007
リンさんとケンさん。
姉弟で7th Gateに参加した二人は、ゲーム内での友達関係も『兄弟』に設定されているらしい。
リンさんは、ハナビやナツキと同じギルド『山山』に所属しているヘビープレイヤーで、何故かハナビを溺愛する。とは言っても、飽くまで「クリーンな関係」を保っているらしいが。
弟のケンさんもMMOのヘビープレイヤーらしいのだが、彼はおとなしめな性格らしく、生産職でまったりライフを好むそうだ。
そして特筆すべきは、二人とも『ベータテスター』だと言うことだ。
『ベータテスター』。
ことVRゲームに関しては、ベータテスト時代からのプレイヤーと言うだけで、プレイヤースキルにかなりのアドバンテージが発生する。通常の画面越しのゲームと違い、三百六十度の視界を持たないVRゲームは、経験によって蓄積された勘が何よりも大切になってくるからだ。
そしてもう一つ。これは7th Gateに限って言えることだが――ベータ版から一部のアイテムと一部のスキルの引き継ぎが行える。それはそのまま、ゲーム進度に対して厖大なアドバンテージを持つことになるのだ。
もしかしたら僕は、現時点で最強の二人と対面しているのかも知れない……。
「それは大袈裟だよ」
ケンさんが苦笑いする。
「セブンスゲートのオープンベータ参加者は五千。まあこれは、先着人数で定められていたのだけどね……。つまりね、他に四九九八人も俺達と同じアドバンテージを持っているってことだよ。俺達の強さは、その中では恐らく底辺。何せ冒険に出ないで、【鍛冶職人】というサブ職に甘んじて居るんだからね」
甘んじているとは言え、こうしてちゃんと店も買えている。
ハナビ風に言うと、「スタートダッシュに成功した」プレイヤー、と言うわけだ。
「それにしても運がいいなあ。ハナビちゃんだっけ? 彼女がうちに目をつけてくれたお陰で、初日にプレミアム素材をゲット出来たんだし」
ケンさんは、満足げにアイテムボックスを開く。そこには多分、先ほど僕とハナビが売却した、プレミアムオークの素材が入っているのだろう。
「それに、ある意味イイモノ見られたしね」
ケンさんは苦笑いで、僕の後ろを見る。
「アレですか……」
そこではハナビが、半ば——と言うか殆どリンさんの言いなりになって、いろいろな格好をさせられていた。
メイド服に始まり、どこからとって来たのかバニーガールの衣装やら、やたらと露出の高い踊り子の衣装やら……。先ほどなど、無理やりビキニを着せられそうになって居たのを、殆ど涙目になって逃げ回っている姿もあった。
そんな事を三十分も続けているうちにギャラリーが増えに増え、ケンさんたちの店の前だけ、ログイン直後の噴水広場並みの人集りが出来ていた。
「あれじゃあアイドルだ」
ケンさんの言葉通り、どこで調達してきたのか、中にはカメラを構えるプレイヤーまで現れた。
因みにハナビ自身は既に吹っ切れたようで、バニーガール衣裳のまま様々なポーズをとっている。強い人だな……。てかバニーガールって。
「記念写真にゃー! ほれほれ、ケンもシュン坊も、はよこっち来るにゃん!」
ギャラリーの一人からカメラを貰った(奪った、では無い)リンさんが、こちらへ手を振っている。
「はいはーい。——どうする? シュン君も記念写真がてらに、ちょっと着替えるかい? 俺もコスプレ衣裳は一つ二つ持ってるよ。ほら」
そう言ってケンさんは、アイテムボックスを開き、中味を可視化した。
「おうふ……」
中々の——品揃え。
そもそも、一つや二つでは無い。
そんなものは内輪な、小袈裟な見積もりだった。
むしろ、種類豊富の盛りだくさん、選り取り見取りの多彩満載目白押し、まさにコスプレのオンパレードである。
……ごめん。少し大袈裟すぎた。
でも確かにこれは、「少ない」という部類に有ったものではない。
海賊のキャプテン衣裳もあれば、魔法使いのローブ、ピエロのカラフル衣裳もある。何処かの劇団から持ってきたような乞食の衣装があったと思えば、指揮者が着るような燕尾服だって、特攻服のような白ランだってある。後にこれらは全て、NPCショップでリンさんと一緒に購入したものだと教えてくれたが……もしかして彼らは、財産の全てをコスプレに費やしたのではないか?
