(終)4日目後半
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圧倒的な力量差、もはやそれは認めるしかない。
「もう終わりか?」
転がった俺を見下ろすように睥睨する騎士団長の足元には二人の聖騎士が転がっている。
さっき攻撃を受け止めたときに剣も折れて、心も折れてしまいそうだ。
もう無理なのか……と弱気になる俺をかばうようにリネッタが手を広げて立ちはだかった。
「もう止めてください! 私はちゃんと聖女になりますからっ!」
「それは当然でしょう。しかしなぜその男をかばうのですか? 彼はもう死んでいるんですよ」
「……知っていました」
「えっ、気づいてたの!?」
思わず声を裏返してしまった。
「だってあんな冷たいキスなんてないでしょ。それにネロ……すっごく臭いし!」
「う……やっぱり臭いよね」
「でも大丈夫、私が生き返らせてあげるから! だって聖女だもん」
「仲良くしているところ悪いが……」
いつの間にか俺の背後へ回っていたマルクが冷たい声を発し、剣を一振り。
「ネ、ネロ……ッ!?」
パスで共有している視界がぐるんぐるんと回転する。
リネッタに大丈夫だよと安心させてあげたいが、首を切られてしまっては声を発することができない。
「これで終わりだな」
さらにトドメとばかりに数度剣を振ると俺が切り刻まれていく。
二度と動かないはずの躯を動かせる権能を得ても、頭と手足を切り離されてはどうにもならない。
ちょうど俺がバラバラになった時、リンゴンと天宮の鐘が鳴った。
「ッ!? 聖女様が身罷られたのかっ!」
ああ、そういえば煙屋のパブロ爺がいっていたな……聖女が死んだ時、全ての教会が一斉に鐘を鳴らすんじゃと。
それにしてはしょっちゅう鐘が鳴っていたような気もするが、パブロ爺がいっていた事が正しいなら。
つまり今、あそこには……。
俺は空を駆けて天宮へ向かう。
そして美しいステンドグラスを硬いくちばしで叩き割って中に飛び込んだ。
「なんだ、この鳥は!?」
「ステンドグラスが割られたぞ!」
「ええい、今は鳥なんぞにかまけている場合ではないわ!」
天宮の内部は、俺が飛び込んだことを気にされないほどに騒然としていた。
たった今、聖女が死んだとなればそりゃそうだろう。
真っ白な服を着た少女が今まさに運び出されようとしている。
「アー……?」
なんだこれと思わず呟いて声帯がないことに気がついた。
真っ白な服を着た二人の少女が、壁から伸びた鎖に繋がれている。
そして生気を失ったような顔で、中央に鎮座する巨大な卵型の物体にひたすら手をかざしていた。
――聖女というのはただ世界のために祈ってればいい。
マルクがそう口にしていたのを思い出した。
天宮で何が行われているのか正確には分からないが、どう見ても逃げ出さないように少女達を拘束して聖女の力を搾り取っているようにしか見えない。
こんなところにリネッタを置いていく?冗談じゃない。
俺は俺だったものに繋いでいたパスを切って新たな躯にパスをつなぎ直す。
これで元の躯はただの死体になったわけだが、そんなことは気にしていられない。
「……んっ」
よし、上手く接続ができた。
今、まさに部屋から運び出されようとしていた聖女が起き上がったことで周りの神官達が声をあげる。
「ひぃっ……」
「せ、聖女様!?」
「アリナ様が生き返られたぞ!」
騒然としている神官たちを無視して、俺はアリナと呼ばれた少女の躯を動かす。
下の階へ続く階段を駆け下りると、そこにはたくさんの神官がいた。
彼らは驚きながらも、走り抜けようとする少女を止めようと必死で手を伸ばしてくる。
「≪聖なる守護≫」
俺にはパスを繋いだ人の思念が、記憶が流れ込んでくる。
明確な拒絶――彼女はお前らになんて触られたくないってよ。
少女アリナは5年前にここへ連れてこられた聖女だった。
故郷の人々に祝福されながら聖女になったはずなのに、待っていたのは地獄のような日々。
天宮という牢獄に囚われた彼女は枷をされ、ただただ聖なる力を差し出した。
彼女らが力を注ぐ聖卵は満ちるとどこかへ運ばれていく。
次の聖卵が運ばれてくるまでの半日だけが休息を取れる時間だった。
