常に無表情な婚約者に、男装した友人と歩いているところを目撃されてから、婚約者の様子がおかしいんですが……!?
「で、ですね、ジルヴィアったら、教師が女子生徒にセクハラしてる現場を、こっそり作っておいた覗き穴から校長先生に目撃させて、そのセクハラ教師を辞職に追い込んだんです。本当に、目的のためには手段を選ばない子なんで、一緒にいていつもハラハラさせられてます」
「……そうなんだ」
聖ニャッポリート貴族学園のとある昼休み。
いつも通り婚約者のベネディクト様と二人で、人気のない中庭のベンチで世間話に興じていたのだけれど、今日もベネディクト様は、その蠟人形のようにお美しいお顔をピクリとも動かさず、常に無表情。
嗚呼、前々から薄々感じていたけれど、やっぱりベネディクト様は、私なんかに興味はないのね……。
私たちは所詮、政略結婚の間柄だから――。
できれば私はベネディクト様とは、お互いを愛し合った夫婦になりたいと思っているのだけど……。
「あっ、そうだ、今日の調理実習の授業でクッキーを焼いたんでした。よ、よかったら食べていただけませんか?」
懐からクッキーの入った袋を取り、それをベネディクト様に差し出す。
「……ありがとう、いただくよ」
ベネディクト様はおもむろにクッキーの袋を受け取ると、それを開けてモグモグと無言で食べ始めた。
「お、お味はどうでしょうか?」
「……うん、美味しいよ」
そのお顔は例によってまったくの無表情で、とても美味しそうには見えない。
そうよね、ベネディクト様は、一流のシェフが作った料理で舌が肥えてらっしゃるんでしょうし、私みたいな素人が作ったクッキーなんて、美味しくは感じないですよね……。
「あっ、そういえば次の授業は移動教室だったんでした。私はそろそろ行きますね、ベネディクト様」
「……うん、またね、クリスタ」
無表情で手を振るベネディクト様を尻目に、私は教室へと戻った。
「……ハァ」
「なーにシケたツラしてんのよクリスタ! このリア充が!」
「っ! ジルヴィア……」
教室に戻って自分の席に着いた途端、親友のジルヴィアからバシバシと肩を叩かれた。
「どうせまたベネディクト様と中庭でピロートークしてたんでしょ? まったく、あんな超絶イケメンが婚約者だなんて、前世でどれだけ世界救ったのよ、あなた」
「ピ、ピロートークって!? ……そんなんじゃないわ。いつも通り、ベネディクト様は私が何を言っても無表情なままで、とても退屈そうだった。……ベネディクト様は私のことなんか、何とも思ってらっしゃらないのよ」
「……ふーん。ま、クリスタがそう思うのも無理はないか」
「え?」
ジルヴィア?
今のって、どういう……?
「そうだクリスタ、ベネディクト様って、今日の放課後は、生徒会の集まりがあるのよね?」
「う、うん」
ベネディクト様は、生徒会の副会長だから。
「じゃあ、放課後はちょっと私に付き合ってよ。行きたいところがあるのよね」
「あ、うん、それはいいけど」
「ぬっふふ~」
あ、これは、ジルヴィアが悪巧みしてる時の顔だ。
また面倒なことにならなきゃいいけど……。
「ねえジルヴィア、そろそろ目的地を教えてよ」
放課後にジルヴィアと二人で城下町まで歩いて来たのだけれど、一向に目的地を教えてくれないので、そろそろ不安になってきた。
「フフフ、それはね――ここよ!」
「え? ここって……」
ジルヴィアがビシッと指を差したのは――我が聖ニャッポリート貴族学園用の制服を売っているお店だった。
「いったいここに、何の用なの? 制服でも買い替えるの?」
「まあそんなとこよ。こんにちはー!」
ジルヴィアは豪快に扉を開けて、店内に入って行った。
……わけがわからないわ。
「どうクリスタ? 似合う?」
「――!?」
更衣室から出て来たジルヴィアを見て、私は目を見張った。
――何とジルヴィアは、男子生徒用の制服を着ていたのだ。
えーーー!?!?!?
「前々から一回着てみたかったんだよねー。なかなかイケてるっしょ?」
「う、うん」
確かにジルヴィアは元々中性的な顔立ちをしているし、普段は下ろしている長い金髪も、今は後ろで一本に結んでいるので、パッと見はイケメンの男子生徒だ。
そのあまりのギャップに、思わず胸がドキッとした。
「ぬっふふ~、じゃあこれ、売ってください。このまま着て帰るんで」
「はい、毎度ありがとうございます」
「ジルヴィア!?」
その格好のまま帰るの!?!?
「じゃ、帰ろっか、ハニー」
「ハ、ハニーって……」
店から出た途端、私の肩を抱いてくるジルヴィア。
いつも変なジルヴィアだけど、今日はいつにも増して変ね……。
ちなみに聖ニャッポリート貴族学園は全寮制なので、私たちが帰るのは、当然学園だ。
私はジルヴィアに肩を抱かれたまま、夕陽色に染まる街中を二人で歩き出した。
「ク、クリスタ……!!?」
「――!」
学園の校舎前まで来たちょうどその時、生徒会の仕事が終わったらしいベネディクト様が校舎から出て来て、私たちと鉢合わせた。
だが、ベネディクト様は今まで見たことがないほど動揺しており、ガタガタと震えている。
ベネディクト様????