「じ、じゃあ僕は、これにします」
取り敢えず一番最初に目に付いた、海賊の衣裳を手に取る。
「ふーん……じゃ、俺はこれだね」
ケンさんが選んだのはピエロの服。赤青緑黄色に彩られた、目がチカチカするような衣裳だ。
「これはプレミアム素材をもたらしてくれた、シュン君への感謝の印だ。タダで受け取ってくれよな」
トレードウィンドウに海賊の衣裳を乗せながら、ケンさんが言う。
「ありがとうございます」
実際、そこまで高価なモノでは無いのだろうけれど……それでも結構、嬉しかった。
相手は年上だけれど、VR世界で初めて出来た——友達なのだ。
この世界の——仮想、現実含めたこの世界の、どこに友達が出来て嬉しくない奴が居るだろうか。たとえ仮想の世界だろうと、友達は友達だ。
世界を越えても、友達は友達であり続ける。
「うぇーい! ピースピース! シュン君も早く来なってー!」
少し遠くで、僕を呼ぶハナビの声がした。
感傷に浸りかけていた頭を振ると、僕はその声に返事をして、そして海賊の衣装に着替え、駆け足で向かって行った。
*
バニーガール姿のハナビ、メイドリンさん、ピエロケンさんと一緒に、大量のギャラリーに囲まれながらおよそ数時間後に渡って街を闊歩してきた僕は、その後ログアウトした後、何故かシャワー上がりの夏希に怒られる羽目になった。
「えー、何よそれ! 何で私も連れて行かなかったのよ!?」
「いやだってお前なあ、六時まで寝てるって言ってたじゃないか」
「そこは臨機応変に対応しなさいよ!」
そんな無茶な……。
「も、もしお前が行ってたら、公衆の面前でバニーガールとかビキニとか着せられてたのかもしれないんだぞ?」
「バニー上等! ビキニ上等! 何なら下着姿でも良いわよ!」
お前は痴女か……。
実際問題、ハナビならともかく夏希に需要は有るかというのは、客観的に見なければよく分からない。僕にしてみれば身内補正かかりまくりで、こうして相手がシャワー上がりのバスタオル姿でもドキドキワクワクしたりしないのだけれど。
まあ本当のところ、夏希は客観的に見たら「可愛い女の子」だ。
彼女は幼い頃から、「人形みたい」という形容詞が良くつけられる少女だった。中学の時とかラブレター(アレには同性からのファンレターも含まれていただろうと、僕は推測する)大量にもらっていたし、中三の時のバレンタインデーなんてクラス中の男子が一日中コイツの席の周りを右往左往していた。
僕と親友の天空は、その様子を見て一緒に大笑いしたモノである。そう言えばアイツ、元気にしてるかな?
っと、話がズレだ。
「なあ、お前もうシャワー浴びたんだろ? 僕貰っちゃっても良いか?」
「良いけど、後で必ずその写真見せなさいよ! ハナビのバニー姿って結構見てみたいし、リンさんも結構綺麗だから、メイド姿はさぞ萌えるでしょうしね」
「お前はメイド萌えかよ……」
百合好きでメイド萌えって……少し会っていない内に、どうなっちまったんだ。
「メイドぶひぶひっ」
彼女は言って、そのままベッドに寝転んだ。
チラリと見る。
露わになっている肩口と鎖骨。同年代としては(ハナビ程でないにしても)平均以上だろうというバスト。そして括れた腰。
そこまで見たところで(既にチラリでは無い)、夏希もこちらを見ている事に、気付く。
「なーに? そんな格好だと風邪ひくとでも言いたいわけ?」
僕はお母さんキャラか。
「ちげーよ。滅多に見る事がないから、バスタオル姿を見貯めしておいた」
軽い冗談だ。
「へーえ? じゃあ取った状態も見ておく?」
冗談で返して来た——んだろう。多分。
「止めとくわ。男はチラリズムにこそ、ロマンを感じるからな」
「そ、残念。じゃあこんなのどう?」
そう言って彼女は立ち上がると——あろうことかバスタオルを下から捲り始めた。
「ちょ、止めろ! もういい、僕は風呂に入ってくる!」
いくら一緒にいた時間が長かろうと、いくら相手が従姉だろうと、夏希も一応女の子なのだ。咄嗟に理性が働いて、僕は着替えを掴んでシャワー室へと向かう。
「シュンがまだみたいで安心したわ。先越されたらどうしようかと思ってた」
グサァッ!
その発言は地味にメンタルを抉るぞ……。
「……何なら私が奪っちゃおっかな」
「はぁ?」
突然妙に艶っぽくなった声に、慌てて振り返って彼女の顔を見る。
従姉はいたずらっぽい顔で、いや、意地の悪い顔で、ニヤリと笑っていた。
――心臓に悪い、いつもの冗談だ。