桃園物語 第7話
ピーチガーデン 第七話
劉備のホームタウンである楼桑村( ろうそうそん) は、元来は小さな農村である。しかし、旅人たちにとっては、都へと通じる駅としても機能しており、必ず通る馴染みのある村としてよく知られていた。
が、近年に至っては、黄賊の被害が拡大した事情があるので、村の防衛の意識が高まり、警備は日常的に厳戒態勢をとっていた。旅人の往来は昔は寛大ではあったのに、近頃では、取り締まりが強化され、出入りに関しては厳しく制限されていた。
日が沈む頃になると、警備員達が鐘を六度鳴らす決まりがある。村の住人にとっては、それは丁度、現代における時報のようなものであるが、実際には、人々の往来の制限を予告するための行為であった。鐘が鳴らされた後は、旅人はもちろん、村の住人でさえも出入りが禁止されていた。
いつもそうするように、本日も村の警備の者が鐘を鳴らす準備をしていた。すると、遠くから驢馬に乗って村へと近づいてくる一人の青年の姿が見えた。
言うまでもなく、その人物は、ようやく長旅から故郷の村へと帰ってきた劉備玄徳その人であった。
劉備は地元では孝行息子として、よく知られているので、当然のごとく、警備員も劉備のことをよく顔を知っていた。
劉備、
おおーい!警備員さん、待ってください!通ります!通りますよ!入れてください!
警備員、
おお!誰かと思えば劉君じゃないか!お久しぶり!今度の旅はまぁ随分と長かったじゃないか?
劉備、
えぇ、まぁ、いろいろと大変な冒険をして来ましたよ。さ、通してくれますか?
警備員、
もちろんだとも。君なら顔が手形ってなもんさ!
さ、さ、早く通りたまえ!
劉備、
ありがとうございます!では!
警備員、
あ、ちょっと待って!
そう言えば、少し前の話しにはなるが、君のお母さんがこの時刻になると、毎日のように息子は帰ってきましたか?と尋ねに来ていたよ。でも、最近はずっと顔を見ない。きっと病で寝ているのかもしれん。早く帰ってお母さんを安心させてやりたまえ。
劉備、
え?そうだったんですか。
ま、安心してください!!帰りますよ!
と言うと、劉備はいそいそと家の方角へと驢馬を引きながら歩き去って行った。
樹齢何百年とも噂されている巨大な桑の木、それが村の最大のシンボルであり、楼桑村という村の名前の由来にもなっている。
劉家は、その大きな大きな桑の木のすぐ下にある。昔から村人達に、桑の木の家、桑の木の家、と呼ばれ親しまれていた。
家はかなり古そうな様相をしているが、実際によく見ると、広々としていて、なかなかに立派な建物である。また、何人かの召使いや世話係の婆やも一緒に住んでいるので、小さな農村の家としては、かなり裕福な家だと言える。貴族が没落した家、と言う噂も昔から耐えない。何かと人々の話題になる一家であった。
懐かしい我が家に、しばらくぶりに帰ってきたので、劉備は元気の良い大きいな声で、ただいまー!っと挨拶した。が、返事らしい返事は聞こえてこない。はてな?、家の中の様子を注意して見ると、まるで生活感というものが感じられなかった。召使いたちも婆やもどこにもいないことに不思議に思いつつ、家の中を探索し始めた。
奥の方でなにやら音がする。カタン、コトン、と言うような音。懐かしいや、織り機の音である。でも、一体誰が?と近づいて見ると、そこには少し痩せたマミーの姿があった。
マ、マム!僕です!アビーです!アビーですよ!ただいま帰りました!
と劉備が言うと、マミーは作業の手を止めて、お帰り、アビーや、と優しく息子の帰りを喜んだ。
アビー大変だったねぇ、よく無事に帰って来たねぇ、疲れたでしょう、そこで待ってておくれ、今晩はアビーの大好物のビーフシチューを作るよ!と、最大限の母の歓迎。
劉備も嬉しそうにニコニコ微笑んだ。そして、お母さん、実はお土産があるんです。何だと思いますか?
と、得意そうに言った。
はてさて、一体何でしょう?と母。
アビー、
ヒントを差し上げましょう!マミーが欲しがっていたモノですよ!とても高価なモノです。
はてさて、ではルビーの指輪かえ?
違います。味わうものですよ。
はてさて、ではキャビアかえ?
違いますよ。実はコレです!
劉備は誇らしげに洛陽の銘茶の小瓶を母へ差し出した。
洛陽の銘茶です!以前おっしゃていたでしょう?生きているうちに一度は洛陽の銘茶を味わってみたいと。アビーはそれを求めてしばらく旅にでていたのです。
ほほほう!洛陽の銘茶ですか?それはそれは楽しみですねぇ、、。
家の近くに桃園がございます。もうすぐ花も咲く頃です。明日はそこでティータイムといたしましょう!きっと素敵ですよ!
ほほほう!それは実に楽しみじゃのう。
嬉しそうに母は微笑んだ。
ところで、婆や召使いはどちらへ?家の様子もなんだか寂しい感じいたしますが、、、
婆やは二月前に病で死んでしもうた。召使い達は、アビーが長旅に出ている間、黄巾賊の仲間になってしもうた。家具もほとんど税金の代わりとして持って行かれたのじゃ。
で、では、母は一人で家に、、。申し訳ありません。アビーのせいでそんなご苦労をかけてしまって、、。
いやいや。アビーのせいではありません。近頃の世の中が乱れておるせいです。近頃は黄害対策の税金も上がって、家には家具すら満足にありませんが、今日はゆっくり休んで、明日から母の助けとなっておくれ、、。
はい。安心して下さい!このアビーがいる限り!
次の日。劉備は早起きをして、早速、桃園でのティータイムの準備に取り掛かった。そしてその準備も終わると急いで劉備は母を呼びに行った。
桃園では、桃の花が今にも今にも咲きそうな気配をしていた。
母は、劉備の姿を見ると、ふと何気なく質問をした。
ところで、アビーや、その腰に身に付けている剣はどうしたのですか?いつもと違う剣に見えますが、、
え?これですか?これはふつうに護身用の剣ですよ。
そうではありません。なぜ父の形見の宝剣ではないのか?と聞いているのです。形見の宝剣はどうしたのですか?
あ、いやー、そのぉ、、。実は、、
劉備は、宝剣の行方を母へ語って聞かせた。途中、黄巾賊に襲われたこと。そして、命の恩人に礼として、あげてしまったこと。すべて、すべてを説明した。
すると母は、、、
アビー、お茶の小瓶をお渡しなさい。と言い、小瓶を手にするとすぐに、なんの躊躇いもなく、地面に叩きつけて割ってしまった。
な、何てことを!?
マ、マミー!?一体、一体なぜ??
何故、母は小瓶を叩き割ってしまったのか?その話しは次回へと続く。