☓☓日前
今日、僕が死んだ。
もしかしたら昨日かもしれないけど、僕にはよくわからない。
ただ、黒くて大きな瞳に見つめられながら――死んだ。
☓☓日前――。
いよいよ自分の将来が決まる<天職>を宣告される日がきた。
この日がくるのをどれだけ楽しみにしていたか。
戦闘系の天職を授かれるようにこれまで毎日修練してきたんだ、きっと大丈夫なはず――。
「って思っているでしょ?」
「びっくりしたなあ……おどかさないでよ、リネッタ」
「ネロ、分かってると思うけどどれだけお願いしても自分のなりたい天職を授かれるとは限らないのよ?」
「もちろんそれは分かってるさ。けど、これまで積み重ねてきたものをきっと神様は見てくれていると僕は信じているんだ。だって毎日ぐうたらしている人が<聖騎士>の天職を貰えるとは思えないでしょ」
リネッタは熱く語った僕に「だといいけど」と冷たく返してきた。
そんな反応をされたらなんだかちょっと恥ずかしくなっちゃうじゃないか。
それから彼女はじとっとした目で僕を見て、口を開く。
「で、冒険者になってこの村を出るんだっけ?」
「そうさ、僕は世界一の冒険者になるんだ!」
「ずっと聞こうと思って聞けなかったんだけどさ……それって何のために?」
「何のためって……。ええっと夢……そう夢だからさ!」
「なにそれ、全然答えになってないじゃん」
リネッタは呆れたように笑い、それからすぐに寂しそうな顔をした。
「あーあ、幼馴染の私を置いてこの村を出るなんてなー……特に意味もない夢なんかのために」
「意味なくなんてないよ!」
僕は思わず語気を強めてしまった。
鼻白んだリネッタは口を尖らせ、何かいいたそうに僕を睨んでいる。
焦った僕は、なるべく優しくリネッタに語りかけた。
「ええっと、もし……もしリネッタがよければだけどさ」
「よければなによ?」
「一緒に行かない?」
「えっ……わ、私も!?」
「うん。本当は天職を授かってから誘おうと思ってたんだけどさ」
そう村が一望できるいつもの丘で誘おうと思ってたのに。
つい口が滑ってしまったのは、リネッタが寂しそうな顔なんてするからだよ。
「……ま、ネロがまともな天職を貰えたら考えてあげる」
「よし、分かった。期待しててよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さあ、いよいよ次は僕の番だ。
自分の順番が近づいてくると、期待と不安で心臓が痛くなってきた。
今、目の前ではリネッタが儀式を受けている。
王都から来た大神官のおじいさんが難しい呪文を唱えているけど、僕にはちっとも分からない。
床に引かれた魔法陣を最後に杖でトンと叩くと魔法陣が淡く光って儀式は終了する。
僕らの前に儀式を受けていた子たちの時に何回も見てきた同じ流れ――のはずだった。
なのに、リネッタの時だけはなぜか様子が違った。
いきなり魔法陣が虹のように輝いて、目を開けていられなくなる。
「うっ……」
光が収まったあとも目の前が真っ白で、目が潰れちゃったのかと思ったほど。
僕が一番近くにいたから、一番の被害を受けたんだろうな。
あとでリネッタに文句をいってやらないと。
「せ、聖女だと!?」
リネッタの天職を確認した大神官さんは、声を裏返しながら叫んだ。
「え、私……が?」
リネッタは信じられないといった顔で呆けている。いやリネッタだけじゃない。
周りにいる大人も子供も、それに僕だって同じ顔をしているはずだ。
だって聖女という天職を授かれるのは世界でたった三人だけなんだから。
そんな天職をリネッタが授かるなんて誰が考えるものか。
いずれかの聖女様が崩御する直前に、力を譲り渡されるような形で<聖女>の天職をもつ人が現れるのじゃ。
って、煙屋のパブロ爺に昔教えてもらったけど……あれは本当だったのかな。
「ま、まさかワシが聖女様の儀式を執り行えるとは……」
大神官さんは自分の儀式で<聖女>が誕生したことに感動したのか、膝をついて涙を流しながらリネッタにひれ伏している。
「え……えぇ、ネロどうしよう?」
「凄いよ、リネッタ。名誉なことじゃないか」
そう答えながら、僕は内心でがっかりしていた。
いやがっかりなんてもんじゃない。絶望といっていいかも。