そして聖女は一度も自由を得られぬまま、約5年で死んでいく。
ここの天宮ではその悲劇が当たり前のように繰り返されていた。
「可哀想に……」
彼女の短い半生を一瞬で追体験した俺は、思わず涙を流していた。
終わりのない地獄のような日々が死をもってようやく終われるとホッとしていた彼女の気持ちには同情しか湧いてこない。
「そりゃ許せなかっただろ」
神官たちを弾き飛ばしながら辿り着いた正面の扉を思い切り開け放つ。
聖なる守護を重ねがけして、追ってこられないようにするのも忘れない。
「今、牢獄から出してやるからな」
俺は少女の肩に止まって天宮を出る。
そこには夕陽が昇り、美しい空が広がっていた。
「悪いんだけど少しだけ手伝ってくれ。俺も許せないやつがいてさ」
少女の声でそう呟くと、俺の中の少女が頷いてくれたような気がした。
俺はマルクの元へゆっくりと歩を進める。
マルクは突然の出来事に驚き戸惑っているのが見て取れた。
転がっている俺の躯の側ではリネッタが声を上げて泣いている。
俺は思わず歩みを止め、リネッタの隣にしゃがみ込んで祈りを捧げた。
祈りを終えて立ち上がると、息を飲んだマルクに向かって歩き出す。
ふらふらと危なっかしい足取りの少女を見て、思わずマルクが手を伸ばしてくる。
そして躓いて転びそうになった時、ついに駆け寄ってきて抱きとめ――。
「アリナ様、なぜ外に出ているの……です……がはっ」
血反吐を吐きながらよろけたマルクの胸には、小さい碧色の宝石がついた短剣が刺さっている。
祈りを捧げながら俺の遺骸、その懐から抜きとっておいたものだ。
「聖女の見た目に油断したな?」
「貴様ッ、なんて姑息な……ぐおぉぉぉッ!!」
騎士団長は血走った目で最後の力を振り絞って袈裟斬りをしかけてくる。
「はい、≪聖なる守護≫。残念だったな」
「にく……い。憎いぞォォォ……!! 貴様を……永遠に、呪って……や……」
「ほら、やっぱ殺した相手は憎いだろ? でもお前が先に殺ったんだからな」
それでもやっぱり後味が良いわけなくて。
俺は聖女の姿で騎士団長マルクにも祈りを捧げた。
「ねぇ、もしかして貴女……ネロなの!?」
「ああ、そうだぞ。今は聖女さんの姿を借りてるけどな」
「私、ネロが死んじゃったのかと思って……」
「いやまあ死んでるんだけどさ、でも俺の中身?みたいなもんはこっちの鳥の中にあるみたいなんだ」
「鳥って……その子の肩に止まってるカラス?」
そう、俺は死の直前に目があった鳥へと魂が移っていたのだ。
どうも死霊使いの秘技のようなものらしいと後でなんとなく知った。
御霊写しとでもいえばいいか、その術のお陰で俺はこの世にしがみついている。
「……ってこと」
「そうなんだ……ちなみに元のネロに戻ったりはできるの?」
「いや、元の体がこれじゃなぁ……」
地面に転がる小さくなってしまった体を見て、思わずため息をこぼす。
「だよね……じゃあ聖女の私が天宮で頑張って修行して蘇生の魔法を覚えるからっ!」
「いや、ダメだ! あそこには行かせられない」
「えっ? でも私は聖女だから行かなくちゃでしょ……?」
困惑するリネッタに、俺は見てきたものを伝える。
「聖女は死ぬまで聖女としての力を搾取されるらしい。この子を見ろよ……あそこに行けば5年も生きられやしないんだ」
「じ、じゃあどうするの……?」
「そりゃ決まってる、逃げるんだよ。死者を送る魔法は使えるか?」
「ええっと……うん、蘇生は無理だけどそれなら」
それじゃ、と俺は少女を丁重に寝かせてからパスを切る。
リネッタの肩に止まってくちばしで短く合図を送ると、リネッタが聖なる炎で少女を天に送ってくれた。
「彼女がありがとう、っていってた気がするよ」
「良かった。それにしてもなんか……慣れないなぁ」
見慣れない俺の姿に戸惑うリネッタの手を引いて来た道を引き返す。
のんびりしている時間はない。
「それじゃ追手が来る前に急いで山を降りるぞ!」
教会が天宮で聖女に何をしているのかは気になるし、鎖で繋がれていたあの子達も救ってあげたい。
そう思うけど、まずはここから逃げてからだ。
こうして聖女と聖騎士団長の逃避行が始まる。
それは俺と彼女の新たな冒険の始まりでもあった。




