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87.ミヤコ君とお財布

「ほら可愛いくなりましたよ! 元もすごく可愛いですけど、もっと可愛くなったと思いません?」


 キラキラと目を輝かせて、コトエはユカリの背を押した。

 白地にオレンジと黄色の柔らかな線で描かれた花や蝶の模様の浴衣だ。帯はしっとりとしたえんじ色で、裾に行くにつれて色が付き、オレンジがかったピンク色が濃くなっている。

 耳にかけゆるく広がるようなアップにした髪には、白と薄い黄色の花飾り。足元は素足に踵の低い黒い下駄を履いている。


 ミヤコはなるほどと頷く。

 ツツジが言っていたのだが、浴衣は髪の色に合わせてコーディネイトした方が、悪目立ちしにくいのだと言う。


 そして思い出す、滔々と語られたツツジの浴衣選び蘊蓄。

 また女性向けの柄は色数が増えると、行く場所によっては下品に見える。特に薄明るい時間帯のビビッドな多色は日本の陽光の強さ程度だと場違いに感じる。ビビッドな多色は紫外線の強い地域だからこそ生える色。湿度の高い色の散りやすい日本で使うには大きなパーティー会場の照明くらいしか適わないから、単純に外で着るなら色味は押さえて鮮やかさはほどほどに。だからと言ってダルトーンやディープトーンの単色浴衣や二色以内に収めてしまうふと老けて見える。織だけで模様を出すような上品な着物は、上品な所作があってこその真価だから、若い子が無理に着なくてもいいよ。

 等々、一時間近いツツジの浴衣蘊蓄を聞いたミヤコから見て、シオリの浴衣コーディネートは、所謂お手本のような綺麗さだった。


 思い出してちょっとだけミヤコの眉間にしわが寄る。

 そこまで気にして選んでないです。


 褒めるとしても、この一言しかないなと、ミヤコは真顔で言う。


「可愛い」


 シオリは思わず両手で顔を覆った。


「だから、真顔でそれは止めて。私そういうの言われ慣れてないからなんか戸惑うl


 表情が変わりにくいシオリだが、耳まで赤くなって声が震えていることから、完全に照れていると分かった。


 ツカサがシオリに聞こえないくらいの小さな声で呟く。


「うーん、これは何というか意外だった。シオリさんの鉄面皮がフワフワ」


「ツカサちゃんデリカシー」


「ごめんなさい」


 すぐにユカリに怒られ脇を小突かれ、ツカサは素直に頭を下げた。


 コトエはシオリを可愛く飾り立てて満足げに自分の仕事に戻って行った。


 全員浴衣に着替えたのだからすぐに現場に行こうとツカサが言う。

 時間は五時を少し回ったところ。


「場所は車で三十分しないくらいの所だから、今から行って六時開始の夜市に十分間に合うんだけどね」


 あんまり長々二人を拘束しているわけにもいかないしと、ツカサはちょっと急ぎたい様子。


 今日の車は一番最初にミヤコがツカサさ達に乗せられたワゴン車だった。

 ほんの数日前の事なのに懐かしいなとミヤコは思った。


 運転席にはツカサ、助手席にはユカリが乗りこみ、その後ろにミヤコとシオリが乗った。


「行くのは黒髪の方ね。あっち側に蛍の見られる場所があるんだ」


 シオリはすぐにわかりましたと頷くが、ミヤコはまだ熊本の地名を覚えていないので黒髪と言われても何処か分からない。

 シオリが察してスマホを使い地図を見せてくれるが、やはりなんとなく分かりづらい。


「まあ行けば分かるよ。そう遠くは無いから」


 シオリはスマホを持ってきた浴衣用の巾着袋にしまうと、別の何かを取り出した。


「あ、そうだ私からミヤコ君にプレゼントさせて。これ、お小遣いをツカサさんがくれるっていうなら、入れる物が必要でしょ?」


 そう言ってシオリが取り出したのはスポーツバッグと同じような生地で作られた、黒字に青いラインの入った財布。

 ラッピングは一切されておらず、タグなども切り取られた後ではあるが、ミヤコにはそれがどう見ても新品にしか見えなかった。

 シオリはそれをミヤコの膝の上に無造作に置く。


「凄く安物だから、バイト代がたまったら自分の好きなの買ってそれは捨てて」


「あの……でも」


 膝の上に置かれた財布を掴むと、店で陳列されてる時の商品の匂いだった。

 これは間違いなく今日買って、クロノス社に来るまでにタグを切った物に違いない。

 ミヤコはシオリに返そうとするが、シオリはツンとすまして拒否をする。


「これどう見ても男物だよ。私が使うことできないし、それにミヤコ君裸でお金持ってるの不安になるでしょ? いいじゃない、その甚平のポケットに入るサイズだし」


 そんなミヤコとシオリのやり取りを聞いていたユカリが、にんまりと笑って振り返る。

 シートベルトをしているのでかなっり窮屈そうだが、にんまり笑ったまま、ミヤコに向けて小さな紙袋を差し出した。


「よーし、じゃあ今のうちにバイト代も払っちゃおう」


 アルバイト代と言われ、紙袋を受け取ると、ずっしりと重く、ミヤコは驚いて中を覗いた。


 中には幾つかの棒が入っていた。


「五百円玉と百円玉! 合計四万円分です」


 それは棒状にフィルムで包まれた硬貨だった。五百円硬貨が五十枚一本、二万五千円分。百円が硬貨が五十枚三本、一万五千円分だ。


 横から覗き込み、シオリは頭痛をこらえるように額を押さえてユカリに問う。


「棒銭をバイト代として支払う人初めて見ましたが?」


「いや、だって夜市にお店って小銭で払った方が喜ばれるじゃん? 特に最近は両替厳しいし。あと小銭の方がお小遣いっぽいかなと?」


 答えたのはツカサ。どうやら棒銭でバイト代を出そうと考えたのはツカサだったらしい。


「……入らない」


 ミヤコは棒銭と貰ったばかりの財布を交互に見やり、とても寂しそうにつぶやいた。

蘊蓄は、読み飛ばしていいです。

適当な本に書いてある受け売りです。


本日の更新はここまで。

明日は一回だけの更新になりそうな気がします。

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