006
昼食中の会話は、当然というべきか必然というべきか、自然な流れでゲーム内仕事の話になっていった。
「ナツキちゃんは【盗賊】なのはもう聞いたから良いとして、シュン君は何にするんだい?」
「まだ決めてないんだけど……。そもそも、どの職業がどんな特色を持っているのかも知らないし、選びようが無いんだよ」
「昨日寝る前に散々教えてやったじゃない」
「お前の情報は当てにならん」
夏希経由で伝わってくる情報はその殆どが彼女の喋りたいことのみで形成されている為、非常に偏っているのだ。
「むーん? 昨日寝る前に、ねえ……。リア充の台詞だなー、それ」
何か気を悪くしたみたいだ。
「ハナビは美人なんだから、適当に男捕まえれば即リア充になれるんじゃない?」
おい夏希、言葉選びが失礼だぞ。
「うち女子校」
「……百合か」
「違うよ!?」
従姉の短絡的歪曲思考は、今に始まったことではない。
「ところでシュン君は、職業の情報が欲しいんだったっけ?」
「うん。ハナビが奨めてくれた両手剣は使いやすかったから、出来ればそれに合ったジョブが良い」
「なるほどねえ……」
軽くグーにした手を顎に当て、しばし考える仕草。
「メジャーどころでは【騎士】、【野戦士】が有るねー。他には、筋力特化の割り振りで【呪術師】もありかも」
「夏希がなるって言っていた【盗賊】は?」
「アレは敏捷重視職だから、両手剣は厳しいな。シュン君の戦い方を見た感じ、隙を見て大技をたたき込むタイプに見えたから、他の素早く動ける武器だとダメージ量的にちょっと物足りないかも知れないよっ!」
凄いな。そこまで分かるのか。
「あたしは【野戦士】でバランス型かなー? 知力振り考えなくて良いから、育成が楽だよっ」
「『知力』?」
新しい単語です。テストに出ますよー。
「『筋力』が剣とかの物理攻撃ダメージに関連するステータスなのに対して、『知力』は魔法攻撃のダメージに関連するのよ」
「成る程ねえ」
夏希にしては、分かりやすいことを言う。
「さっき言った【呪術師】ってのは、知力が高くて魔法攻撃が得意なジョブ。それと敏捷もそこそこ有るから、筋力特化にすると魔法アンド剣技の、いわば魔法剣士みたいでカッコイイよっ!」
「ふうん……。ん? そう言えば、【騎士】やら【野戦士】やらの、元々筋力が高そうな奴らってのは、魔法を全く使えないのか?」
もし使えるならば、そちらで知力を上げれば済む話ではないか?
「うん。【騎士】は一応、補助系の魔法なら使えるねー。ただ攻撃系は無理。攻撃魔法は【呪術師】と【祈祷師】の二職しか使えないし、【祈祷師】の方は補助魔法も使える代わりにステータス全般がかなり低いから……」
魔法剣士みたいにするには、【呪術師】以外の選択肢は無いと言うことか。
「決めた。僕は【呪術師】にする!」
*
どうやら夏希は今日のことが楽しみすぎて、昨晩全然眠れなかったらしい。僕達が昼食を終えて部屋に戻ると、「午後六時くらいになったら起こしに来て」と言葉を残してそのままベッドにダイブしてしまった。
「て言うか五時間近くも寝るのかよ。お前このゲーム楽しみだったんじゃないのか?」とツッコミを入れるも意識は既に夢の中。僕は小さく溜息をつくと「Virtual Sense」に寝転んだ。
そして東門前。
どうやら町中でログアウトした場合、最後に居た座標に転送されるようだ。ポリゴンで構成されたとは思えないほどのリアリティー感に再びの感動を覚えていると、数秒と経たず、目の前にハナビが転送されてきた。ジャストタイミングである。
「さーてっ! 換金に行くか、転職に行くか。シュン君はどっちがいいっ?」
「どっちでも」
「むう。優柔不断右顧左眄、意志薄弱で他力本願な回答だぞー!」
四字熟語を四つ!
