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夏。仮想世界にて、瑕疵と  作者: 後手堀かおる
New Game; 催事会場にて、従姉と
6/10

005

 最初に動いたのはナツキだった。

 能動スキル【バックステップ】を発動。狙撃手として適正の位置――敵の攻撃のリーチ範囲外まで、自らの座標を移動させた。

 その後一瞬遅れ、僕とハナビが抜刀、全速で左右に散った。


 直後。

 金のオークはその得物である棍棒を、直前まで僕が居た辺りに思い切り振り下ろした。

 ドスン、という効果音。それに伴う地面の揺れ。

 先ほど戦ったオークとは全然違う。

 攻撃範囲も威力も、桁違いに大きくなっている……!


「シュン君! プランB!」

「おっけ、プランBな……って、なんだそれ!?」

 聞いてない! 聞いてないよそんな話!

「あたしが、牽制、するから――」

 ハナビは動作の所々に能動スキル【ローリング】を混ぜながら、オークの足元へ向かっていく。

「シュン君、とどめ!」

 なるほど。実に分かりやすいプランだ。


「どりゃっ!」

 オークの足元へ潜り込んだハナビは声を上げ、ハンマーを振り上げた。

 能動スキル【強撃】。

 オークの残りHPが、三分の一ほどに減った。

「あれ?」

 今の一撃には、そこまでの威力は無い筈だ。

 だとすると……


「ハナビ! このオーク、手負いだ! さっきまで別のパーティーと、戦っていたみたいだ!」

 別のパーティーと戦って――殲滅した。

 やはりこのオーク、プレミアムだかなんだか知らないが、かなりの強敵のようだ。

 しかしハナビは僕の言葉を聞いて、全然別の、新たな懸念事を提示した。

「手負いだと、攻撃力に、補正が、入るっ!」

「へ?」

 先ほどの【強撃】でヘイトを集めたハナビは、オークの攻撃を必死で避けながら後退する。

「下手をすると瞬殺されるって事よ」

 背後でナツキが、分かりやすく説明してくれた。


「作戦変更! プランC!」

「何それ聞いてない!」

 また謎プランかよ!

「総攻撃! ヘイトを分散! 以上!」

 プランもへったくれもないぞ。

 これじゃあただのヤケクソだ。

 

「了解!」

「撃てばいいのね!?」

 しかし僕とナツキは賛同して、各々の武器を構えた。

 他のプランを思いつかなかったって事もある。

 しかし何故か、この場はハナビに任せておくのが最良だという、そんな気がしていた。

 

「行くよっ! 突撃!」

 号令と共に発砲音が轟き、オークの顔面にエフェクトが光る。

『おぉぉぉぉぉぉおお!』

 オークの咆吼が、データの塊でしかないはずの空気をふるわせた。

 ――怯んだ!

「今っ! 行くよ、シュン君!」

 ハナビがハンマーを構えて突進する。

 その後を一瞬遅れて、僕も両手剣を中断に構えて突進する。


 ハナビが右足に初撃を与え、その一瞬の後に、足元まで辿り着いた僕がほぼ同じ場所へ一撃を与えた。

 オークの巨体が右側に傾く。

 それに驚いて一歩退くと、

「危ない! 横!」

 後ろからナツキが、慌てたように叫んだ。


 直後。

 ドゴォッと。

 すさまじい音を立てて、目の前を何かが通り過ぎていった。

 アレは――

「ハナビ!?」

 オークの一撃によって吹き飛ばされたハナビは、木にぶつかって動きを止めた。

 HPは――危険領域の赤を指している。

「クソッ」

 前線は僕だけだ。

 狙われるのも僕だけだ。

 ――ならば、どうする。


 剣を握りしめ、ローリングで前進をした。

 丁度、オークの巨体を迂回するように。

 敵の後ろへ、回り込むように。


 ドスン、と棍棒の振り下ろされる音。

 直ぐ後ろだが、そんなのに構っては居られない。

 三度のローリングをもって、ようやく僕は、その巨体の後ろ側へと回り込むことが出来た。


 ――ハナビには、相手の連撃の中でも【強撃】を放つほどの腕があった。

 しかし僕にはそれが無い。

 ならば、相手の攻撃が放たれない場所まで移動して、【強撃】を放つ!


