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無いなら奪う! 弱者からの搾取は魔界の基本ですねー

魔力吸収(デモン・ドレイン)とは一体何なのか……。

 夜風が草原の表面を撫でる、微かな音。草木の葉擦れの音だけがこの世界の全てであるかのような錯覚すら覚える静寂の中、月明かりに照らされた二人の悪魔は、目の前の全高1メートル程の『イキモノ』に視線を集中させていた。

「……覚悟はいいですか?」

「こんな雑魚に覚悟なんぞいらん。——行くぞ」

 二人の内の一人……背丈が大きい方の悪魔が『イキモノ』との間合いを猛然と詰め——、


「ぴぎいいいいいいい‼」

「がはっ⁉」


 ——『イキモノ』の渾身の体当たりをみぞおちへ真面(まとも)に食らって、盛大に吹っ飛んだ。


「もー。なんで避けないんですかー。魔王さまは今、そんな『スライム』の攻撃ですら真面に食らうと危ない虚弱悪魔なんですよー? いい加減、以前とは感覚が違うんだってことを理解してください」

 腹を押さえてぷるぷると(うずくま)る魔王を呆れた様子で見やるのは、彼の付き小悪魔のインプ。キュートなボブカットの茶髪と、コウモリのような小さな羽。ミニサイズながらも蠱惑的な服装に、その腰の辺りから伸びる先端が逆ハート形をした尻尾。正に小悪魔といった容姿の彼女は、体長三十センチ程の小さな身体を宙に舞わせて、がんばれー、とやる気なさ気に魔王を応援し始めた。

「クソッ……!! 元はと言えばインプ、貴様が……」 

「はいはい。その事はつい先程終わった事でしょうー。今は魔力吸収(デモン・ドレイン)を成功させる事だけを考えましょうよー」

ほら頑張って下さい、と。インプは魔王を立たせようと腕を引っ張る。

「ええい、俺に触るな! 要は敵の攻撃を避ける事を覚えろということだろう? 虫唾が走る程に不本意だが、やってやろう。魔王の俺に不可能は無い‼」

「わー。驚くほど乗せやすーい。その調子ですよ魔王さまー」

 自らの手を振り払って立ち上がり、再びイキモノ……改めスライムと対峙する魔王を、拍手で送り出すインプ。応援する気があるのかどうかすら怪しい。それどころか虚仮(こけ)にしようとしている気すらするのは気のせいだろうか。

「……」

 そんなインプを無視して、魔王は今一度目の前の敵を観察し始める。


 ——スライム。それは、魔界では最もありふれた下等魔物。ゲル状で半透明な体は生息地域によって色が異なり、赤緑青……と、様々な種類の個体がいるのが特徴だ。戦闘能力は極めて低く、攻撃手段は直線的で大振りな体当たりのみ。一応、捕食時にはそのゲル状の体で包み込もうとしてくるのだが……まずそこまでスライムに追い込まれた魔族の話など聞いた事が無かった。


(魔王として、こんな雑魚の攻撃を避けるなど屈辱でしかないが……フン。避けるとなれば容易い事だ)

 先に仕掛けたのは、魔王。ダンッ! と勢いよく地面を蹴って、あっという間にスライムへと肉薄する。

「ぴぎぎぎ⁉」

 しかし、流石と言うべきか。伊達に過酷な魔界の自然を生きている魔物ではなく、スライムの方もすんでのところでカウンターの体当たりを繰り出して来た。

「甘いッ‼」

 ——だが、当たらない。いくら過酷な魔界を生き抜いてきた魔物といえど、所詮は下等生物。力を失ってはいても、魔王にそんな攻撃が当たる筈も無く、魔王が上体を捻じるように避けただけでその一撃は空を切った。

「——お返しだ」

 そして魔王は上半身を捻じったそのままの体勢から、右拳を裏拳のようにスライムへと叩き付けた。

 ——断末魔すら無い。それだけで勝敗は決した。音速と見まがう程の速度で振るわれた拳が、一瞬でスライムの体を木っ端微塵に爆散させたのだ。一瞬遅れて聞こえたパァン! という破裂音が、魔王のスピードのデタラメさを証明している。

「……いやいや。魔王さま、本当に魔力ゼロなんですか?」

 終始傍観していたインプが、思わずといった様子で口を開く。

「フン。この程度、基礎身体能力の内だ。寧ろ思った以上に動かない体に驚きを隠せん」

 その言葉を聞いて、インプは改めて魔王が魔王と呼ばれる所以(ゆえん)を再認識させられた。土台となる部分から既に、他の魔族達と違うのだ。スタートラインすら平等でない一種の理不尽さ。それが魔王という存在だった。

「……って。呆気にとられて忘れてました! ま、魔王さま! 魔力吸収(デモン・ドレイン)を——」

 そうだ。魔王の凄まじさに気を取られ忘れていたが、今回の目的はスライムの駆除ではなく、魔王の特性である魔力吸収(デモン・ドレイン)の試験運用である。

「心配するな。——もう終わる」

 見ると、魔王の手には既に黄緑色の物体が握られており、淡い紫色の光に包まれたそれがみるみる内に小さくなっていくところだった。

「あ……。ソレ、いつの間に取ったんです?」

 インプの指す『ソレ』は、魔王の手中の黄緑の物体……すなわちスライムの魔力の塊たる『コア』であった。

「ヤツを吹っ飛ばした時に、ちょっとな」

 まるで軽くスッてきたかのように言う魔王であったが、あの一瞬で体内にあったコアを掴み取るなど尋常なことではない。

「お。終わりましたねー。どうです? チカラ、湧いてきました?」

「ハッ。こんな下等ごときで実感など得られる訳ないだろう」


 ——魔力吸収(デモン・ドレイン)。それは、代々魔王の血族にのみ発現する特殊能力。先述したように魔王と呼ばれる者達は、本来の驚異的なスペックに反して意外にも、魔力が少ないか全く無い。その上一般的な魔族とも違い、魔法などで消費した魔力も自然回復しないため、この能力は彼ら一族の中で非常に大きなウェイトを占めていた。

 効果は至ってシンプルで、自分が倒した相手から残存魔力を奪うというもの。ヴァンパイアの吸血行為と似たようなものだと考えてもらえば分かりやすいだろう。いくら基礎能力がずば抜けた魔王と言えど、魔力による補正無しには幾千幾万の魔族達の頂点に立つことは不可能。魔力吸収(デモン・ドレイン)とは、魔王として生きていく上で必須の能力であると言えた。


「ですよねえ……。まあでも、無いよりはマシ程度に考えるのが良いですね。気を取り直して次行きましょーう」

「この状況を作り出した張本人サマが随分と呑気だな。事の重大さと面倒さが分かってらっしゃらないらしい」

「そんな事言ったって、コツコツやるしかないですよー。……というか、意外と根に持つタイプなんですねー魔王さまって」

 当面の指針が固まった二人は、更なる獲物を求め草原を進んでいった。


 再び静寂を取り戻した草原に、そよ風が吹く。葉擦れの音と共に歩を進める二人の悪魔の頭上では、魔界の巨大な月が妖しく地上を照らし出していた。

 



何故か思い出したかのようにインプちゃんだけ始まる容姿描写と、(自称)基礎身体能力が高い、下等生物の一撃に悶える魔力ゼロ魔王……。ツッコミたいことは沢山あるでしょうが、ここは一つ、お目つぶりを——

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