-断章- それとなく英雄譚
三日もサボった挙句、更新されるのは断章——
太陽が真上に上り、人々が街道を行きかう、王都が活気づいてきた頃。
王国からの直接援助の下に建てられた巨大な館『英雄の館』に住まう少女シア・エステンシアは、豪華絢爛な内装の部屋で、獅子をあしらった豪奢な革張りのソファーに身体を沈ませていた。
「はあ……。なーんもやるきおきないなぁー」
肩に触れる程度の金髪と、碧眼。化粧を必要としない程度に整った顔立ちの俗に言う『美少女』な彼女は、うんざりしたように呟いた。
「ひまひまひま超ひまー」
気怠げに投げ出した四肢と、眠たげに細められた双眸が、そのやる気の無さを如実に表している。退屈そうにうー、あー。と呻くシア・エステンシアは、ぴくりとも動く気は無いようだ。
そんな怠惰の権化と化した彼女の背後に、メイド服に身を包んだ若い女性が一人。
「少しは『英雄』らしく、凛と振る舞って下さいシアお嬢様」
「いーじゃん。別に誰が見てるわけでもないしー。ソリティリーナは真面目すぎるよ」
ソリティーナと呼ばれたその若い女性は、無表情にシアへ注意を促すものの、一向に改善する気のないシアの態度にため息を吐いた。しかしそれ以上に言及しようとはせず、「言うべきことは言ったからもう関係無い」とでも言うように口を閉ざしてしまう辺り、割と日常的に繰り広げられている光景なのかもしれない。
「大体、『英雄』て言ったって、それは私の父さんの事でしょう? それなのにその娘だからって関係無い私まで担ぎ上げられて……。たまったもんじゃないわよ」
まあ、こうやって贅沢な暮らしを提供してくれてるのは感謝しているけど……と、ごにょごにょと付け足すシアを無視して、ソリティリーナはシアの座るソファーの前へと移動してきた。
「な、なによ。小言なら聞き飽きたわよ……って、ちょっ⁉」
「感謝しているのなら、皆の羨望の象徴である『英雄』像を壊すべきではないと思いますが?」
シアの前に移動してきたと思った瞬間、ソリティリーナはソファーに手を突いて、シアの鼻先にずいっと顔を寄せてきた。ともすれば吐息すらもかかりそうな距離。もしシアが男だったら、赤面しながら顔を反らすレベルであろう。
「ち・か・い! ……もー。ソレ持ち出すの反則。私がそういうのに弱いの知ってるくせに……」
「こうでもしないとシアお嬢様は言う事を聞きませんので」
このクソ真面目……と、心の中で毒づいてから、シアは目と鼻の先の無表情女を押しのけようと身体を起こして——
——ソリティリーナの足元に光る、魔法陣を見つけた。
「——ッッ⁉」
声を発する余裕は無かった。あまりにも突飛な事態に、言葉よりも身体が先に行動を起こしていた。
本能的に危険を感じたシアは、未だ足元に広がる異常に気付かないソリティリーナの身体を半ば体当たりのように押し飛ばした。
しかし。
(しまっ……⁉)
体当たりのように、身体全体を使って押し飛ばしたのが災いした。
ソリティリーナを押し飛ばしたシアの身体は、ポジションチェンジよろしくソリティリーナと入れ替わってしまったのだ。
より具体的に言えば——今度はシアが魔法陣の中へ入ってしまった。
そして、世界は一瞬で暗転——
なんとも間抜けなシアちゃん。無事だといいね(適当)
え? ここの舞台はどこなんだって? それは次の話にてー。