だって、リネッタと……いや、次期聖女様とのんきに冒険なんてできるはずないんだから。
生まれてからずっと一緒だったリネッタ。
これからもそれは変わらないんだろうって、そう思っていた。
けれど僕らはこれから離れ離れになってしまうんだろう。
だって聖女っていうのはこの世界を不浄なものから守る存在で、なくてはならなくて――。
「うーん、お断りします!」
リネッタの堂々とした声が聖堂に響いた。
僕も、大神官さんも、周りにいる大勢の大人たちも、誰も彼もが呆気にとられる。
「いえ、天職とはそういうものではありません。その宿命から逃れられるものではないのです」
「だって聖女様は聖なる山で暮らさないといけないんですよね? 私はネロと……幼馴染と冒険をするので。ごめんなさい」
「それは困ります。聖女様がたが天宮で生涯をかけて祈るからこそ、この世界が成り立っておるのですぞ!」
大神官さんはリネッタの足元に縋り付きながらさらに懇願を続ける。
「これまで数多の聖女様が連綿と繋いできた歴史を、この世界の未来を……絶やすおつもりですか?」
「…………じゃあ条件があります」
こうしてリネッタは聖女を引き受けるための条件を出した。
それが叶わないなら絶対に引き受けない、といってきかなくて。
だから大神官さんたちは渋い顔をしながらも頷くしかなかったんだろう。
リネッタのために、僕も期待に応えないと。
「では、儀式を執り行いますぞ」
大神官様がまた長くて難しい呪文を唱え、僕の足元にある魔法陣を杖で叩いた。
よし、来るぞ来るぞ……騎士、戦士、弓士、盾士、魔道士っ!
「ん、あれ……?」
魔法陣は一切の光を放たない。
それどころか暗い陰が落ちているようにさえ見えた。
大神官様は後ろを振り返って、大勢でなにやら話をしている。
慌ただしくなった状況に戸惑う僕を、周囲の大人たちは鼻で笑っているような気がした。
「ふむぅ、何度も確認しましたが……」
話し合いが終わったのか、僕に向き直った大神官様は口を開いた。
「残念ながら無職ですなぁ」
と、まるで残念がることなくそう宣告してきた。
僕が無職だって?あんなにも鍛錬してきた僕が?
し、信じられない……やばい、足が震えてきた。
じゃあリネッタの出した条件はどうなるんだ。
「こうなりますと、聖女様の出された条件を履行するのは非常に難しいかと」
「……ネロと二人で聖女の住む天宮まで行く、そんな最初で最後の……たったそれだけの冒険も許されないと?」
リネッタは眉尻に力を込めながら静かな声を出す。
あの顔はかなり怒っている時にするやつだ。
「天宮へ赴くまでの間に何かあるといけませんからな。戦闘職の者が随伴するならばまだしも、無職の者と二人きりというのはさすがに……」
「そうですか、じゃあやっぱり聖女になるのはやめておきますね」
「ぐぬぬ……わ、分かりました。ではせめて天宮に一番近い街までは我々を同伴させてください。そこから天宮のあるゼゼガト山はお二人で登るということでなんとか……」
大神官さんは困り顔で、懇願するようにそう提案した。
それでもリネッタは、首を横に振る。
「そんなの冒険なんていえな……」
「いいんじゃない?」
「ネロっ!?」
だってしょうがないじゃないか。
確かに僕の夢は戦闘職の天職を授かって、リネッタと一緒に冒険をすることだった。
だから目的なんてなかったんだ。それ自体が目的なんだから。
でも蓋を開けてみれば僕は無職で、リネッタは聖女だった。
僕らはもう今まで通りの関係じゃいられない。
最初で最後とはいえ、僕の夢を叶えられる機会がもうここしかないなら。
「仕方ないよ、少しの間だとしても無職の僕が聖女様と一緒に冒険できることを感謝しなきゃ」
「で、でも……っ」
「大神官さん、その最寄りの街から天宮という所まではどれくらいの距離なんですか?」
「徒歩でおおよそ3、4日程度かと」
「そうですか。それが僕と君との最初で最後の冒険なんだよ……ならせめて笑っていこう」
「ネロがそういうなら……分かったわよ」
リネッタは目の端に涙を溜めている。
僕も泣きそうになったけど、ぐっと堪えた。
これから聖女となるリネッタに心配なんてさせられないから。




