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第八話     通じる想い

「うん、そうじゃなー。経理なんかも役にたつなぁー」

「うん」

「土建の仕事は嫌か?」

「どけん?」

「ふふ、道路を作ったり下水を作ったり」

「おうちの仕事を継ぐの?」

「そうじゃなぁ、角栄さんが言っとたよ」

「角栄さん?」

「土方は一番でかい芸術家だ。土方は地球の芸術家だって」

「へぇー芸術家」

「パナマ運河を作って大西洋と太平洋を結んだのも土方だって訳だ」

「ふーん、そうか。早苗が土方になるの?」

「あはは、早苗にはむいてないかな」

「そうだよー。なんか女の子っぽくないもん」

「そうだなー、でもそういうのを考える仕事はいいぞ。いろいろデザインを考えると楽しいぞー。おじいちゃんは、そういうの好きだったなー」

そう言って本当に楽しそうに遠くを見つめる顔つきになった。

「はーん、そっかー」

早苗もなんとなく楽しい気分になっていた。

それがきっかけで早苗は造園のことをいろいろ調べた。

授業で習ったパソコンを使ってインターネットでも覗いてみた。

造園施工管理技士というのが国家資格としてあることが判った。

それ専用の学部のある大学に行かなければならない。

それで東京農大だった。

「へーえ、なんかすごいねー」と恵美子は感心した。

確かに小学6年生が考えるにしては随分と飛びぬけている。

「ねー、浅草の方に行こー」と他の同級生が声をかけてきた。

「うん」と言って、二人は皆と駅の方に向かった。

江戸の下町情緒といえばやはり浅草だった。

浅草にも五重塔があった。

一体に日本人は五重塔が好きだ。

日本各地に五重塔は建設されている。

早苗にはそれが面白いと感じられた。

仲見世通りは観光客で大賑わい。

外国人は上野よりもたくさんに感じられた。

雷門はテレビで見てるとおりだったので、逆に不思議な感覚だ。

なんだか初めてきた気がしないのだ。

早苗はお土産の大半をここで買った。

おじいちゃんには雷門の絵柄の入った手拭いを買った。

両親には夫婦茶碗だ。

磁気のあるブレスレットをそっと二つ買った。

ペアになっている。

夕方宿舎になっている東京駅近くのホテルに戻った。

明日はいよいよ小グループの自由行動だ。

早苗は恵美子と二人で新宿散策の計画表を先生に提出していた。

修学旅行で一番の楽しみだ。

これには辰夫から事前に電話があったのだ。

この自由行動で新宿に行くという。

二人組なので合流しようと言ってくれた。

早苗は涙が出るくらいうれしかった。

ずーっと心にしまって我慢していたことが、やっと解放されるような思いだった。

そしてなにより、わざわざ電話してくれた辰夫の気持ちがうれしかった。

早速、恵美子に話して一緒に新宿に行くことにしてもらった。

「えーっ、辰夫君と」と恵美子は目を丸くした。

「一緒に来るのは靖男君よ」

「へー、戸田靖男っかぁー。」

恵美子はまんざらでもなさそうだ。

靖男は小柄で目立たない子だけど、優しいイメージがある。

新宿アルタ前で合流した。

歌舞伎町の幾重にも別れる商店街を4人で徘徊した。

独特のにおいのある街だ。すえたようないかがわしい匂いだ。

昼間でもぎらぎらしたネオンや看板がひしめいている。

日本語以外のアジアの言葉が雑踏のにぎわいの中から聞こえてくる。

怖いような、それでいて深い闇のような謎めいた雰囲気のある街だ。

これが新宿かと思わせるものが確かに存在している。

気圧されたように早苗は、辰夫にしがみついて人混みの中を歩いていた。

気が付けば恵美子たちともはぐれていた。

携帯で連絡をとればなんとか落ち合うこともできるが、それは後でと二人は考えた。

携帯のナビに頼って、ようやく新宿御苑にたどり着くことができた。

その間二人は自然に手を組んでいた。

思えばクラスメイトの目を避けることで、二人はお互い禁欲的になっていた。

それがかえって二人の気持ちを近づけた。

会わなくても話さなくても、お互いの心がわかるような気がしていた。

二人して歌舞伎町を連れだって歩いたことで、その気持ちがはっきりした。

「俺、さなちゃんのこと・・・」と辰夫は早苗の顔を見つめた。

うなずくように早苗も辰夫の顔を見上げた。

御苑の広々とした芝の上で二人並んで腰を下ろした。

ずーっとこのまま時間が止まっていて欲しいと本気で思った。

「辰夫君、これ」と昨日浅草で買ったブレスレットを差し出した。

「わぁー、ありがとう」と嬉しそうに辰夫は受け取った。

早速お揃いで二人して手首に着けた。素直に喜んでくれる辰夫の表情に早苗もうれしさがこみ上げてきた。

気持ちが一つになった気がして至福の瞬間だった。会うことを我慢し続けていた間のことを、関を切ったように話し続けた。

辰夫も同じ気持ちだったようだ。

早苗の一挙手一投足が気になってしかたなかったと言う。

「ほんとはいっぱい話したいことあったんだよ。だけどまたなにか言われるんじゃないこと思って・・・」

早苗は辰夫が自分と同じ思いだったことがうれしかった。

「私も勉強なんかも一緒にしたいあなぁって思ってた」

思わず知れず涙がこぼれた。

辰夫がやさしく早苗の肩を抱いた。

地元ではとてもできない大胆なふるまいだが二人ともごく自然に寄り添っていた。

3時過ぎに新宿西口の地下の交番の前で恵美子たちと落ち合った。

恵美子と靖男もなにか親密な雰囲気になっていた。

新大久保のコリアンタウンに行っていたと言う。

早苗と恵美子は顔を見合わせて笑いあった。

男の子たちの方も満足そうに連れ立って歩き始めた。

宿舎には時間通りに戻ることができた。

一点の曇りもなく楽しい修学旅行を過ごすことができた気分だ。

早苗はなにか「勝った」という思いで喜びをかみしめた。



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