93.ミヤコ君と蛍火
蛍と蛍火は違うもの。
蛍火は、蛍の光やそれを彷彿とさせる小さな火などを指す言葉。夏の季語。
蛍は、昆虫。夏の季語。
ならばあえて蛍火と書くならば、それは昆虫ではないわけで……。
幽霊へのお供えは、単純に幽霊への給料や福利厚生としての役割の他に、信頼関係構築によって縁を結ぶ役にも立つのだとエモトは言う。
「縁があればその人に憑いて行くことだってできますし、守護霊的な仕事もできるようになるんですよ」
だから仕事前のお供えは一種のリスク管理になるのだという。
「お供えには心がこもってる方が良いんですよね。その方が幽霊君にもいい影響が出やすいので。シオリさんはとても心を込めてらっしゃったようで、幽霊君も近年まれにみる思い出しっぷりですよ」
シオリのいちご飴はよほど幽霊に良い影響を与えたのか、幽霊もエモトの言葉に大きく頷きサムズアップをしている。
「そこまで大げさなことをしたつもりはないんですけど……」
褒められてるシオリ当人は、謙遜とも違う戸惑った様子で首を横に振っている。
「ただ、思い出があるならいいなあ程度で渡しただけだし」
思い付きだったし、そんな大げさなことをしたつもりは無いと否定する。
それでもすぐにそうやって自分以外の他人に心を傾けるシオリの行動を、ミヤコはとても素敵な物だと感じていた。
「それよりも早く蛍探しましょう。時間も限られていますし」
シオリは自分をほめるよりも仕事をしろと、周囲を見る事を勧める。
子供を働かせていい時間というのは決まっているので、できる限り早く蛍を探し出さなくてはいけない。
エモトはスマホの時計を確認してそうだったと、本題である蛍探しを始める。
「あ、そうですね、蛍、昨晩はこの川周辺をずっと飛んでいたとのことです」
スマホで目撃情報の管理をしていたらしく、エモトはスマホをスワイプしながら目撃情報があった場所と、川の湾曲している部分から対岸を指さして、あの辺りですと示す。
「全員で探すんですか?」
目視で探すにしても、三メートルほどもある距離では、小さい虫を見つけることは難しいだろう。
探せるとしてもミヤコだけになるのではと、シオリがツカサに問う。
ツカサは首を横に振る。
「いや、主にミヤコ君に探してもらいたい。あと幽霊君。視力というか、見え方が一般的じゃない人にどう見えるかが問題だ」
そう言いながらツカサはきょろりと周囲を見回す。
そうすぐに見つかるわけでもないだろうが、それでも一応というところか。
「あ!」
突然ユカリが叫んで、自分たちが歩いてきた方向を指さした。
距離にして五メートル以上だろうか、遠くにぼんやりと光る何かがあった。
不規則にふらふらと揺れるように、川の上空、ツカサたちの頭の辺りの高さに浮いている。
色はとてもぼんやりと見える程度。
ユカリはすぐに蛍らしき光の方へと小走りで近付く。
ユカリに続いてツカサたちも蛍のいる方へと向かった。
「いましたね、赤いホタル」
お供え物と幽霊の会話用パソコンの片付けのために、一人遅れて追いついてきたエモトとが言う。
蛍と言うには奇妙に跳ねるような上下左右の運動を繰り返し、川の上を舞い、草の上を滑り、人の気配が近付けば距離を取る、そんな不思議な小さな明かり。
色は蝋燭の火のようなオレンジ色。しかも薄っすら明滅しているようにも見える。
それは蛍というよりも、鬼火や狐火と言われる妖怪のようにも見えた。
ただサイズは間違いなく蛍のそれで、とても小さい。
ミヤコはまた少し自分たちから離れてしまった小さな明かりを見る。
じっと見ていると、何か法則性が分かるのではないかと思った。
上下左右に跳ねて揺れるような動きは、自然現象ではありえない、意志を持った動きのようにも見える。
下に沈み込むように、小さな明かりが川へと近づく。川面にも光が反射する。
ろうそくの火が揺れるように、小さな明かりが揺れて明かりが小さくなる。
ミヤコは気が付く。
「あれ……火だ」
あれはただの虫ではない。あれは火が浮いているのだ。
ミヤコはもう少し近くで見れないかと、遊歩道を走りギリギリまで小さな明かりに近付く。
鼻に僅かに届くきな臭さ。
やはりあれは火に間違いない。
「あれ、多分……異界の」
重用の節句も過ぎたと言うのに、秋の気配が遠い。
蒸し暑い。
菊も咲いてない。
誰か秋を探してあげてください。小さい秋を、小さい秋を探して。
今日の更新はこれだけ。
明日はもうちょっと頑張れたらいいな。