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第十二話    弥彦山    

7月の終わりに弥彦山の(ふもと)を日帰りで散策した。

弥彦山は越後平野の日本海側に連なる弥彦山山脈の主峰。

高さは600メートル程度だが、秀麗な山容を海岸がらいきなり突き出す形で平野の中に屹立している。

一行は15名ぐらいの参加者で、女子は6名だった。

スケッチをしたり事前に調べた地名の由来を確認したりと、早朝から夕暮れまでクラブ活動のスケジュールをしっかりとこなす。

弥彦山ロープウェイで山頂に登ると日本海が一望できる。

遠く佐渡の島も望めて絶景だった。

学生たちは歓声を上げて喜んだ。

クライミングカーという急斜面を線路とロープで引っ張る、箱形の乗り物に乗ってパノラマタワーのある所まで移動した。

そのパノラマタワーにも登った。

早苗たち女子生徒は中道先生にくっついて回った。

中道先生は東京の大学の話をしてくれた。

東京に憧れて、進学するなら東京と思っている生徒がほとんどだったからだ。

「でもね。この豊かな自然は宝物なんだよ。東京もいいけど郷土の素晴らしさも理解せんとなぁ」

弥彦神社の境内で先生は生徒たちにそう話した。

「先生うちもそう思います」

早苗はそう答えた。

「でも発展もしないとだめだから、うまく開発もしないと」と一人の男子生徒も発言していた。

「うちはもうこれ以上はいいと思う。やっぱり自然は守らんとね」と別の女子が意見を述べていた。

「だけど、どんどん過疎になっちゃーしようがない。やっぱり産業がないとね」

「みんながみんなお百姓にはなれんよね」と別の誰かが言った。

「それに、ここのみんなはほとんど新潟の方に行くか東京のほうに行くんやろ」

「でも、戻ってくりゃーいい」

「だから、仕事がなけりゃぁ戻って来れんよ」

わいわいと議論が始まった。先生はにこにこしているだけだった。

弥彦神社から歩いてあたりを散策した。

みんなは携帯電話のカメラであちこちを撮影した。

早苗は幼いころから一眼レフを扱っていた。

今ではデジカメの一眼レフなので、操作は簡単だ。

級友や先生のスナップを撮ったり、そこここに咲いている小さな名も知れぬ花の接写をして楽しんでいた。

あの子供時代に庭の花を撮っていた頃のことを思い出していた。

「なかなかのもんだねぇ、そのカメラ」と中道先生が声をかけてくれた。

「これはねー、クサボタンと言うんだよ」

「クサボタン」

「そうこっちはキンノミズヒキっていうんだ。

山の花はね、高い所ほど小ぶりな花が多いんだよ」

「へぇー、どうしてですか」

「うむ、やっぱり養分が乏しいから大きな花はつけられないいんだよ。

平地より気候が厳しいから、短い期間に受粉を済まして養分を蓄えなくちゃいけないからね」

「でもなんでそんな厳しいところでわざわざ咲いてるんですか」

「うむ、いい質問だね。それは生き残るためだよ」

「・・・」

「環境がいいところは競争が激しいから、競争相手の少ないところに適合しようとしてるんだよ」

「そうなんだぁ、競争に打ち勝つか、環境に適合するかなんだ」

「そうだね、どっちも厳しいことには変わりはないね」

「ふーん。どっちも大変かぁ」

「どちらかというとゆりの花なんかは打ち勝つ方だね。だから百合の花に気品みたいなものを感じる人が多いのは、やはり堂々と競争に打ち勝って咲いているからなんだろうね」

「ゆりって強いんだぁ」

「だから競争を避けた花たちは、どちらかというと自分の居場所を探してひっそりと咲くってイメージがあるね」

早苗は中道先生の話にうっとりと耳を傾けていた。

しかしその時間は短い。

他の女の子達が割って入ってくる。

「先生、この花なんて名前ですかぁ」

中島先生はにこにこしながら答えている。

早苗はそんな先生の横顔をひそかに見つめているのが好きだ。

ゆりの花に気品が備わっているのは競争に打ち勝って咲いているからと先生は言った。

早苗は、ひっそりと自分の居場所を探すより、堂々と前に進む生き方がいいなと感じていた。

この日帰り旅行のレポートの中で、早苗はそのことを書いた。

何日か後に中道先生から手紙が届いた。

「レポート面白いね。花の写真撮るのが楽しいと書いてあったけど、こんど高山植物のポートーレート撮りに行くので行かないか」とあった。

早苗は胸をときめかした。

先生から直接手紙をもらえること自体感激なのに、憧れの先生と一緒に写真を撮りに行けるなんて夢みたいと喜んだ。

それは8月の終わり。

奇しくも早苗の誕生日前後の日程だった。


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