の意見でもないと印象づけた。
実際にその通りなのだから何も問題は無い。
人が衝突をせず集団を形成するための最低限の取り決めである。
それを改めて浸透させただけである。
(でもまあ、これで上手くいくかな)
伝えたい事をはっきりと形にする事で全員が自発的に規律を守り始めていく。
そして規律を踏みにじった場合には、他の全ての者が非難する流れになっていく。
ある意味相互監視の状態になっていった。
(あとは上手く発展していってくれると良いけど)
こればかりはどうにもならない。
せめて最善の結果が出るよう願うしかなかった。
最初の出発点にはなれても、その後の発展については予想出来ない。
生きてる間は目が届くかもしれないが、死んでしまえばどうなるか分からない。
寿命が来たあとについては、次の世代に任せるしかないのだ。
だが、今はその道筋を作るのが仕事であろう。
(あの野郎が求めてるのってのも、こういうののはずだしな)
造物主と名乗っていた存在を思い出し、そう考えていった。
指導者として最低限の事はやってるはずだと。
もうちょっと続きを今日中に書いていきたい。
出来るかどうか分からないけど。
駄目だったら明日以降に投稿する。