「じ、じゃあ換金で」
「おけいっ!」
いや待てよ。よく考えたらこれ、ハナビの意志が入っていないぞ。ハナビの方こそ意志薄弱なんじゃあ……。
なんて、そんな反論をする暇も与えずにハナビは、さっさと町中へ向かってしまった。町が無駄に複雑になっているのと、初日な所為で大部分のプレイヤーが集まっているのもあって、彼女の姿を一瞬で見失ってしまう。しかしパーティー登録をしていたお陰で、視界の隅に展開されている街中マップに彼女の位置が表示される為、はぐれるのだけは何とか阻止できた。
ハナビが向かっているのはどうやら、ルーセントの南側ブロックのようだ。
楕円形の街であるルーセントは、その丁度中央にある噴水広場を中心に、同心円状に街が広がっている。噴水広場を交点と定め、×を引いてブロック分けし、その南側に当たる部分が南側ブロック、と言うわけだ。
そしてどうやらそこには格安で販売されている店舗オブジェクトが大量にあるらしく、上手くスタートダッシュを決めた生産職プレイヤー達は、早くもそこに商店街を形成しているのだと言う。ただその殆どがベータテストのデータから引き継ぎを行った者で、製品版から開始したプレイヤーから見れば、かなり不利な設定らしい。まあ、僕には関係ないか。
ともあれ、ダンジョン内ではあまり見かけなかったVR世界に舞い上がっているプレイヤー達の人混みをかき分けると、ハナビと僕は南側ブロックの通りへと到着した。
全体が煉瓦造りの建物であるルーセントは、かつて旅行番組で見たことのあるバルト海沿岸部の街のようで、異国情緒溢れる町並みだった。
「もう少し空いていれば、もっと街の雰囲気を楽しめそうなのになあ」
全くの同感だ。
ハナビは暫く商店街を眺めていると、ふと何かを見つけたように、一つの店舗を指さして言う。
「お、あそこの店なんて、良いんじゃないかな?」
「ちょっと待てハナビ。アイテムはNPCに売るんじゃ無いのか?」
道具屋とかで店主に話しかけると、『買う/売る/話す』って出てくるアレだ。
「ええー。シュン君、いつの時代のRPGだい? それ」
引かれてしまった。
「確かにNPCにも売れるけどね、彼らは相場関係なく格安で引き取るから、基本的には利用しないんだよ。その点プレイヤーなら、交渉次第でいくらでも高く買ってくれる。そこを利用するのが、この世界で生き残るコツだよ」
スケールででけえぞ。たかがゲーム内資金集めが、サバイバルティックなお話になっている。
「たかがゲーム内資金、されどゲーム内資金。ちょっくら華麗に交渉してくっから、見てなよっ!」
アイテムを売却するに当たり、特殊な交渉術が必要となります。その交渉方法は極秘事項の為、お見せすることが出来ません。
数分後。「おっけー!」ハナビがグッと親指を立てて、僕を呼んだ。
行くと、背の高いひげ面の男性――恐らく店主なのだろう――が、苦笑いして立っていた。
「あー、いらっしゃいいらっしゃい。【鍛冶職人】のケンだ。全く、怖い人をパートナーに持ったねえ」
「はあ……」
――確かに、有る意味では恐ろしい交渉術だった……。
「おーい、リン姉。お客さん」
ケンさんは、店の奥へ向かって声を上げた。大体六畳ほどの部屋なので、奥に人がいれば見えるはずなのだが……僕には誰か居るようには、見えなかった。
と、思った瞬間、
「にょわっ!」
僕の隣でハナビが声を上げ、バチバチッと不快な音が鳴った。
「何だっ!?」
慌てて振り返ると――地面に女性が倒れていた。
「ふふふ……ハラスメント防止プログラムに、阻まれちゃったわねえ……」
地面に倒れていたの女性はぶつぶつと呟きながら立ち上がって、ケンさんの隣に移動する。
「いやぁ……」
今度はハナビが、全然ハナビらしくない言葉を発した。
見るとなにやら、両手を胸の前で交差している。
――先ほどの女性の発言と照らし合わせて、大体の事情は把握した。
「な、何でリンさんが、ここにいるんですかぁ」
もうなんて言うか、庇護欲をそそられまくるような声をだして、ハナビは僕の背中に隠れる。
いや別に、「こういうシチュエーション悪くないなー」なんて不埒な事考えてませんよ!
