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第十一話    ときめきの瞬間    

早苗の誕生日は夏休みの終わり頃だ。

おかげで小さい時は学校の友達に誕生祝をしてもらうことが少なかった。

それが子供心にも不満だったが、今はかえってそれがうれしかった。

誕生日に辰夫と二人で過ごすことができるからだ。

夏の終わりは若い二人にも感傷的な気分を味わせてくれる。

もうじき夏休みが終わる。それが時の過ぎて行くことを実感させてくれるからだ。

この時分、モーニング娘の歌や踊りが人気だった。

宇多田ひかるも安室奈美恵も大好きだった。

「あゆの詩もいいよね」と辰夫が言った。

「おはロック!うふふ。」

「ああ、あれねぇ。よーやるよなぁー」

スマップの香取信吾が、女装して子供たちと一緒に「オッハー」と歌っているのがヒットしていた。

「今度できるディズニシー行ってみたいね」

「うん、貯金して行こーかぁー」とちょっとおどけた風に辰夫が言う。

二人でファイナルファンタジーXをやりながらの会話だ。

交互にゲーム機を持って遊ぶのだ。

何時のころからだろう、こうしてゲームをしながら会話するのが普通になっていた。

「明日、天気になぁーれ」

「天気はなんだって天気さ。それを言うなら、明日いい天気になぁーれだよ」

こんな他愛もない会話で、二人は早苗の部屋で過ごしていた。

気が付くと夕暮れ時になっていた。夏の5時はまだ明るい。

ふと辰夫が真顔になった。

「今日で14歳なんだね」

早苗はそう言われてあらためて「そう14歳」とうなずいた。

顔を上げるとそこに辰夫の顔が迫ってきていた。

あっと思った時、抱きしめられていた。

顔を覆われ一瞬目の前が真っ暗になった。

唇にやわらかい湿ったものが触れるのがわかる。

心臓の鼓動が止まったような気がした。

しばらくして目の前の光景が広がった。

辰夫の緊張した顔がゆっくりと離れていく。

しばらく無言の時が過ぎた。

「ごめん・・・。びっくりした」と心配そうな顔で辰夫が口を開いた。

早苗は無言でかぶりを振った。

体は硬直していたが気持ちは落ち着いていた。

早苗はこの日のくることを予感していた。

いつか辰夫にキスされる。

その日を待ち望んでいたような気もする。

どぎまぎしているのは辰夫の方のようだ。

今度は早苗の方から顔を近づけた。

二人はさっきと違って、ちゃんと意識した口づけを静かに交わすことができた。

二人にとってこの日は革命的な一日となった。

友達から恋人に、子供から大人に成長したのだ。

世界中で自分たちが一番幸せなカップルのような気がする。

何も怖いものはない。

自然にそう思えた。

その日の帰り、途中まで辰夫を見送った。

「受験、頑張ろうな」

そう言って辰夫は帰って行った。

早苗もこくりとうなずいていた。

二人は柏崎高校を目指していた。

一時期の団塊の世代のような過当な受験戦争は影をひそめてた。

しかしやはり人気の高校は高い競争率だ。

まずは推薦を受けれれば志望校は大丈夫だ。

成績トップの早苗は文句なしだ。

辰夫も悪い成績ではない。

そうすれば二人して同じ高校に通うことができる。

目下の二人の目標はそこにあった。

二人で電車通学なんて、きっと楽しいに違いない。

未来に向かって夢が膨らむ瞬間だ。

実際、11月には早苗は推薦をもらった。

辰夫も12月に最後の推薦の内定をなんとかもらえることができた。

こうして二人は柏高にそろって進学することを実現させた。

そして仲良く電車通学する夢もかなえたのだ。

早苗は高校で初めて部活を本格的にやってみようと思った。

中学ではクラスメイトに小学校のときのトラウマがあったために、友達を欲しいという欲求が消えていた。

わずらわしい人間関係を避けるかのように、なにやら茶道部みたいな地味なクラブを選び結局ほとんど顔を出すこともなく終わっていた。

早苗の目を引いたのは「柏崎を歩こう会」というクラブだった。

中学校ではお目にかかれないようなクラブ活動なので、やってみたいとまず思った。

加えておじいちゃんが熱心に言っている、里山運動にも通ずるものがあるような気がしたからだ。

辰夫は文学同好会に入っていた。

一学期の間は夢みていた電車通学を二人で楽しんでいたが、夏休みになると少し事情が変わってきた。

早苗の歩こう会は、活動のメインがこの夏休みや冬休みの間の小旅行になる。

普段はその活動資金を集めるためのアルバイトにいそしんでいるようなクラブだった。

それがために夏休みの大半はあちこちに小旅行することになった。

それは日帰りが大部分だが、時には一泊ということもある。

一方、文学同好会は秋に小冊子を出す計画があるためもっぱら創作活動に余念が無くなる。

受験勉強の際には、毎日のようにメールをしたり実際に会ったりしていた二人だった。

しかし、親密だった早苗と辰夫もだんだんに疎遠になり始めた。

それは時間的に合わなくなっただけではなく、二人の思考や趣向のようなものにも開きが出てきた証拠だった。

メールのやり取りでも少しずつ二人の意見は食い違いを見せ始めた。

世の中の様々なできごと全てに懐疑的な言葉を発する辰夫に、早苗はかなり辟易するようになってきた。

以前はもともと理屈っぽい辰夫の考えに素直にうなずいていた早苗も、いまではうるさく感じるようになっていた。

いつのまにかメールのやり取りも少なくなっていた。

代わって早苗の興味をそそったのは、歩こう会の指導教師の中道和夫先生だった。

すでに30は過ぎていた。

しかし植物の観察が趣味だという理科の教諭は見た目も若々しく、なにより優しい温和な大人の雰囲気が早苗は好きだった。

すでに結婚をしていたが、子供に恵まれていないせいか、どこか独身のような気軽さがあった。

そこが早苗たち女子生徒に人気がある由縁だった。

そう、歩こう会は男子生徒に負けないぐらい女子部員もいたのだ。


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