4日目前半
4日目――。
とうとう目的地である聖女の住む天宮が間近に迫ってくる。
リネッタはあの後から何事かを考え込んでしまい、一睡もしていないようだった。
体調が心配だけど、あと少しだからきっと大丈夫だろう。
そういえば初日に騎士を逃がしてしまったことで、追手がかかるかと考えていたけど意外となんのアクションもなかったな。
念の為に備えおいたアレは無駄になりそうだ。
「この先は道が狭いみたいだから気を付けてね」
「……え? ああ、うん」
やっぱりリネッタは心ここにあらずって感じがする。
心配だけど、天宮にさえ着けばゆっくり休めるだろう。
「ん?」
頂上へ続く最後の急傾斜を登り切ると、そこは不自然なほど平らに拓けた場所だった。
山を台座にして、聖女が住むという天宮が建っているようにすら見える。
建物自体は割と慎ましやかな佇まいだったけど、壁にはめ込まれている大きなステンドグラスはさすが聖女が住む天宮といったところか。
「どうやら目的地に着いたみたいだね」
俺の言葉にリネッタは俯いていた顔をあげたが、そこにあったのは今まで見たことのないほど悲しげな表情だった。
別れの時間は近い、それでも進まなくてはいけない。
二人して重い足取りのまま天宮へ近づいていくと、そこには思いがけない人物が立っていた。
「ちゃんと聖女を守ってここまで辿り着いたんだな。良くやった」
含みのある笑顔で出迎えてくれたのは教会騎士の団長――マルクだ。
「……どうしてアンタがここにいる?」
「ん? ああ、なぜ先に着いているのかってことか。それなら簡単だ、運んでもらったんだよ……龍にね」
マルクは空を指差しながら事もなげにそう言い放った。
龍という超常生物の存在は知っているが、そんな荷運び人のような使い方ができるものなのか。
「なにやら訝しんでいるようだが、本来はこちらが正規のルートだ。大事な聖女サマに危険な山登りをさせるわけないだろう」
さも馬鹿にするように片方の口角を上げて笑うその顔に、苛つきを覚える。
「さて、ただ出迎えのために来たわけじゃないことは分かっているな?」
「あの時みたいにまた殺そうってことか?」
「ふむ、ちゃんと理解をしているようでなによりだ」
マルクはギラついた目で俺を睨みつけながら騎士剣を抜いた。
「団長さん、な……何をしているんですかっ⁉︎」
「聖女様は離れていてください。彼は……そのネロという男はこの世界の不穏分子、つまりは処分対象なのです」
「ネロが処分対象……?」
なんだそれは、人をゴミのようにいいやがって。
勝手に不穏分子と決めつけられて、勝手に処分されるなんてごめんだ。
「この世界の均衡を崩しかねない天職を授かってしまった者は須く処分する必要があるのです」
「でもネロは無職だ、って……」
「そう明示することによって能力の発現を抑制できるのです。そのまま無職として生を全うするならよし、しかし自分の可能性に気づき能力を発現してしまった者は……」
マルクは抜いた剣の切っ先をこちらへ向けて宣言するようにいう。
「処分する必要が、義務がある!」
「はっ、俺がただの無職でしかなかった時から殺意満々だったろうが」
「私はそもそも不穏分子を無職として生かしておくことに反対なのでね。ましてや聖女の関係者となればなおさらだ。さて、話は終わりだ……行くぞッ!」
地面を蹴ったマルクは俺との距離を一瞬にして詰めてきた。
訓練をつけてくれていた時よりも何倍も速い。
「くっ……」
どうにか初撃に剣を合わせることはできたが、明らかに力負けしている。
ならば、と後ろに飛ぶことで開けた距離も一瞬にして詰められた。
手元が見えないほどの連撃を受け、手足に浅くない傷が入る。
痛みがないことを利用して、あえて攻撃を受けながら反撃の一閃。
その行動に少し驚いた顔を見せたマルクだったが、軽くかがんでかわされ思い切り蹴り飛ばされる。
「さすがに騎士団長は強いな……」
マルクに蹴り飛ばされて転がったのはリネッタの足元だった。
ボロボロになった情けない姿をあまり見せたくない相手だ。
彼女はそんな俺に対して手を差し伸べてくる。
「ネロっ! すぐに治癒魔法をかけるから……」
やめろという間もなく魔法を行使したようで、柔らかな光に包まれた両手が俺の躯にかざされる。
「ぐっああぁぁッ!」
「えっ!? ネロ……?」
やはり治癒魔法というのは俺にとって毒、いや必殺の凶器のようだ。
苦しみだしたのを見てすぐに魔法の行使を止めてくれたが、魂へのダメージは大きい。
「む、貴様のその様子……もしや既に死人なのか!?」
「……っ!?」
リネッタが息を飲む。
彼女にだけは知られたくなかった……けど知られてしまったなら仕方ない。
「だったらなんだ?」
「この世への未練や憎悪で輪廻に還れぬものがいると聞くが……。貴様も私が憎いか?」
「質問を返すが、お前はもし自分が殺されたらその相手を憎まずにいられるか?」
「さてな、私の最期は老いて死ぬと決まっている。あるはずのない仮定に興味などないな」
自分は誰の手にもかからない、そんな自信に満ち溢れた表情が癪に障る。
せめて憎まれ口を叩いておくとしよう。
「じゃあお前の人生設計はここで狂うことになるな」
「ははっ、それが地べたに這いつくばっている死人のいうことか。俺は優しいからな、この世に未練がなくなるまで何度でも殺してやろう」
そういって俺を睨み、剣を持つ手に力を込めたその瞬間——。
地べたを這いずるゴミだけに意識を向ける瞬間を待っていた。
追手が来た時のために、とずっと繋いでいたパスを通して彼らの躯を動かす。
「さぁもう一度死ねッ!」
マルクは殺意を昂らせ、剣を振り下ろしてくる。
俺は頭上から襲ってくる凶刃に対して防御を試みるが、おそらくただじゃ済まないだろう。
いいさ、腕でも足でもくれてやる……その代わりこっちの一撃も食らわせてや――。
「≪聖なる守護≫ッ!」
「何ッ!?」
ガキンという硬質な音が響き、騎士剣が光の障壁に阻まれた。
「リネッタか、助かる!」
よし今なら、この瞬間なら届くはずだ。
裏の崖からこっそり回り込ませていた聖騎士たちがマルクの背後で剣を振り上げる。
「ッ!?」
完璧な不意打ちだったのにも関わらず、マルクは獣じみた直感で回避行動をとった。
しかし、完全にかわすことはできなかったようで剣を持つ右腕から鮮血を撒き散らす。
「ぐっ……お前たち、何をしているのだッ!」
苦悶の表情を浮かべながら剣を左手に持ち替えたマルクは、転がるように元部下たちから距離をとった。
そして睨むように二人の聖騎士を見つめると、すぐに信じられないといった表情を浮かべる。
「まさか……お前たちも死人となっているのか!?」
「あいつらもお前への憎悪があったのかもな」
「バカをいえ……そうか、貴様の天職によるものか。確か死霊術師だったか」
「なんだ、知ってたのかよ」
そんな会話で引き伸ばしている間に体勢を整え、聖騎士たちと挟み撃ちの状況を作る。
三人に囲まれているにも関わらずマルクは堂々とした態度を崩さない。
「たかが不意打ちや挟み撃ち程度でこの私を相手取れると思うなよ」
確かに3対1になった程度ではまだ分が悪いが……それでもやるしかない。
そう簡単に負けると思うなよ。




