第十五話 驚天動地で揺らぐ気持ち
早苗もまだ夕飯前だったので、自分の部屋で文化祭の研究発表のための資料に目を通そうかとしているときだった。
この二多村も震度6の揺れでかなり激しかった。
思わず机の下に潜り込んだ。
震動は1分程度の時間だったが、とてつもなく長く感じた。
揺れが修まると、あわてて階下の両親のところに駆け込んだ。
しばらくしておじいちゃんも顔を出してきた。
幸い家の被害は少なく、台所の調度品が床に落ちて散乱したぐらいでけが人は出なかった。
大分もうろくしていた爺やを使って、納屋の様子も点検したが大したことはなかった。
町会議員の父親は早速町全体の様子を見に行った。
しばらくするとテレビで地震の被害の様子が映し出され始めていた。
長岡市や小千谷市の被害がひどかったらしい。
死者も出ているとの報道だった。
その後も余震が続き、早苗は、おじいちゃんと母親とひとかたまりで居間にいた。
恐怖感でいっぱいだ。
この後どうなるのかと心細くて仕方なかった。
夜遅くに父親が戻ってきた。皆まんじりともせず起きていた。
父親は家族の顔を見てにこりと笑顔を見せた。
「大丈夫や。町のほうも大したことない。余震も続いているけどもうおさまるころや」
これで家族はほっとした。
「そーかぁ、よかった。テレビのニュース見てると、だいぶ大きい地震じゃったようだのう」とおじいちゃんが言った。
「うむ。阪神淡路のよりも規模は大きい言うことや」
「へぇー、そんなに大きかったん。でもよかったぁ、あまり被害が出なくて」と母親も安どの声を上げた。
これで早苗もやっと安心できた。
それにつけても自然の猛威の怖いこと。
早苗は骨身に感じる思いだ。
中道先生の「自然からのしっぺ返し」と言う言葉が思い返された。
地震の規模からみれば、被害はむしろ小さかったように思えた。
どちらかと言うと、人口密度の低い地域が震源地に近かったという幸運もあった。
家屋の全半壊や死者の数は、例年繰り返される台風災害と比べて突出するほどではなかったが、やはり地震の怖さは格別だ。
台風や集中豪雨は事前に予測がつけられるが、地震はいきなりだ。
しかも一瞬の衝撃だ。その恐怖は実害よりも何倍も大きく感じられる。
早苗もその夜は寝ることができないでいた。
翌日久しぶりに辰夫から電話があった。
心配してくれていた。
「大丈夫じゃった?」
「うん。怖かったけど・・・」
「ならええけど・・・。最近全然顔合わせんかったからなぁ」
電話口の向こうの声が懐かしく聞こえた。
今ではなんとも思わなくなっていた辰夫に、無性に会いたくなっていた。
「会いたいねぇ」
早苗も素直にこたえていた。
人は非日常の体験をすると不思議に素直になれる。
他人への想いも普段とは違ってくる。
日常の余分な構えというものが崩れて、ありのままの自分がさらされるからなのかもしれない。
そのことが早苗をして無性に辰夫に会いたいという気持ちにさせたのだろう。
翌日二人は学校の帰りに落ち合った。
駅前の小さな甘味処でたい焼きをほおばった。
「山古志は大変じゃねー」
「うん、まだ生き埋めになってる人もおるらしい」
「ほんと地震って怖い」
山古志村が地震による山崩れで孤立したニュースが、全国に流され話題になっていた。
この何日か後に、山崩れに見舞われて押しつぶされた車から、幼い男の子が救出された。
その映像が、何度も全国のニュースで放映されたりした。
残念ながら、その子の両親の方は助からなかった。
「人間なんて大自然の前じゃー、ちっぽけなもんだよ」
「そうねぇ。中道先生もそう言う」
「そう言えば、文化祭はなにするの」
「うん、やっぱ、歩こう会で調べた自然観察のまとめを発表するの」
早苗は、それまでそのことが頭から離れていたことにあらためて気づかされた。
それほど地震の恐怖でいっぱいになっていたのだ。
「さなちゃん。俺、大学行ったらジャーナリズムの道に進もうと思う」
いきなり辰夫が言い出した。
「へぇー。ジャーナリズム?」
早苗にはあまりピンとこない。
「これでやっとさなちゃんに追いついた気がするよ」
「ええ、なんで」
「だって、さなちゃんは中学の時から将来のこと決めてたやろ。俺ようやくやりたいことが出てきた」
「ええ、そうなのー」
早苗には意外だった。
辰夫がそんなこと気にしてるなんて思ってもいなかった。
小学校から中学にかけて付き合ってきたこの男友達と、なぜか気持ちの上で距離が出来てしまったことが思い返された。