84.ミヤコ君とお誘い
これ書いてる時滅茶苦茶台風が近づいて来てて、いっそ台風のお話に差し替えちゃろうかな?という欲求と戦っておりました。
でもせっかくの夏なので蛍。
台風は秋でも来てくれるから。
ミヤコとシオリを何時から聞いてたのだろうか、ツカサがノックも無しに社長室の扉を開け入ってきた。
一緒にユカリも入ってきたが、ユカリはちょっと申し訳なさそうにしている。
「やあ青春だなあ。はい、というわけでちょっと青春しに河原に行かない?」
「行きませんが?」
からかい混じりのツカサの言葉に、シオリは一切の感情を消した声で返す。
「ホタルを見に行きませんか?」
「時期じゃないですよね? 明らかにきな臭い」
ホタルの時期は初夏。日本においても比較的夏の早い熊本では五月から見られ、見ごろは六月、七月の初め当たりまで。もうあと四日もすれば八月となる今は見頃とは程遠い。
きっぱりと断るシオリと、なお食い下がるツカサ。ミヤコは黙って成り行きを見守る。
「そう言わないで。ミヤコ君を連れていきたいんです。ついでにシオリさんも」
「私はついでなわけね」
「いやまあミヤコ君が本命だね……でもシオリさんの意見も聞いてみたいってのもあるから、二人を誘ってるよんだよ?」
ついでと言われてシオリがあからさまに声を低くする。
ツカサは嘘は得意ではないので、誤魔化さずに答え、シオリは一つ息を吐くと、ならばホタルを見に行くと言うその本当の目的を話せとシオリは言う。
「それで、ホタルを見ながら何をするんです?」
すっと、ツカサの表情が作り笑いに変わる。
何か言いにくい事を言おうとしているのだと、ミヤコにもシオリにも分かった。
「赤いホタルを探して、できれば捕獲をね」
言ってツカサはソファのミヤコの横に腰かける。
ユカリが手に持っていたファイルのような物を、ツカサの前に広げて置いた。
ミヤコが問う。
「異界の生物ですか?」
ユカリが置いたファイルには、随分と古い黄ばんだ紙に、明らかに墨と岩絵の具だと思われる粉っぽい色褪せた色彩の絵を、現代のプリンターで印刷した物。
薄墨の背景の中であえて色を付けずに白抜きで表現して描かれたホタル。濃い墨と濃い青緑で深い草葉の陰が描き出された中に、ひときわ目を惹く薄赤く色づけされたホタルがいた。
「そうそう。何か光り方が違うんだけど、赤い光をホタルと同じように化学物質の合成で作り出してるのか、それとも違う要因で光っているのか、この世界のホタルと雑交する可能性はあるのか、ちょっと調べたくてね」
ファイリングされているのは年代の違うホタルの絵や写真。全て年代別に並んでいるようで、途中からはほぼ写真だ。中にはフィルムカメラやガラパゴス携帯時代のデジタル写真まであった。
写真の方は白黒の物もあるが、赤いホタルだと思われる光は、妙に残光が強く残っているらしく、写真の中に白い歪な線を描き出していた。
「今なら時期が違いすぎて交配する可能性かなり低いんじゃないですか? ほら、どれも一匹だけ」
ファイリングされた資料を見ながらシオリが言う。
絵には他の蛍と一緒に描かれているが、写真はどれも赤いホタル単体のようだ。
交配するにも相手がいないとシオリは言う。
そうなんだよねと頷きながら、ユカリがさらにファイルのページを捲る。写真や絵を年代別に纏めた後に、文章での記録をまとめてあった。
一体いつの時代の物か、平仮名どころかカタカナすら使われていない、古文で書かれた記録まである。
「枕草子読んでてよかったわ」
「あ、ほんとだ、一カ所読める」
至極真面目な様子でシオリが言う。その言葉にミヤコも古文の中から「之妙なるあかりて蛍の」と読めそうな一文を見つけ出す。
違和感のある蛍がいた、という事なのだろう。
思った以上の二人のファイルへの食いつきに、ツカサはうんうんと上機嫌に頷く。
「うんそう。大昔の文献にも載ってたし、それで赤いホタルが増えてるっていう話は無いから、多分流入しても雑交せずにおしまいなんだろうけど、でも古今東西目撃例があるってのがなんだか嫌な感じでね。で、つい昨日赤いホタルの目撃証言が入ったから、今夜ミヤコ君の素晴らしい視力で見つけてもらえないかなって。あ、今回の仕事はクロスノックスの方に入った情報をクロノスの方に投げて来たお仕事だから、クロスノックス社のサポートが付きます! 何とエモトさんと幽霊君です」
じゃじゃーんと発表したとたん、ミヤコとシオリは残念な物でも見るような、冷めた目をツカサに向けた。
「え……えっと」
「まあそうなるよねえ」
ファイルのページを捲りながらユカリが苦笑する。
ファイルへの食いつきはよかったのにと、ツカサは肩を落とした。
ところで台風には夏の台風と秋の台風があると言うのをご存じですか?
夏の台風は気まぐれなにゃんこで、秋の台風は猪突猛進なわんこなんですよ?
そして台風は同時多発すると変形合体します。
説明の仕方で一気に台風への愛着がわくと思いませんか?
愛着がわいたからと言って、貴様のもたらす被害を許しはしないがな!台風!