第七話 悩ましい年頃
しかし早苗は江戸情緒の味わえそうな不忍の池や雷門に行ってみたかったのだ。
早苗が学校の図書館で見つけた「歴史人口学」という本によると、18世紀ごろは北京が世界最大の都市と目されていた。
けれど、実際には江戸が世界で一番の人口を有していたという。
京都、大阪もロンドン、パリに次いで大きな街だったらしい。
人口以外にも防火設備や下水道の普及など国際的にも高い水準で、識字率などは世界一だったと、別の書物にも書いてあった。
そんな江戸時代のことを肌で感じられる街並みを歩いてみたいと思った。
早苗に合わせて金山恵美子も同じ組に来た。
上野公園の思いのほかの広さに二人とも驚いた。
西郷さんの銅像のところから歩き始めたが1時間ぐらいでは周りきれない。緑の木々に囲まれて美術館や博物館、科学館はては動物園と延々と続く。
「ほんと、すごいねぇ」と恵美子も思わず声を上げた。
「うん、こんなに大きいとは思わなかったー」と早苗も同感だった。
二人は不忍の池で一息ついた。
他の同級生たちも一緒だった。
初夏の日差しが心地よく弁天島をながめながら、ベンチに座ってアイスクリームを食べた。
「早苗ちゃんは、大人になったら何になるん」と恵美子が聞いてきた。
中学進学を前に進路相談のようなことが三者面談であった。
大学進学が女の子でも80%を超えていた。
恵美子も短大ぐらいは行った方がいいと親から言われたという。
「うん、いろいろ考えたけど、うち東京農大に行くの」
「えっ農大?農業するの・・・」
「うふふ、ちょっと違う。造園の方よ」
「はぁー、造園?」
「そう、地球環境科学部って言うの」
「へえー、なんかすごいね。でもそっかー、おうちが土建業だもんねぇー」と恵美子はひとり合点している。
しかし早苗はずーっと前から考えていた。
高校出たら就職と思ったりもした。まだ義務教育の中学校が残っているから先のことのようにも思える。
でも早苗はそんなことより自分は何をして生きていけばいいのかと考えていた。
この前もおじいちゃんに聞いてみた。
「早苗はもうすぐ中学生よね。そのあと高校に行くよね。そのあと早苗はどこ行けばいいのかなー」
突然の質問にさすがにおじいちゃんは驚いたようだった。
「ほうー早苗はそんなこと考えとったんかー」と早苗の顔をまじまじと見つめてきた。
「うーん、そうだなぁ。昔と違って女の子も仕事するのが普通になったからのー」と考え深げに言う。
「お嫁さんになってもお母さんみたいに働きたい」と早苗はおじいちゃんを見つめ返した。