まあでも正直、ギャップ萌え的な何かを感じてしまったことは認めよう。
「おや、リン。知り合いだったのかい?」
ケンさんが、女性の方を見る。
「いいえ……男の方は知らないわ……」
リンと呼ばれた女性は、真っ白な顔をこちらに向け、小さく首を振った。顔面蒼白、腰まで伸ばした黒髪という出で立ちの所為で、雪女にしか見えない。
「こんにちは少年……私はギルド『山山』所属予定の、リンって言うの……しばらくは、弟のケンの店を手伝うつもりよ……そちらの子とお知り合い……?」
そうか。今朝夏希が言っていたセクハラ行為を働くギルドメンバーは、この人だったか。
リンさんが顔を近づけてくる。
「は、はい。一応」
怖すぎる。顔は綺麗な造形なのだが、真っ白すぎてどう見ても幽霊だ。
「ふふ……その子に手を出したら、呪い殺すわよ……」
ひぃっ!
「全く、調子に乗りすぎだよ。お客さん怖がらせるのは止め――っと、セクハラするのも止めにしておきな。それとさっさとそのフェイスペイント、剥がしたらどうだい?」
ケンさんが、呆れた様に注意をする。
「はいはい。了解了解」
先ほどとは打って変わって、三点リーダーの全くない簡素なしゃべり方になると、メニューウィンドウを開いて操作する。
数秒の後に洗われた顔は、健康的な小麦色だった。因みに髪型は現在ポニーテールになっている物の、腰までの長さはそのままだ、
「ハナビちゃーん? 元気にしてたかにゃーん? 暫く会えなくてさびしかったにゃん」
「ひっ! ひぃぃ……」とおびえるハナビ。
……それにしても、普通のしゃべり方もパンチ効いてるんだな。
「それと少年! 君の名前は何だろにゃーん?」
そう言えばまだ教えていなかったことを思い出し、急いで名乗る。
「シュンです! 今は訳あって妹と一緒にハナビとパーティー組んでます!」
「にゃーん?」と品定めするような目つき。
「ふん、まあ合格点と言ったところにゃん。ところでここに、何しにきたんだにゃん?」
「アイテムを売りに来たんだとさ」
ケンさんは肩をすくめる。
「なるほどにゃーん? ちょっと見せてにゃん」
リンさんは頷くと、ヒュウッと風切り音を立てて移動すると――いつの間にか後ろに来ていた。
「!?」
これはもう敏捷ステータスとかじゃねえよ。絶対この人リアルで鍛えてるよ。恐らくは――女の子の後ろに回り込む行為、その為だけに。
「にゃーん……もうプレミアムを狩っているとは。ハナビちゃんの檄運は相変わらずだにゃー」
僕のアイテムボックスを見ながら、少し驚いたようにリンさんは言った。
――ん? プレミアム?
「『プレミアム』って何なんですか? どうもさっきのオークは、他よりも大きいし色も違うし、攻撃力も段違いだったんですけど」
「んー? シュン坊は、『数字付き』シリーズは初めてにゃん?」
あだ名シュン坊かよ。
因みに『数字付き』シリーズというのは、セブンスゲートの製作会社が過去に開発したMMOシリーズの通称で、『1st Ability On-line』に始まり、『7th Gate On-line』で七作目となるんだそう。
公式ではシリーズ物として認定されていないが、敵キャラクターなどが共通している点が多いらしい。
らしい、と言っているくらいなので、当然僕は初めてだ。
「まあ簡単に言っちゃうと、色違いのオークって所かにゃーん。倒すと貴重なアイテムを落として、経験値も豊富に入る。でも出会える確立はかなり低くてだにゃーん、大体再出現に半日かかるって言われてるにゃー」
「へー。じゃあ滅多に会えないのか……」
レベル十のHPを一撃で七割方削った様な敵だ。会えないことに対する安心が半分を占めるが、やはり貴重なアイテムをゲットできないと言う残念さも、半分を占める。
「で? どれを売ってくれるのかにゃーん?」
「あ、それなら。なあ、ハナビ」
僕は未だにリンさんにおびえていているハナビに、声を掛ける。
「な、何かな?」
「交渉してくれ」
ガーン、と効果音が鳴ったのは気の所為ではあるまい。
ハナビは心の底から絶望した表情になり、僕の顔を見た。
「その人の前であんな事をしたら、あ、あたし、ただじゃ済まない……」
確かにな……。
「にゃーん? あんな事ってどんなことだにゃー? お姉さんにも、見せて欲しいにゃーん」
「ひ、ひぃぃぃ」
両手を挙げて、ハナビをつかみかかろうとするリンに、ハナビは腰がすくんで動けないで居る。
――だめだこりゃ。
「あのー、アイテム買ってくれませんか?」
僕は溜息をつくと、苦笑いして傍観しているケンさんに、交渉を持ちかけた。