96.シオリさんと守護霊
幽霊が草むらの上に音も無く移動し陣取るのを見て、ツカサはもう一度右手を振るう。
「幽霊君、もうすぐにでも蛍火でてくるかもしれないので、見逃さないでくださいね!」
ツカサの手から靄が広がり草むらの薄き間を埋めていくのを見て、すぐにエモトが幽霊へと声をかける。
ツカサの異能で作り出された黒い靄、それを広い面積に使う時、ツカサはあまり大きく動くことができない。
ツカサの右の腕と足はその異能を使って作られた偽物であり、異能を別の用途に使ってしまうと十全な手足の動きを再現できないからだ。
今回のように範囲を広くし異能を使う際、ツカサはただその場に立ち止まり、右手を振るって異能を行使するしかない。
器用ではあるが機動力が無いツカサの異能をサポートすると言う面では、幽霊は間違いなく有効だったが、ツカサと幽霊はお互いが意思疎通をすることができない。
その意思疎通の役割をエモトに任せていた。
投げ出された右手が黒い靄となって解け、草むらを侵食する。
黒い霧に飲まれたように沈んだ草むらから、小さいながらも赤々とした蛍火が飛び出した。
黒い靄は蛍火に縋る様に上へと延びる。
靄から逃れようと蛍火は螺旋を描きながら上空へ登ろうとする。
幽霊にはツカサの靄は見えずとも、蛍火の明かりは見えていた。
人の背丈を超える夏草から飛び出してきた蛍火目掛け、大きく瓶を振りかぶる幽霊。
上から下へ伏せるように瓶を振り下ろしたが、とたん蛍火は横に弾かれるように大きく飛んでいた。
「うあ! 意外と素早い!」
幽霊がミヤコとエモトにしか聞こえない声で叫ぶ。
蛍火は幽霊の振った瓶から逃れると、今度は大きく弾かれるように上へと飛び上がった。
それはすでに川から離れて道路上にいたミヤコたちの目にも見えていた。
とたん、蛍火の小さかった光が、まるで何かに引火したかのように大きく燃え上がった。
それは間違いなく火だった。
大人の拳大の火の玉が、ミヤコたちめがけて襲い掛かった。
ミヤコがシオリの腕を引き火の玉から逃れようとするが、火の玉は意志を持った動きで、ミヤコでは無くシオリへと襲い掛かった。
シオリはとっさにミヤコを突き飛ばし、その反動で地面にしりもちをついた。
シオリが立ち上がるよりも早く、ミヤコとシオリの間に落ちた火の玉が再び飛び上がり、シオリの上へと降りかかった。
「シオリさん!」
シオリに突き飛ばされ地面に倒れたミヤコは、ただ見ている事しかできなかった。
「きゃあああああああああああ!」
火の玉がひときわ大きく燃え上がり、シオリが炎に包まれた。
高く上がった炎はミヤコの肌を焦がすような熱を感じさせた。
綿や化学繊維が燃える匂いがした。
シオリの悲鳴が長く尾を引く。
ミヤコは何もできなかった。
「シオリさん!」
ツカサが遊歩道から一瞬で飛び上がってくると、炎に包まれたシオリの身体に向かって右手を投げるように振るった。
ツカサの右手が長く伸び鞭のようにしなると、シオリの身体に巻き付き、ツカサが腕を大きく振り上げ上空へとシオリを投げた。
とたん炎は地面に残されたまま、シオリがいなくなったとたん大きさを減じた。
放り投げられたシオリは、受け身元図に自由落下をするばかりだと思われたが、ツカサに続いて川ベりの遊歩道から路上へと、文字通り飛びあがってきた幽霊が、シオリへと飛びついた。
放り投げられたシオリを、幽霊が上空で受け止める。
「うおおおおお、渾身のポルターガイストおおおおおおおおおお! 守護霊舐めんなあああああ!」
幽霊がどれほどの重さの物を動かすことができるのか分からないが、どうやらシオリを抱きとめるには相当な力が必要らしく、受け止めてすぐ幽霊はに路上へと落ちて来た。
その幽霊をツカサが右手を振って靄を広げ受け止める。
質量を持った黒い靄は、大きく沈み込み、ベッドのマットレスのように跳ね上がった。
認識できないだけでなく、幽霊はツカサの異能に触れる事も出来ないようで、シオリだけが広げたツカサの靄に絡まって、ゆっくりと地面に降ろされた。
横たえるように降ろされたシオリは、身をすくめるようにしていた腕を開き、閉じていた目を開く。
あれだけの炎に巻かれたと言うのに、まるで何事も無かったかのように、ガバリと身を起こすと、自分の頭に手をやった。
「シオリさん! 大丈夫?」
「シオリさん!」
ミヤコが、ツカサがシオリを心配し名を呼ぶが、シオリは呆然とした様子で自分の髪を触り、ぽつりとつぶやいた。
「……お花、燃えちゃった」
その言葉通り、シオリが付けていたつまみ細工の花は、跡形もなくなっていた。
本日はこれだけ。
明日以降も一日一回以上の更新を目指します。