 オークの真後ろにて、損傷している右足めがけ、僕は剣を振り下ろした。

 ザシュッと、現実味のない効果音。

 オークは咆吼と共に完全にバランスを崩し、棍棒を持つ手を地面に付けた。


「ナツキ!」

 ハナビが指示を飛ばす。

「了解っ!」

 カシャッと。

 ナツキの居る方から、銃を構え直す音が聞こえた。

 能動スキル【強撃】。それの、銃バージョンだ。


 大雑把に攻撃部位を決めて切っていれば良い近接武器と違い、銃などの威力が低く、攻撃回数が決まっている遠距離武器は的確に急所を狙うセンスを必要とする、らしい。

 ナツキにはその腕があるのだが、能動スキル【強撃】は、そんな銃の特性を嘲笑うような仕様になっている。

 スキル発動時に狙いを定めると、そこから照準を動かせないのだ。

 数秒のタイムラグと共に発射される弾丸は。、多くの場合狙った位置へと飛んでいかない。

 しかし標的を転倒させれば……


 【強撃】によって強化された弾丸は、オークの顔面でまばゆいエフェクトと共に、弾けた。

 途端、残り十分の一ほどだったオークのHPが、ゼロになる。


 ――終わった。


 大きな安堵感と共に、僕達は地面へと座り込んだ。


 ――その数分後、大量のゴブリンパーティーに囲まれて死亡したのは、また別の話。



「うーいっ。遅かったねえ」

 復活地点に転送されると、疲れたような顔のハナビが苦笑いして出迎えてくれた。

 オーク戦で既にHPが危険区域に入っていた彼女は、ゴブリン集団に真っ先にやられてしまったのである。

「不幸ね……」

 僕の直後に転送されてきたナツキも、少々げっそりとした顔に見える。となると僕もそうなのだろうか。


「で、どうする? 転職するか、一旦ログアウトしてお昼にするか。別に僕はどっちでもいいのだけれど」

「もうそんな時間か」

 視界隅の時計でも見ているのか、ハナビの目線は斜め上を向いている。

「でも転職も、しときたいわね……」

 「うーん」と、二人揃って首を傾げる。


 ――ぐーぎゅるぎゅる……

「……お昼にしましょう。いい加減おなかも減ってきたし」

「そうだな」

「そうだね」

 結果、腹の虫様(ここまで再現するVRに、軽く感動を覚えた)の鶴の一声によって、この議論は数分と経たずに終了した。

 因みに誰の腹の虫だったのかは彼女の威信に関わると思うので割愛したいが、多分予想通りである。


「ログアウト」

「ログアウト」

「ログアウト」

 と、三人同時、異口同音で唱える。途端に目の前が真っ暗になり、気付けば既に「Vertual Sense」の中であった。


「シュン? もう戻ってきた?」

「うん。戻ってきた」

右手のパネルを操作し、カバーを開ける。

 目の前では同様にして起き上がったであろう夏希が、大きくのびをしていた。


「結構な時間動いていなかったはずなのに、全然身体がなまっている感じがしないわね」

 言いつつ、夏希はすたすたと洗面所へ向かっていった。現実世界への帰還が寝起きの感覚に似ている為、すっきりする為に顔でも洗いに行ったのだろう。

 「Virtual Sense」から立ち上がると、ふと、テーブルの上に置いてあるVRゲーム機の説明書が目に止まった。その表紙に記載されている目次には、「無意識ストレッチ機構」なるモノが。身体がなまっていないと言うのは、恐らくこのためなのだろう。VR世界へダイブしている間、筋力が衰えないように擬似ストレッチをさせられている訳だ。


「私はもう準備良いけれど、あんたは?」

 洗面所の方から、夏希の声が響く。

「ああ。僕ももう行けるぞ」

 返事をして、室内用スリッパからスニーカーへと履き替える。

「ハナビとは玄関ロビーで集合だから、直ぐに降りるわよ」

 夏希はそう言うと、客室のドアを開けた。


 エレベーターで二十五階分の高度から降下して一階に到着するまでの時間は、僅か三十秒ほどだった。このホテルは割と最近リニューアルしたようなので、その際に最新式のエレベーターを導入したのだろう。ボタンを押し、呼び出してからの待ち時間も、そう言えば十秒もかからなかった気がする。


 ハナビとの待ち合わせはロビーと言う事だったので、取り敢えずは置いてあるソファーに座る。


「ところであんたさ、今日の昼は和食なんだけど」

「だからなんだよ」

 何やら視線が訝しげだ。

「アンチョビはデフォルト装備なの?」

「ご飯のお供ですよ」

「……」

「……」

 沈黙が、空間を支配した。


「……っておかしいだろ? 何で気まずい空気になってるの? 僕何かセンセーショナルな発言したっけ?」

「あんたの嗜好がセンセーショナルなのよ。自覚しなさい」

「確かに僕はエングリッシャーな思考の持ち主ではないけれどこれだけは分かる! センセーショナルって単語は嗜好に付く形容詞じゃない!」

 嗜好と思考の読みが一緒でちょっとややこしいことになっているけれども!

「因みにエングリッシャーって発音はドイツ語ね」

「なるほど勉強になった」

 と、どうでも良い会話で時間を潰していると、いつの間にかハナビがソファーの傍らに立っていた。失礼かも知れないけれど、この人が静かに歩くことが出来ることを少々意外に感じた。


「ご飯食べに行っこうよー!」

 ハナビは元気よく声を上げると、さっさと歩いて行ってしまった。

 うーん……。

 ここまで一貫したキャラクターで、戦場における頼もしさと日常における賑やかさを両方演出できるのってのは、なかなかに類い稀なる才能なんじゃないか?

 そう言えば、学校ではどうなのだろう。年中無休のハイテンションなのだろうか。

 …………。

 友達は疲れんだろうなあ。


 しかしまあ、プライベートを詮索するのはマナー違反だろうし、彼女の普段がどうだからって、僕には関係の無い話だ。

 僕は右手に持ったアンチョビ缶を開けつつ、二人のあとに続いた。

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