「そ、そんな……! そんな……!! う、うわあああああああああああああああああああああああ」
「ベネディクト様ーーー!?!?!?」
頭を抱えながら、物凄い速さで走り去って行くベネディクト様。
え、えぇ……。
「ダハハハハ!!! 見た今のベネディクト様の顔ッ!! いやあ、いいもん見れたわ」
「……なんでベネディクト様、あんなに驚いてらっしゃったのかしら?」
「ぬふふ、さあねー。ま、自分で考えてみれば? じゃ、また明日ね、クリスタ」
「う、うん、また明日」
男装したまま自分の部屋に帰って行くジルヴィアの背中を、私はぼんやりと眺めていた。
ちなみにそんなジルヴィアに、周りの女子生徒たちは「あんなイケメンうちにいたっけ!?」とか、「ドストライク!! 求婚したい!!」といった黄色い声を上げている。
あーあ、私はもう知らないわよ……。
「……クリスタ、ちょっと今いいかな」
「え? あ、はい」
そして一夜明けた朝。
私が校舎の前まで来ると、そこで待ち構えていたベネディクト様に手を引かれ、どこかへ連れて行かれた。
いつもながらベネディクト様の表情は読めないけれど、全身からただならぬオーラが立ち上っている。
い、いったい昨日からベネディクト様、どうしちゃったのかしら……。
「……昨日の男とは、どういう関係なの?」
「…………は?」
人気のない校舎裏まで来た途端、ベネディクト様に壁ドンされた。
は、はわわわわわ……!?
こんな鼻と鼻がつきそうなくらいの至近距離でベネディクト様のお顔を見たのは初めてなので、胸が自分のものじゃないみたいに、ドクドクと早鐘を打っている。
しかも、昨日の男……って??
――あっ!
もしかしてベネディクト様、男装したジルヴィアを、男性だと勘違いしてらっしゃるのかしら!?
「あ、あの、ベネディクト様! あれは――」
「――いや、やっぱりいいや。聞きたくない。――クリスタ」
「っ!!? ベネディクト様ッ!?」
その時だった。
ベネディクト様にギュッと抱きしめられた。
えーーー!?!?!?
ベネディクト様の逞しい腕に包まれて、苦しいのに全身の細胞が多幸感で膨張しているようだわ――。
「たとえ君が他の誰を好きでも――君の婚約者は僕だ! 君は絶対、誰にも渡さないッ!」
「――!?!?」
えーーー!?!?!?
ベネディクト様、いいいい今、何とををををををを!?!?!?
「え? あの、え? ベネディクト様って……私のこと、お、お好きだったんですか……?」
「……そう思われてなかったとしても、文句は言えないよね。今までの僕は、君にあんな態度を取ってたんだから」
私の肩を抱いて私の目を真っ直ぐに見据えたベネディクト様は、今にも泣きそうなお顔になっていた。
嗚呼、今日はいろんなベネディクト様のお顔が見れる日ね……。
「……でも、あまりにも君のことが好きすぎて、君の前だと緊張して、いつも石みたいに固まってしまっていたんだよ……!」
「っ!?」
ベネディクト様は心底悔しそうに、奥歯をギリッと噛んだ。
そ、そうだったんですか……。
まさかベネディクト様にそこまで想われていたなんて……。
そう考えたら、途端にまた顔に血が上ってきて、カッと熱くなってきた。
「ねえ、だからどうか僕のことを捨てないで。――僕はもう、君なしじゃ生きられない身体になってしまってるんだから」
「――!」
今度は雨に濡れた捨てられた子犬みたいな目で、私を見つめてくるベネディクト様。
ふおおおおおおおおおおお!?!?!?
「……あ、あのですねベネディクト様、昨日一緒にいたのは……男装したジルヴィアなんです」
「………………は?」
今度は抽象画みたいな顔で、ポカンとするベネディクト様。
こうして見ると、ベネディクト様って意外と表情豊かね。
「…………な、何だ、そうだったのかああああああああ。てっきり僕は、クリスタに愛想を尽かされてしまったのかと……」
「あ、あはははは」
ベネディクト様はハァァッと深い溜め息を吐いて、心底安心したような顔をした。
――多分ジルヴィアはこうなることを見越して、男装をしたのね。
まったく、つくづく悪知恵が働く親友だわ――。
「……でも、今後クリスタに悪い虫がつかないとも限らないよね。――何せ僕のクリスタは、こんなに可愛いから」
「――!?」
おや??
ベネディクト様の、様子が……??
「……クリスタ、これからは毎日君に愛を囁いて、僕がどれだけ君のことが好きかを、徹底的にわからせるからね。一生僕のことしか見えないようにしていくから――覚悟しててね」
「ベ、ベネディクト様……」
ベネディクト様はまるで深淵みたいに暗い瞳で、じっと私の目を見つめてきた。
あれ???
もしかしてこれ、ベネディクト様のヤバい扉を開けてしまったのでは???
「――!」
その時だった。
木の陰から、ニヤニヤしながら私たちのことを覗いているジルヴィアが、視界の端に映った。
「あーらら、知ーらないっと」
ジルヴィアはピューピュー口笛を吹きながら、そそくさと去って行った。
ちょっと、ジルヴィア!!!!
責任取りなさいよこれ、ジルヴィアアアアアアアアア!!!!!!
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
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